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拾った女  作者: 紫 李鳥
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一話

 


 新宿・歌舞伎町。見知らぬ同士が肩を並べ、語らい、酒を酌み交わす。それぞれが人生ドラマを演出し、それを酒の肴にしながら泣いては笑う。そして、暗黙の了解のように離れ、散って行く。


 冬に向かうその時期、コマ劇場の前の広場には目的のない人間が屯していた。麻雀を終えた「匡生会」の幹部、篠塚誠は、縄張り内の見回りの最中だった。


 その時、いかにもと言った田舎娘が目に留まった。


「寒いだろ?」


 そう声を掛けて横に座ったが、少女は俯いたまま微動だにしなかった。


「震えてるじゃないか」


 歯音を立てながら小刻みに震えていた。


「どうだ、ラーメンでも食うか?」


 その言葉に反応した少女は、誠を見た。やけに黒目が大きかった。じーっと見つめるその目から逃れるように、


「さあ、食べに行こ」


 と、コートの肩に手を置いた。少女は、抱えていたしわくちゃの紙袋を手に提げると、誠についてきた。



 馴染みのラーメン屋に入ると、店主らしき男が笑顔で頭を下げた。


「何でも好きなもんを食べな」


 少女はニコッとすると頷いて、薄汚れたマフラーを取った。肩まである黒髪は絡まっていたが、着るもの一つで上玉になると見抜いた誠は、


「ギョーザも食うか?」


 と、付け加えた。少女はまたニコッとすると、熱い目で誠を見つめた。誠は咳払いをして注文すると、煙草を一本抜いた。


「名前は?」


「……」


「大丈夫だよ、心配しなくて。お巡りじゃないから。名前知らないと、なんて呼べばいいか分かんないだろ?」


「……みゆき」


「みゆきちゃんか、かわいい名だ」


 みゆきと名乗るこの少女は家出でもしてきたのか、と誠は推測した。



 ラーメンにチャーハン、ギョーザを食い終えたみゆきの胃袋はまだ、〈空席あり〉と言った気色だった。



 ラブホテルの入り口で待っていると、みゆきは何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、腰巾着のようについてきた。



 ――バスタオルを頭に巻いたみゆきは、シャワーを浴びてこざっぱりしたせいか五つ六つ大人に見えた。


「お茶、飲みな」


 淹れた茶を座卓に置くと、みゆきはビールを飲んでいる誠の前に正座した。


「……暖げえ。温げえラーメン食って、こごもこんたに暖げえ」


 東北訛りがあるみゆきは、“暖かい”と言うことに感激していた。


「ゆっくり(やす)むといい」


「うん」


 みゆきは小さく頷いた。


「金はあるのか?」


 首を横に振った。


「仕事の(つて)は?」


 また首を振った。


「じゃ、俺が紹介するよ。いいか?」


 頷いた。


「なぁに、難しい仕事じゃない。お客さんとデートするだけだ。おいしいもん食べて、おしゃれもできる。金貯めて自立しなきゃな」


「うん」


「今夜はゆっくりしな。明日は面接だ。お前に似合いそうな服を(そろ)えるから」


 誠のその言葉に上目遣いで微笑んだ。――



 みゆきの肉体は、幼顔に反して既に女になっていた。その意外性が逆に上物になる可能性を確信させた。


 直ぐに帰るつもりでいた誠は迂闊(うかつ)にも眠ってしまった。――背中を擦る感触で目を覚ました。それは、刺青(いれずみ)般若(はんにゃ)をなぞるみゆきの指先だった。窓からは淡い陽が差し込んでいた。


「……さて、行くか」


 誠は布団から出ると、


「着替えろ。行くぞ」


 そう言って、みゆきを見た。寝起きのせいか、みゆきは虚ろな目で見つめていた。



 北新宿の自分のマンションにみゆきを置くと、時間を見計らって職安通りにある、梢のマンションに向かった。

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