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第七話 侮辱

「はぁ、私と同じ顔でそのようなことをするのはやめていただけますか?」


 教室の片隅で話し合っていた俺たちに声がかかる。

 聞き覚えのある、いやここ数日で聞き慣れた声だ。


「お姉ちゃん……」

「ジュリ、ここではシャルロット様と呼びなさい」


 シャルロット・ヴィ・サタニア。

 壁から手を離して振り向けば彼女と、その取り巻きたちが立っていた。


「あら、貴方はどこかで……。そうですわ、いつぞやの補欠合格者でしたわね?」


 彼女は右手に持った扇子で左手をポンポンと叩きながら俺を睥睨してくる。

 その目には好意はもちろんのこと、侮蔑の意思も感じられない。

 まるで道端に転がる石ころを見るような目だ。


「……、お久しぶりです」

「え? ハヤト、おね、シャルロット様のこと知ってるの?」


 俺が軽く会釈すると、横に来たジュリが不思議そうな目で俺たちを交互に見つめてくる。


 ああ、うん。

 そういえば言ってなかったか。

 保健室で俺がジュリを煽った理由。

 そしてパーティーを申し込んだ理由。


「はぁ。無能同士、引き合うところでもあったのかしら……」


 俺の挨拶は無視して、彼女は続ける。


 主席様のお耳には路傍の石たる補欠合格者声は聞こえないようだな。

 相変わらずイラッとさせてくれる。


「ジュリ。早速問題を起こしてくださいましたわね。恥を知りなさい」

「っ! 申し訳、ございません……」


 先程まで俺に気丈な視線を向けてきていたはずのジュリは、気がつけば俯いてしまっていた。

 その表情は伺いしれないが、握りしめた拳がその思いを物語る。


「まったく、サタニア王国の王族ともあろうものがよりにもよって……。ついでとはいえ様子を見に来て正解でした」

「姫様、もう時間が迫っております」


 なおも罵倒を続けようとするシャルロットに取り巻きの一人が時間を知らせた。

 それを聞き、シャルロットは吐きかけた罵声を飲み込むように口元へ扇子をあてる。


「あら、もうそんな時間? ジュリ、私の貴重な時間を割いて来てあげたのです。感謝するのですよ?」

「はい、シャルロット様、ありがとうございます……」


 どれだけ上から目線なんだ。

 ジュリはつい先日出会ったばかりだが、それでも必死になって努力していることはわかる。

 現状を変えるために、そして姉のあんたに認められるために。


「私のステータスは全てD以上でしたし、初期スキルも発現いたしましたわ」


 そりゃ凄い、入学時点でそれなら自慢もしたくなるだろうさ。

 私は神に愛されているってな。


「貴女も私の出がらしとはいえ、ステータスが全てFなんてみっともないことにならないことを期待していますよ」

「おい、まてこら」


 気がつけば俺は拳を握りしめ一歩踏み出し、ジュリと彼女たちの間に立ちふさがっていた。


「……、ああ、今の言葉は私に言っていたのかしら?」

「あんたに、決闘を挑む」


 喧騒に満ちた教室を一瞬で静寂が塗りつぶす。


 馬鹿なことをやっている。

 俺は、ジュリの力を利用しようとしていただけのはずなのに。


「決闘? 貴方が? 私に?」


 シャルロットのステータスは全てD以上。

 新入生のほとんどがE以下のステータスしか持っていないことから考えると、まさしく神に愛された天才なのだろう。

 俺が戦ったところで、勝機はない。


 だが、ジュリは俺の仲間だ。


「なっ、落ちこぼれの補欠合格者が主席である姫様に何たる態度!」

「身の程を知りなさい!!」


 取り巻きが騒ぎ出すが知ったことか。


 姉妹とはいえ、俺の仲間を侮辱することは許せない。

 それに仲間を侮辱されても目をつぶる奴なんて、冒険者として風上にも置けないからな。


「それで、貴方は何を望むのかしら?」

「言葉を取り消せ。ジュリを出がらしと、無能と二度と呼ぶな」


 彼女は、ジュリは確かに無能かもしれないし出がらしかもしれない。


 周囲のことを考えずにいきなり禁呪クラスの魔法ぶっ放すしその上制御は下手くそ。

 勝手に人のプライバシーに踏み込んでくるし幽霊と普通に語り合うくらい常識がない。

 人のことをカスだのグズだの変態だのいった挙げ句に後頭部に一撃お見舞いしてくるとんでもない女だ。


 ……、あれ?

