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拾った女  作者: 紫 李鳥
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五話

 


 ――それから二年が過ぎた。みゆきはあれから数ヵ月でアパートを借りて自活していた。だが、その仕事を辞めようとはしなかった。自分の稼いだ金が誠の役に立っていることが、みゆきは嬉しかったのだ。


「もうそろそろ足を洗って、違う仕事をしたらどうだ。体がぼろぼろになるぞ」


 実年齢より遥かに老けて見えるみゆきを、誠は心配した。


「それでも会ってくれる? 金にならない女でも、こうやって遊びに来てくれる?」


 訛りが取れてきたのとは対照的に、その重ねてきた月日は、誠に対する執着心を強くしていた。みゆきの“執念”に何かしら奇異なものを感じ、気色が悪くなった誠は到頭、足が遠退いた。――


 それからまた、二年の月日が流れた。誠が会いに行かなくなっても、みゆきは意地のようにその仕事を続けていた。変な咳が出るようになり、指名客は激減した。部屋に引きこもるようになり、妙な独り言を言うようになっていた。


 そんなある日、みゆきのアパートの管理人から誠に電話があった。『部屋から悪臭がして、発狂する女の声が聞こえる』と言うものだった。連帯保証人になっている誠は、仕方なくみゆきのアパートに行った。


 ドアの前まで行くと、異臭が鼻を突いた。チャイムを押しても応答がなかった。合鍵でドアを開けると、玄関から部屋に至るまで生ゴミが散乱していた。


「うわっ、なんだこりゃ……」


 鼻を押さえると、土足のままで換気扇を回し、窓を開けた。


「みゆきっ!」


 名前を呼んだが、返事がなかった。ユニットバスに押入れ、タンスにベランダも覗いたがみゆきの姿はなかった。仕方なく生ゴミを片付けようとした時だった。


「ゴホッ、ゴホッ」


 ベッドの下から聞こえた。覗くと、みゆきがうつ伏せになって、ぜーぜーと荒い息をしていた。


「みゆき!」


 引きずり出すと、汗だくの真っ赤な顔に触れてみた。熱かった。誠は急いで救急車を呼んだ。風邪の症状も伴ったみゆきは統合失調症とうごうしっちょうしょうと診断され、入院した。――




「……心配かけてごめんなさい」


 花束を持ってきた誠に、みゆきはやつれた顔を向けた。


「早く元気になって、今の仕事を辞めることだ。分かったな?」


 みゆきは哀しい目をして、静かに頷いた。――



 退院後、みゆきは消息を絶った。



 それから一年が過ぎた。三十を過ぎた梢と入籍していた誠は、既に子供を(もう)けていた。店を閉めて家庭に入った梢は、妻と母親を上手に(こな)し、店を()っていた時以上に本領を発揮していた。


 誠のほうも、組長が病気で倒れてからは組の首領(ドン)として、三十半ばの若さでその本領を発揮していた。



 安穏としていると、青天の霹靂(せいてんのへきれき)のように一通の手紙が届いた。


 ……鳥居一朗。知らない名前だった。


〈――突然の手紙をお許しください

 私は秋田で母と二人で農業を営んでいる者です

 去年の今ごろ 雪の中に女が倒れていました

 私は家に連れて帰って看病しました

 そして その無口な女と結婚しました

 間もなくして 女は妊娠しました

 ところが 子供を産めるような体ではないと医者から言われました

 二十歳を過ぎたばかりの女の体は老婆の年齢に等しいと言われました

 しかし 女は産むと言って聞きませんでした

 そして 子供を産みました

 女は死にました〉


 ……この女と言うのはみゆきのことか。……あのみゆきが、……死んだのか?


 誠は、几帳面に書かれた文字を呆然と見つめていた。すると突然、あの哀しげなみゆきの顔が現れた。


〈曽根深雪という女をご存じでしょうか?

 手紙と預かっている物がありますのでお知らせしました

 一度会ってください

 東京に行ったら電話をします〉



 誠は、自分が殺したような気がして、罪悪感に(さいな)まれた。するとまた、みゆきの哀しげな顔が現れた。――

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