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第四話 引っ越し

 入学式の前日。

 一般寮での最後の朝食を食べ終えた俺は、つい先日運び込んだばかり荷物を自室から運び出していた。

 まだほとんど開封していなかったのは不幸中の幸いだろう。


「ハヤトー、これもー?」

「だああああ! それは触るな!!」

「あ、もしかしてエッチなやつ?」


 うるせえよ。

 男の秘密だっての。

 というか手伝わなくていいと言うに。


「まぁね、ハヤトも男の子だから仕方ないわよね。大丈夫、私を信用して!」


 おう、現在進行系でお前がガムテープ剥がしてなければ信用していたさ。

 だが、嬉々として梱包を解こうとするお前の何を信じるんだ。


「いいじゃないの、仲間でしょ? それに、私そういうの理解あるから安心してね!」

「いいからやめろ!」


 しかし彼女の手は勢いよくガムテープを剥いでいく。


「だからやめろっつってんだろ!?」


 開封直前でなんとか覆いかぶさることに成功したが、本当にギリギリだった。

 あぶねぇ、もしバレたら俺、生きていけない。


「えー、いいじゃないの。気にしないって言ってるんだから」

「俺が気にするんだよ! この借金王女! もう帰れよ!」


 なんなの、なんなのこの子。

 邪魔するなら帰って欲しいんですけど?

 ほら、お友だちとのお茶会とかあったりするんじゃないの?


「でも引っ越すことになったのって、私も原因の一つだし?」


 だから手伝わないとと、指を頬に添え照れ笑いを浮かべるジュリ。

 事情を何も知らない者から見ればとても可愛らしく思えるだろう。


 だが、俺が引っ越すことになった原因は一つどころか全部ジュリにあるのだ。


「借金がなければ引っ越さなくて済んだんだがな?」

「これから一つ屋の下ね。よろしく! ふふ、私こういうの初めてだから楽しみなのよね」


 俺の嫌味をスルーして嬉しそうに微笑むジュリ。


「いひゃい、いひゃい! にゃにするにょにょー!」


 イラッと来て思わず頬を引っ張ってしまった。


「おみゃめがわるひんひゃひょひゃー!」


 反撃とばかりに彼女の指が俺の頬を引っ張る。

 流石に手加減はしているのだろうが、それでもめちゃくちゃ痛いんですけど!?


「ははへ!」

「ひょっひはさひにははへー!」


 先程彼女がいった通り、これから俺は彼女と同じ寮に住まうことになる。

 普通なら可愛い女の子とってなればテンション上がるが、相手がこいつじゃな……。

 先の不安を思うとテンションが下がる。



 家賃ゼロ。

 水道光熱費も全て無料。

 舎監もおらず、自由な空気の流れる豊かな自然に囲まれた静かな学生寮。


 ただこの寮にはいくつかの問題があったのです。


 築百年、隙間風の抜ける風呂トイレ共同の木造平屋建ての建物。

 学び舎からも山道で徒歩一時間の距離にある通称サイハテ寮には――。


「電気ガス水道全部通じてないってどういうことなの」


 水道の代わりにあるのは井戸と近くを流れる小川。

 照明はランプのみ。


 燃料は周辺の木々を使い放題?

 だからなんだよ、どうやって薪にしろと。

 生木が薪として使えるようになるまでどれだけ時間がかかるか知ってるんですかねぇ?


 ああそう、魔法でどうにかしろと。

 でも俺思うんだ。

 まともに魔法が使えるやつはこんなところには住まないって。


 当然完全に自炊となるが、購買部まで往復二時間以上。


 水道光熱費無料?

 当たり前だ!

 だってないんだもの!

 だってないんだもの!


 自由な空気が流れる?

 そいつは隙間風だよ!!