 なんかいいところがないような。


 それに仲間を侮辱されたと思って頭に血が上ってたけど、別に間違ったことは言っていない?

 考えてみれば王女が教室で、男とコソコソと話しているのも問題といえば問題だし。


「ふぅん? 勝機なんて無いと思うけど、何が貴方をそこまで突き動かすのかしら?」


 いや、だからといって言って良いことと、悪いことがあるだろう。

 ましてや衆人環視の状況でだ。

 うん、そうに違いない。


「え? あ、こいつは、ジュリは俺の――だからだ!」


 くそ、動揺していたせいで肝心なところで噛んだ。

 めっちゃ恥ずかしい……。


 慌てて訂正しようとするが、それは一拍をあけて巻き起こった周囲の歓声にかき消される。


「やるじゃねえか!」

「きゃー!」

「底辺の意地を見せてやれ!!」

「え? いや、ちがっ、訂正させて!?」


 しかし俺の声は届かない。

 助けを求めてジュリを振り返るが、彼女は顔を真赤にして口をパクパクしている。


 だめだ、こいつはあてにならない。

 くそう、俺の味方は居ないのか!?


「あははは! 面白い、面白わね貴方!」


 急に笑いだしたシャルロットは、しかしその目は笑っていない。

 先程までの路傍の石を見るような色は消え去り、憎悪に燃えているように見える。


「素晴らしいわ、道化の才能があるわよ! 退学になったらピエロとして雇ってあげる!」


 なるほど、雇った初日に事故が起きて俺は死ぬんですね。

 わかります。


「ふふ、いいわ。放課後、決闘場に来なさい」


 素敵なダンスを期待しているわ。


 それだけ言うと彼女は教室を去っていった。

 盛り上がるクラスメートとオーバーヒートしているジュリ、そして入れ違うように入ってきた生徒を残して。


「え、なにこれ……?」


 シャルロットと入れ違いになるように教室に入ってきた生徒は、急に集まった視線にさらされかなり困惑しているようだ。

 まぁそうだよね、教室も異様な空気を醸し出してるし。

 流石に可哀想になってきた。


 視線を集めるのは嫌だけど、当事者の一人として助け舟を出さない訳にはいかないよなぁ……。

 それに俺が彼に一番近いし……。


「えっと、何か用事?」

「あ、えっと、すみません。Dクラス終わったのでFクラスの人は神事室に移動してもらえますか?」


 一瞬の出来事に思えてたが、思ったより結構時間が経っていたらしい。

 時計を見たら針が十二時に近づいている。


「あ、はい。すぐ行きます」


 俺が答えるとホッとした表情を浮かべた彼は足早に去っていく。

 なんか申し訳ないことをしてしまったかな。


「あー、凄いもの見たわ」

「まるでドラマみたいだったね」


 そして教室の後ろの出入り口から、俺たちを遠巻きにしながら他のクラスメイトは出ていく。

 彼らは口々に俺たちの噂をしているようで少し、いやかなり居心地が悪い。


「あ、あの……」


 それまで黙っていたジュリがようやく復活したらしく、なんとか口を開こうとするが俺の直感が教えてくれる。

 このまま口を開かせてはダメだと、そして今ならまだ間に合うと。


「いや、仲間! 仲間だから!」


 伏目がちに自分の胸元で指を絡め、朱に染まったままの顔でモジモジとしているジュリが口を開く前に訂正の言葉が間に合った。

 ジュリは一瞬ビックリしたように目を見開き、そしてはにかむように笑う。


「仲間……ふふ。あ、うん。あ、ありがとっ!」

「お、おぅ?」


 何がありがとうなの?

 ボク、ちょっと教えて欲しいんだけど?


「その、私、だ、大丈夫、大丈夫だから!」

「そ、そうか?」


 大丈夫って何が?

 とても大丈夫には思えないんだけど?


「ま、またあとで!」

「あっ……」


 止める間もなくジュリは俺の横を抜けて教室から飛び出していってしまう。


「俺はどうすれば良いんだ……」


 カチリ


 立ち尽くす俺を置き去りにして、時計の針は十二時を指した。

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