14話 クラーケン討伐
俺たち四人を乗せた小舟が湖を進んでいた。
ボロボロな木製の小舟は、なんとも頼りない感じがする。
資金の関係で、湖沿岸の街で借りれたのはこの小舟だけだったのだ。
ノルディア湖は長さ六十キロもあり、深いところで水深が二百メートルもある、この大陸最大の湖だ。
漁業が盛んであるんだが、今回はクラーケンが出現して漁業に影響が出ているそうだ。
「もうあんなに岸が遠くに……ちょっと怖いな」
船を漕いでいるシノンはそう言ってブルブルと体を震わせた。
「……うぅ〜アクアに船酔いの薬貰ったけど、やっぱり気分が悪い気がするネ……」
ヤオは船に乗ってからずっとこんな調子でいる。
酔い止めの薬を飲ませたんだが、苦手意識はなかなか治らないのかもしれない。
「ふわぁ〜風が心地いいですね〜」
ディスティニィは髪をかき上げて、目を輝かせていた。
彼女だけは他の二人と違って、元気いっぱいでいる。
湖の真ん中付近で小舟を止める。
「そろそろこの辺りだな」
地元の漁師たちに話を聞いたところ、クラーケンは湖の真ん中によく現れるそうだ。
クラーケン。
巨大なイカのような水棲の魔物。
二本の長い触腕の吸盤で獲物を捕らえ離さない危険極まりない奴だ。
三角の頭で頭突きをして船を壊したり、長い八本の足で巻きついて人ごと船を沈没させる事もある。
「でだ、アクア。クラーケンとはどうやって戦うのだ? こんな小型の船では不利だぞ?」
「ああ、それは問題無い。船に乗る前に三人に渡した小さな円盤は足の裏に着けているよな?」
「確かに貰ったヨ。でもあれは一体なんネ?」
ヤオが足の裏を見せつけるように俺に向けた。
そこにはコインほどの大きさの円盤がくっついている。
当然、同じ物が他の二人の両足にも着いている。
「それはだな、簡単に言えば浮遊する道具だ。人間が発する微量の魔力を使って水面を歩けるし、意識すれば水面を猛スピードで滑走さえ出来る代物さ」
本には『風火輪』と書いてあった。
空中を飛翔する事も出来ると説明にはあったが、その際には大量の魔力が必要となるらしい。
「じゃあ、これがあれば溺れてる事はない……のか?」
「ああ、だから溺れる心配はないよ、シノン」
「そ、そうか。な、なら安心だ……」
彼女はホッとした表情を浮かべた。
「それでどれだけ待てばいいんでしょうね?」
「漁師の話じゃ、船が浮いていれば勝手に襲ってくるって話なんだが……うん?」
今、微かにだが船底が揺れたような気がした。
三人もこの揺れに気付いたようで、それぞれ武器を手にする。
「アクア。これはもしかして……?」
「ああ……準備しとけよ、みんな!」
湖面が激しく波立ち始める。
その揺れに俺たちも船に立っているのもやっとだ。
「――来るぞっ!」
シノンが叫ぶとほぼ同時だった。
湖面が大きく水しぶきを立て、三角形の先端が勢いよく湖面から突き出す。
「来たよ、クラーケンネ!」
「で……デカイ!」
今俺たちの前にいるクラーケンの体は、商船と同等かそれより僅かに大きな巨軀をしている。
想像していたよりもはるかに巨大なクラーケンに俺は思わず圧倒された。
「さあ、来なさい!」
圧倒されていた俺と違って、彼女たちは既に船から飛び出していた。
シノンは湖面の上を滑走して、クラーケンを挑発している。
『きゅおおおお!』
クラーケンが長い触腕をシノンに向けて何度も繰り出している。
だが、彼女はその攻撃を盾で巧く受け流している。
「――ヤオ!」
シノンが対角線上にいるヤオの名前を叫んだ。
今、クラーケンの視線はシノンに向けられて背後はガラ空きだ。
「了解ネ!」
そんなチャンスをヤオが見逃すはずがない。
天高く跳躍したヤオはガラ空きの背中に攻撃を仕掛ける。
「秘儀流星蹴りネ!」
連続の蹴りが巨大なクラーケンの体を前方に吹き飛ばす。
バシャンと水しぶきを巻き上げ、クラーケンが湖面に叩きつけられる。
クラーケンが態勢を立て直し、水の中に逃げようとしている。
「逃しませんよ……天の怒りを喰らいなさい、ぬるぬる!」
ディスティニィが杖を天に掲げた次の瞬間。
――ゴオオオン!
ディスティニィが放った強力な雷がクラーケンの体を貫いた。
俺が知る限りでも、あんな威力のある魔法は見たことがない。
しかし、さすがランクB級のクエストなだけはある。
そうそう簡単には終わらせてくれないらしい。
あれほど強力な一撃を喰らっても、クラーケンはまだ生きているのだ。
「だがもう少しだ、気を抜くなよ!」
「「はい」」
合図と共に俺と三人は一斉にクラーケンに攻撃を仕掛けた。
俺は自分の腕をミスリルの剣に換えると、クラーケンの長い二本の触腕を斬り落とした。
聞いたことがない不気味な甲高い鳴き声をクラーケンが発した。
体を真っ赤にさせ悶えて苦しんでいるようだ。
「長い足、邪魔ネ!」
ヤオが放った遠距離からの真空波攻撃が、クラーケンにダメージを与えていく。
「こっちだ、イカの化け物!」
『きゅおおおお!』
クラーケンが雄叫びを上げ、三角形の頭をシノンに突進させた。
かなりの衝撃のはずだが、シノンはその攻撃を一歩も引かず耐えている。
「今だ、ディスティニィ!」
「はい、任せてください! さっきよりキッツイ一発をお見舞いしちゃいますよ〜!」
――ゴオ!
「うお……まじか」
炎がクラーケンの体全体を包んだ。
あれだけの巨体を包む炎なんて、ディスティニィの奴とんでもない魔力だ。
炎に包まれて燃えるクラーケンから、香ばしい匂いが漂ってくる。
それはクラーケンが完全に絶命した合図でもあった。
「やったネ! アタシ達の完全勝利ネ!」
興奮したヤオが湖面上を滑りながら、勝利を喜んでいる。
「アクア様、見てくれましたか? わたしの魔法!」
「ああ、いつの間にあれだけの魔法を使えるようになったんだ?」
「えへへ〜内緒です」
ディスティニィは照れながら微笑むと、すぃ〜っと湖面を滑って離れた。
「……あの、私はどうだったろうか? みんなの役に立っていただろか?」
おずおずとシノンが俺に尋ねている。
「何言ってるんだよ? シノンがクラーケンの注意を引いたから、倒せたんだろ。もっと自信を持ってもいいさ」
「ほ、本当か!? 嘘だったら怒るからな!」
ぱぁっと表情を明るくさせると、シノンも嬉しそうに両手を握って感謝のポーズをした。
それにしても三人の成長は著しい。
俺が思っている以上の成長速度だ。
クラーケンを苦もせず倒せたのなら、そろそろ次の段階に進んでもいいかも知れないな。
湖面ではしゃぐ三人を見ながら、俺は微笑みをこぼしていた。
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