いかれたベイビー②
店内は、思った通り、そんなに混んでいなかった。他に客は、学生のグループが2組いるだけだった。
席に着くと、とても落ち着けた。僕は、熱いおしぼりで顔を拭いた。彼女は 興味ありげに、店内を見渡したりしていた。とりあえず生ビールを二つ頼んだ。テーブルを挟んで向かいに座る彼女を、僕はじっくりと見ることが出来た。彼女が僕の目を見つめていた。微笑んでいるように見えて、その様子が、とても可愛く思えた。
「こういうところ、よく来るんですか?」
先に口を開いたのは彼女だった。
「たまにね。家で飲むことが多いけど。僕は、バーみたいなところよりは、居酒屋の方がよく行くかな」
「へぇー、いいですね。私は友達と宅飲みが多いかな。一人では飲まないですね。お酒は好きなんですけど」
他愛のない話が続いた。好きなお酒は何か、とか、休みの日は何をして過ごしているか、なんていう話をした。僕が5杯ほど飲んで彼女が4杯飲み終わってから、音楽の話をした。
「最近、何を聞いてるの?」
「うーん、なんだろ? 最近は細野晴臣 聞いてます」
「ホソノハウスとか?」
「あ、今日来る時 聞きながら来ました笑」
彼女は、はっぴいえんどは知っていたが、エイプリルフールは知らなかった。ワイ・エム・オーはよく聞くと言っていたが、ティン・パン・アレーは名前しか知らないと言っていた。
「あとはイヌとか聞きます」
「イヌって、あの、町田町蔵の?」
不意にイヌという名前(バンド名)が出てきて、僕は嬉しかった。そのあとは、ナンバーガールの話を少しした。
音楽の話で、グラスが空くのが早まった。酒が進むに連れ、雰囲気が良くなっていった。
居酒屋を出たあとは、しばらく歩いた。彼女は 「私、けっこうフラフラ」 と言っていたが、まっすぐ歩けていた。歩いていると肩が触れ合ったりした。そのうち、手が触れたりもして、何回目かで自然と恋人繋ぎになった。僕は繋いだ手の、親指の腹で彼女の親指の爪の表面を撫でながら『やっぱりよく男と遊んでいるのかなー』と考えていた。
「私は、もう終電ないし、どうしますか?」
そういう風に女の子から言われたら、行くしかなかった。
「コンビニで、ビールを買ってホテルで飲もう」
「ふふ、私も飲みたい。ちょっと甘いお酒も飲みたくなってきたなー」
『なんだか馬鹿げているな』
と僕は思ってしまった。もう流れを変えることは出来そうになかったし、5才年下の女の子と寝るチャンスは、これを逃したら、しばらくは来そうになかったが、食事に行ったあと飲みに行ってホテルに行くという流れは、使い古しのレールみたいに思えた。
ホテルに向かう途中、コンビニに寄って幾らか酒を買った。
繁華街のホテル。入り口が分かりにくくなっている。雑居ビルの一つみたいだったが、よく見るとここにも確かにネオンの灯りが。
ロビーで鍵をもらうと僕らは部屋に向かった。
部屋は2階で、古びたエレベーターは少し暑かった。
エレベーター内で彼女と目が合った。
『そんな目で見ないでくれよ』なんて思ったが、
彼女の本当の気持ちは、分からなかった。
少し上目遣いで彼女は僕を見ていた。
僕は額にキスをしてやった。
エレベーターはゴウンと鈍い音を立てて2階に到着した。
僕の唇には彼女の額から得た温もりが残っていた。
『初めて会ったのに、ホテルに行くことになるなんてな...』
僕にだって迷いがあった。