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スズメとケーブル  作者: 一ノ瀬からら
海底都市とーきょー
2/4

ケーブルと居住区

「いやー、本当に来てくれるとは思いませんでした。もう非常灯のバッテリーも尽きていまして、非常用の食糧庫も1階でね、海底だから水鏡(すいきょう)の反射光も届かなくて」


 屋上に降り立った時、真っ先に出迎えに来た男は聞いてもいないのにペラペラとビル事情を話し続けた。

 きっと、相当に待ち望んだのだろうなと考えると、私も嬉しかった。


「次は3km先の久城ビルに行きたいの――あ、です。でも、ケーブルが海に浸かっちゃって。一晩泊めてもらえないかな?」


「敬語は結構ですよ」


≪吾輩は濡れていないぞ≫


「あなたのことじゃないよ。あの線のこと。歩けないから」


≪成程。勘違いした≫


「あ、あの……そちらのお鳥様は?」


 男が彼の方を見ながらおずおずと窺ってくる。


「この子はニューシナシトマメコノハズクなのですます。大丈夫、ビルの中には入らないから。ね?」


≪狭い箱などに入るものか。吾輩は高貴で自由の鳥なのだ≫


「わっ、わっ!」


 彼が羽角(はかく)を逆立てて飛び上がって見せるので、男は驚いて尻もちをついた。


「人の半身もある身……これがマメなら、一体普通のサイズはどのくらい大きいのでしょう」


「人を乗せられるくらいだよ。今この辺りでは飛ぶか海を渡るしか、移動手段がないし」


「空を飛ぶ……私達が皆、そんなことができたら、どんなにかよい事か……」


(この人はいつから、同じ風景を見つめてきたんだろう……)


「船での交流はないの? 用意されているのに」


「『無重力点(グラビティ・ポイント)』と月の引力の存在で、我々は怖くてできませんよ。地中深くにパイルを打ち込んである建物ならいざ知らず、船ごと持っていかれた方々も見てしまいましたので……」


「あー。あのおっきな水の柱」


 水平線でハリケーンのように空に落ちていく水流を見たことがあった。

 月が離れた後、上空まで行った水の一部がふわふわ浮いて、雲に触れると水玉が大きくなったり、落ちて雨になる。


「幸い、食料はケーブルを通して農場から届きますから、無理に移動しなくても何とかなっていましたが……向こうはどうやら、時折釣りをしているのようなのです。私も味気ないペーストだけでなく、固形物が食べたい……」


「釣り……竿と釣り糸は何とかなると思うけど、餌になるものって――」


≪どうして吾輩を見る。羽根を疑似餌に使うつもりか。いかん、吾輩の羽根は魚に食わせたりはせんぞ≫


 彼はバタバタと羽をはためかせて私達を威嚇した。

 両の翼を広げると人間よりも大きく見えて可愛い。


「ダメだってー。残念」


「そ、そうですか……。とりあえず中にご案内しますね」


 腰に携えていた拳銃から手を離して、男は扉の横に付いたパネルにパスワードを打ち込み始めた。

 食料の心配がないから比較的平和ではあるけれど、やっぱり武器は手放させないみたい。


「では、どうぞ。えーっと……」


「スズメ。私の名前はスズメだよ」


「スズメ様」


≪行くのか≫


「あなたは待っててね。後でご飯持ってくるから」


≪うむ。吾輩は月夜に謳って食事を待つとしよう≫


 彼は大きな翼を風に靡かせて、夕暮れの紫空(しくう)を仰いで一鳴きした。


 ◇


「ここが26階……今は海下3階ですが。丁度有光限界がこの階でしてで、水中光芒(こうぼう)の揺らめきを眺めながら過ごすことができます。住居としては最上階。いわゆる、ホテルのスイートですね」


 案内されたフロアは側面全てがガラス張りで、雲間に見える“天使の梯子(はしご)”に似た月光が室内を青白く照らしていた。

 近くにある沈み切ったビルの、割れた窓ガラスの奥には、何か生き物が棲んでいる気配がする。


「とっても綺麗……素敵な部屋、気に入りました」


「喜んでいただけて何よりです。しかしその……我々も既に沈んだいくつかのビルの合同集落なもので……」


「食料は大丈夫だよ。それに明日にはまたケーブルを辿るから」


 食料や住居も、余裕がないって言いたいんだろうし。


「そうですか! それなら……あ、いえ……申し訳ありません。せっかくライフラインを修理していただいたのに……」


「大変だって聞いてるから。人は」


「人……? あぁ、十数年前に温暖化と大規模地盤沈下、重力軽減などによって、海抜は数千mも上昇しましたし。重力も、今は0.4G程度と聞きます。周りが海ばかりだと人間は生き辛いですよね。対策してたにしても、やはり無重力点が……地球の寿命でしょうか」


「寿命……なのかな」


 今の地球は体積が偏ってて、回転の不安定な独楽のように、安定せずに回っている。

 だから周期がずれて、重力が安定せず、時折他の星の引力に引っ張られてる……とかなんとか。


(初期インプットされてない情報だから、よく知らないけど……)


 人間達は数十年前からその“地球の寿命”を予見していて。

 大きな建物はみんな地中深くに大きな杭を打ち込んで、他の星に引かれないよう非常時には居住可能にした。


「独立した我らを文明人として生き永らえさせているのは、直径2メートル幅の、数本の大きなライフラインケーブルですからね。スズメ様のような補修工員は稀少ですし、大切な存在です」


「えへへ……そんなにすごいかなぁ」


 仕事を褒めてくれるのはなんだか照れくさくて、思わず頭をかいた。


「そうだ。あの子に餌をあげなきゃ」


「お連れの鳥様の言葉を、スズメ様は分かるのですか?」


「まさか。仕草とか、ちょっとした表情で予想してるだけ。賢いからこっちの言葉が分かるみたいで、コミュニケーションには困ってないかな。いつ居なくなるか分からないし、名前は付けてないけどね」


「はぁ……奇妙なご関係なのですねぇ……」


「うん。今日の月はまだ近くない。海に出て、あの子のエサと、あなた達が食べられる魚を獲って来るよ。隣のビルにちっちゃいのが棲んでるみたいだから」


「今から、ですか? 深い所には鮫や、海獣もいますし、夜間潜水は危険では……」


「ふふ。夜はお魚も寝てるから獲りやすいんだ。それに――私なら出来るんだよ」


 束ねていた銀の髪を振りほどきながら、私は男に笑いかけた。

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