「あ、そっち脆くなってるから気をつけてね」


 木製の扉で作られた玄関を抜け、廊下に入るなりジュリが注意してくる。

 その扉だって、頑張って引かないと開かないようなボロい扉だった。


「うわっと! まじかよ」


 廊下は一部腐って穴が空いており、とても人が住める場所には思えない。

 だが、ジュリはこんなところに一月前から住んでいるらしい。


「そりゃ私だってちゃんとした寮に住みたいわよ? でも仕方がないじゃない。お金がないんだから」

「寮費も自費だったのか」


 月に二万円の一般寮費すら出さないとは。

 サタニア王国はなかなかに厳しい教育方針のようで。


「でもね、私はお金をためていつかこの寮を出るの! 今までの先輩たちみたいにここで学生生活を終える気はないわ!」


 そしていずれ上級寮のクリスタルガーデンへ引っ越すのだと、姉を見返すのだと彼女は気炎を上げた。


「今は借金七桁だけどな」

「それは言わないでよぉ……」


 その炎はすぐにしおしおと消え去る。

 でもまぁ、夢を持つのは悪くないよな。


 こんな環境下でも彼女は王女らしい清潔さを保っている。

 糊のきいたパリッとしたブラウスに、折り目正しいスカート。


 洗濯一つでも大変だろうに。

 そこは、少しだけ尊敬できると思った。


「あ、週に一回制服をクリーニング出しに行くのを忘れずにね」


 俺の尊敬返せよ!

 いや、制服とか以外は全部自分で洗濯してるらしいけどさ。

 うん、なんか騙された気分だ。


「あ、ハヤトの部屋はここね」


 廊下を挟んで向かい合った六つの扉。

 廊下の一番奥の扉の前でジュリは足を止める。


「さんきゅー」


 部屋には鍵もないようだ。

 引き戸だからつっかえ棒で施錠代わりにはできそうだけど。


「フローリングなのな」

「畳が無くなっただけだけどね」


 良く言えばフローリング。

 悪くいえば畳すら無い四畳半のこの部屋が、今日から俺の城となる。


 この寮の住人は俺とジュリの二人だけ。

 ……、ちょっとドキドキしてしまう。


「壁薄いから押しピンとかは刺さないでね」

「貫通するの!?」


 別の意味でドキドキしそうだよ!?

 壁に体重をかけるだけで崩れてしまいそうで怖い。

 むしろ風で壁が壊れるまであるのではないだろうか。


「あはは、冗談よ」


 でもビスとかは本当に貫通するのでダメらしい。

 どんだけ壁薄いんだよ……。


 声漏れそうで嫌だな。

 というかなんでわざわざ俺の部屋、ジュリの部屋の正面なんだよ。

 対角、一番距離離れた部屋でいいのに。


「さ、荷物早く置きましょ」

「あいよ」


 大八車にのっているダンボールは僅かに六個。

 パソコンなんかはすべて売り払った。

 持ってても使えないし、今は本気で金が無いからな。


 それにしてももう昼過ぎか、早くしないと日が暮れそうだ。

 大八車を押してくるのにかなり遠回りしたから、ここまで三時間もかかってしまった。


「さてご開陳」

「だからやめろって言ってるだろ!?」


 どうして君は俺の宝物箱を開けたがるのかね!?

 仲間と言ってもプライバシーはあってしかるべきだと思うんだよね!

 ネットワーク環境どころか電気もないこの寮ではとても貴重なアイテムなんだからね!?



「ふー、お疲れ様!」

「ホント疲れたよ……」


 たった六個のダンボール箱を運ぶのになんでこんなに疲れなければならないのか。

 ことあるごとに勝手に箱を開けようとするそこの女のせいである。


「それじゃちょっと早いけど夕食にしましょ!」

「お? 準備してくれてたのか?」


 一体いつの間に。

 今日は朝からずっと俺と一緒にいたよな?

 ケータリング出来るほどお金もないし、それ以前にこの寮は配達エリア内から外れてそうだ。


「へへっ、今朝早く起きて頑張ったんだ!」


 玄関を入ってすぐ右に行ったところが食堂らしい。

 テーブルと椅子のある板張りの間と、囲炉裏を囲うように座布団の敷かれた畳の間の二つがあるそうだ。


 当然のことだがガスコンロはなく、熱源はカマドと囲炉裏のみなので火力調整が難しいのだとジュリから豆知識を仕入れながら部屋を出る。


「そ、そっか、ありがとな?」

「うん! どういたしまして!」


 俺の歓迎会として、日が昇る前から支度をしてくれていたらしい。

 こんな環境下で、大変だっただろうに。

 思わずうるっと来てしまう。


「今日のメニューはグレートボアづくしよ!」

「へぇ、ジビエってやつか? 凄いな」


 グレートボアってなんだったっけ、聞いたことある気はするけど。

 猪の一種、だったかな。


 もしかしてわざわざ買ってきたのか?

 いや、金はないし近くの猟師さんから融通してもらったのかもしれない。


「でしょでしょ! 私、罠仕掛けるの得意なのよ!」


 まさかの自前だった。


 それで思い出した。

 グレートボアって魔物じゃん。


 え、まって、ここ魔物が出るの?

 聞いてねえぞ!?

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