第三十話 俺たちの冒険はこれからだ。
「ハヤトー、朝だよー」
廊下から聞こえるジュリの声で起こされ、薄めを開けるがまだ早朝といった時間だ。
いつもならこの時間に起きてるけど、今日は休みなんだし勘弁して欲しい。
「ゆっくり寝かせてくれよ……」
昨日はいろいろあって寝るの遅かったんだから。
「んん……」
そんなことを思っているとモゾリと腕の中でうごめく物体が有ることに気がついた。
「……」
少し布団を剥がせば青い髪の毛が現れる。
ああ、そっか。
昨日はカエデがどうやっても手を離してくれなくて、いろいろと諦めてそのまま寝たんだったか。
「おい、起きろ」
「今日は休みなの……、ゆっくり寝るの……」
ああ、好きなだけ寝てくれ。
ただし自分の部屋でな!
「寝ぼけてんじゃねーよ、ほら、早く起きて自分の部屋に戻れ」
というか暑いんで、いい加減手離してもらえませんかね。
「自分の部屋……?」
「そうだよ、あと手を離せ」
「手……」
俺がそういうとカエデは顔を上げ、寝ぼけ眼で俺をじっと見つめた後、やっと手を離してくれた。
一晩中変な体勢で手を握ってたせいで右手の関節に違和感を覚える。
それに少ししびれてる感じもするし、ホント勘弁してもらいたい。
「ん……」
「いやおい、出てけよ?」
「あと五分なの……」
起きたと思ったのにカエデはそのまま布団に潜り込み、俺に抱きつき眠ってしまうのだった。
いや、でてけよ、おい、おーい。
「……」
「……」
朝食の席はかなり気まずいものとなった。
当たり前である。
「ハヤト、カエデ先輩、二人ともどうしたの?」
「なんでもないよ……」
「なんでもないの……」
「ふ~ん? そう? まぁいいけど、今日も草抜き頑張ろうね」
そうだな、うん、いつまでも引きずってるわけにも行かないし気持ちを切り替えよう。
結局昨日は収穫殆どなかった。
魔石とかが売れないのは仕方ないにしても、せめて薬草さえ回収できてればなぁ。
「んじゃトイレ済ませたら出発ね」
「ぴっ!」
トイレという単語に反応してカエデが変な声を上げる。
そしてそのまま顔を赤くしながらこっちをチラチラ見てきた。
怪しまれるからやめろよとアイコンタクトしたが、何故かそのまま恥ずかしそうにうつむかれてしまった。
「ごちそうさま。んじゃとりあえず装備着てくるわ」
「あ……」
なにか言いたげなカエデを食堂に残し、俺はさっさと部屋に戻ることにした。
あのまま居てもドツボにはまりそうだったしな。
花子さんは大丈夫と思うけど、カエデはろくでもないこと口走りそうで怖い。
「ん? そこにいるのは霜月か?」
「……、大和君」
斡旋所に到着すると、奥からカエデの知り合いらしき鎧を着込み盾を持ったガタイの良い黒髪の生徒が出てくるところだった。
その後ろには彼のパーティーメンバーらしき三人の男女がついてきている。
ちらりと横に立つカエデを見ると顔が青ざめている。
どうやらあまりいい関係ではなさそうだ。
「ちょっと大和、入り口で立ち止まらないでよ。あれ? なんでカエデがこんな時間に斡旋所に来てるの? あ、もしかしてパーティー組めた?」
「宮脇さんには関係ないの……」
赤髪のスレンダーな女の子が笑いながら盾の脇から顔を覗かせるが、その声には元仲間へ向けるような暖かさはない。
「もしかしてそこの一年生が新しいメンバーですか? でも一年生と組むなんて……」
「ははっ、まー霜月には一年と草刈りするくらいが丁度いいんじゃないか?」
続いて銀髪にローブ姿の女の子と、弓を片手にもった金髪の優男が口を開くが彼らもカエデを見下すような目を向ける。
「東雲、三郷、それくらいにしておけ。草刈りだって立派なクエストだからな」
大和先輩は口では注意をしているようだがその口角は上がっており、内心は全く逆となっているのは火を見るより明らかだ。
とはいえ、決定的なことを口走ったわけではない。
字面だけを見ればその逆だ。
腹は立つが、これでは何も言い返せない。
「先輩方、私たちは草刈りをするつもりじゃないですよ」
俺がどうしたものかと悩んでいると、ジュリが一歩前に出てそんな事をいいだした。
「はぁ? お前たち一年だろ? ダンジョンには学内冒険者ランクD以上無いと無理だぞ」
三郷先輩の言う通り、入学したばかりの俺たちはまだ学内冒険者ランクはF。
残念だがダンジョンには入れない。
そんなことはちょっと前に確認したばかりだろうに。
「カエデ先輩の引率でダンジョンに潜る予定なんです」
「ジュ、ジュリ?」
カエデが慌ててジュリの袖を引っ張る。
それを見て思い出した、カエデはこれでも学内冒険者ランクCだ。
つまりカエデの引率があれば俺たちでも最下級のものであればダンジョンに潜ることが出来る。
「あー、そういえばカエデも一応Cランクだっけ?」
「それなら最下級のダンジョンに一応入れますね」
先輩たちは納得したような表情をしたかと思うと嫌味な笑みを浮かべ、そのままこちらを一瞥してきた。
「ならちょうどいい。俺たちも一年生の引率でこれからダンジョンに潜る予定なんだ」
元仲間としてカエデの状況も気になるし、ちょっとした競争をしないか?
大和先輩は朗らかに笑いながらそう提案してきた。
元仲間、ね。
「あれ? よく見たら……、なるほどねー。落ちこぼれ同士でパーティー組んだんだ?」
「……」
「なるほどな。神官を入れてくれるパーティーなんてそういないもんな」
最近は購買部で取り扱っているポーションの品質がかなり向上しているので神官の需要は更に下がっているらしい。
だが彼らはその理由までは知らないのだろう。
その考えに至ったのか、カエデはニヤリと口角を上げる。
しかし俺たちが世間一般的に落ちこぼれと呼ばれる分類であることは自覚はしていた。
だけど初対面の人間にそんなこと言われる筋合いはない。
「わかりました。競争ですね?」
確かに俺達は落ちこぼれかもしれない。
だが、それでもプライドは有るんだ。
一矢報いてやる。
その思いで俺は勝負を受けることにした。
「ああ、冒険者らしくダンジョンから得た報酬の合計で勝負としようじゃないか」
勝負の開始の合図はない。
今、この瞬間からが俺たちの勝負の始まりだ。
「それじゃ行くの」
「あ、カエデ先輩待ってくださいよ!」
「お、おい! 先輩方お先に失礼しますよ」
カエデを先頭に俺たちはダンジョンへと急ぐ。
絶対に目にものを見せてやる。
その思いを胸に。




