いかれたベイビー①
昨夜のことを思い出す。可愛くて、女性にしては音楽のセンスの良い子だった。(僕の周りには、せいぜい、オアシスを聞いているような女性しか居ない)ネットで知り合い、1度ご飯でも行きましょうということになって、それが昨日だった。17時半に繁華街近くの交番の前で待ち合わせをした。
メッセージのやり取りの際に、顔写真は交換していたので、お互いなんとなく顔は知っていた。最近は写真加工の技術が凄いので、まったくの別人が来るかも知れないと思っていたが、イメージ通りの子が待っていた。軽く挨拶を済ませた。
彼女は、「もうご飯食べましたか?」なんて訊いてきた。緊張していたのかも知れない。食事の待ち合わせに、食事を済ませてくる男性が居るだろうか?
「いえ、まだです。済ませましたか?」
と僕は、なるべく紳士的に聞こえるように、言った。
「私もまだです。何処か入りますか。何が食べたいですか?」
「うん。肉でも食べたいな」
と僕が、思い切って、少し砕けた言い方をすると、
女の子は、
「焼肉? 食べたァい! ・・・あ、でも、何でもいいですよ?」
と、更に、砕けた言い方をした。『キャラクターが、余りにも、急に変わったなぁ』僕は少々面食らってしまった。『遊び慣れている子なのかなぁ?』なんて思ってしまったけれど、結局、『元々性格の明るい子なんだろう』と思うことにした。陰気なムードで始まるよりはよっぽど良かった。
細い道に入ると、イイ感じに汚れた提灯に、筆で書いたような「牛カツ」の文字が見えた。そんなに大きな店ではなかった。店の前で、「満席だったら、他の店を探しましょうか?」と話す彼女と僕との距離が、とても近くて、なんだか、悪いことを始めようとしてる気分になった。秘密めいたデートの始まりの予感。悪くなかった。
牛カツ屋で、彼女はハイボールを注文した。彼女が話すときに(彼女の)唇が放つ妖しさや、人懐っこい性格、飾り過ぎない服装は、僕に良い印象を与えた。僕は、地ビールを注文して飲んでいたが、普段よりもたくさん口をきいた。お互いのことをまだよく知らなかったので、僕たちは話す必要があった(少なくとも僕の方はそう思っていた)。
彼女は雑居ビルにある土産物屋で働いていると言っていた。僕は、彼女の話す土産物屋を、今ひとつイメージ出来なかった。土産物屋にも色々な店がある。着付けのサービスも行っているそうで、たまに仕事で着物を着たりもするとも言っていた。
彼女と話すのはとても楽しく、僕たちは食事を終え、もう一軒行くことになった。僕たちは音楽の趣向が似ていたのだが、彼女が、「音楽の話をしたい」と言ったのだ。
牛カツ屋を出ると、別に宛ても無かったが、僕たちは、自然と、賑やかな方へ歩いた。二軒目は、出来れば、静かに飲んで話せる店に入りたかった。僕が看板を選び、昭和チックな居酒屋に入った。