第三話 神は死んだ
「話は済んだかい?」
「あ、先生。すみません、迷惑かけました」
タイミングを見計らってたのか、保健室の先生が朗らかに声をかけてくる。
その左手にはスタンガンが握られていた。
俺がジュリに襲いかかっていたらと用意していたのかもしれない。
怖いよ。
「パーティー編成おめでとう。これは祝だよ」
先生が笑いながら右手で差し出してきた紙。
そこには『請求書』と記載があった。
「これは……?」
「あんたたちが破壊した校舎の修繕費だよ」
受け取ってみるとそこには見たこともないような数字が並んでいる。
いや、何かの冗談ですよね?
「なんか、七桁の数字が並んでいるように見えるんですが?」
「七っ!?」
俺が確認するとジュリがタオルケットの中から悲鳴を上げる。
悲鳴を上げたいのは俺の方なんですが。
王女の貴女と違って俺は一般庶民ですよ?
そんな大金、用意できるはずがない。
しかも見積もり早くない?
そんなすぐに出るものなの?
「ああ、校舎を壊すバカは毎年いるからね。しかし決闘をするなとは言わないが、せめて決闘場でやってもらいたかったよ。あそこなら誰もケガもしないし被害もないのに」
先生はこれじゃしばらく他の部屋を仮に使うしかないといって、ため息を吐く。
幸い破壊されたのは入り口と廊下だけだったので備品は無事のようだが、たしかにこれでは出入りができない。
窓から出入りするわけにも行かないしね。
「そうそう、踏み倒そうなんて考えるんじゃないよ?」
「あはは、そんなことするわけ無いじゃないですか」
釘を差されたが笑って受け流す。
払わずにずっと放置することはあるかもしれないけどね。
その言葉は当然、胸の中に潜めた。
「卒業までに返済できなかったら留年だからね?」
なん、だと……?
え? 留年?
なんでそうなるんだよ、ちょっと意味がわからなんですけど。
「ちょ、それひどくないですか!?」
「ひどい? それはこの惨状のことかい?」
俺が慌てて抗議するも先生は鼻で笑うだけ。
取り付く島もない。
「うっ……」
「それにちゃんと返済するつもりなら文句はないだろう? それとも踏み倒すつもりだったのかい?」
きっとなれているのだろう。
俺の考えることなんてお見通しだ、踏み倒すなんてことは絶対に許さない。
そんな目で俺を見据えてくる。
「わかり、ました……」
あまりの迫力に、俺はそれ以上言葉を続けられなかった。
はぁ……、入学式前にこんな借金を背負うとは……。
いや、まて。
これはジュリエットが原因なわけだし、パーティー宛の請求書といっても彼女に払わせるべきだろう。
「ジュリ?」
「お金ならないわよ!」
ちらりと彼女に視線を向けて声を掛けるとすぐさま反応が返ってくる。
まだ何もいっていないんだが?
というか金が無いってなんだよ。仮にも王女様だろ?
それといい加減タオルケットから出てこい。
「ほ、本当よ。嘘じゃないわ」
タオルケットから顔をぴょこりと出して気まずそうに視線をさまよわせる姿には演技の気配は感じられない。
まさか、本当に? ありえないだろ。
だって王女様だろ? ならあっちこっちから援助があって、本人の個人資産もかなりあるんじゃないの?
「なんでよ? 国から支援金とかもらってるんだろ?」
「入学金とかは出してもらってるけど……」
以降発生する費用、滞在費などは自分で稼ぐことになっているそうだ。
それも修練の一貫であるとサタニア王国は考えているのかもしれない。
ついでに未成年の王族の個人資産は基本的にないらしい。
「ジュリ……」
「なによ……」
名前を呼ぶと頬を染めてこちらを見つめてくる。
安心しろよ、お前が考えているような話じゃない。
俺は一秒ほど熟考に熟考を重ねた結果を口にした。
「パーティー、解散しよう」
「なんでよ!?」
当たり前だ!
返済のあてもないのに七桁の借金なんか背負えるか!
「え、冗談よね? そんな、私を弄んですぐに捨てるの!?」
「人聞きが悪いな! だいたいこの借金の原因はお前がなんにも考えずスキルを使ったからだろうが!」
俺に落ち度なんて無いはずだ。
え? 裸見たって?
それ、支払いに同意してませんし?
しかも一瞬の光景でこの金額はありえない、それがお触り込みだったとしてもだ!
「手切れ金くらいはくれてやるよ……」
五千円くらいはな!
じゃあなと背を向けるが抵抗を感じる。
振り向けば俺の制服の裾を彼女が摘んでいた。
「逃さないぞ♪」
「……」
甘えるような声で上目遣いであざとく胸を寄せても無駄だ。
残念だが貴様の胸にそこまでの価値はない……。
少しばかり心は揺らぐが。
くっ、視線が持っていかれる。まさか重力魔法!?
「離して?」
冗談はさておいて、本気に離してほしい。
真面目な話、流石に七桁の借金は重すぎる。
「いやよ! 離したらどっかいっちゃうじゃない!」
「いいから離せ! 服を掴むな!! 別のパーティー探せ!」
俺と君の縁はなかったのだ。
諦めるんだなと俺が告げるがそれでも彼女は裾を離そうとはしない。
「無理に決まってるでしょ!? 誰が借金持ちをパーティーに入れてくれるっていうのよ!?」
涙目で訴える彼女はある意味正しい。
普通はそんな物好きいるはずがない。
借金を抱えているということは返済が終わるまで装備を更新できないということだ。
皆が鍛えて、装備を強いものに変えていっても一人だけそのまま。
それはパーティーへの裏切りともいえる。
ただ、彼女には取り巻きが居たはず。
取り巻きとパーティー組めばいいじゃん。
なんでそこまで必死になるんだ。
「お前可愛いし、金持ち相手にすればワンチャンあるんじゃね?」
「可愛い……。はっ、私に慰みものになれっていうの!?」
ジュリは自分の体を片手で抱きしめ、怯えるように震える。
反対の手は変わらず俺の服の裾を掴んだままだが。
ちっ、なんで両手で行かないかな。
そしたらそのまま逃げれたのに。
「そうは言わないけどさぁ」
「そうとしか言わないわよ!」
ともかく、絶対にパーティーは解散しないと彼女は必死になってブンブンと首を横に振る。
「あー、お取り込み中のところ悪いんだけどいいかい?」
「あ、はい」
借金の取り立て屋、違った、保健室の先生が口を挟んでくる。
その後に続く彼女の言葉で、俺はジュリとパーティーを組み続けることが決まったのだった。
「パーティーで発生した借金は、パーティーを解散しても元のメンバーに返済義務がついてくるからね?」
「まじっすか!?」
パーティーを解散すれば借金から逃げられる。
そんなうまい話、考えてみればあるわけがない。
嘘だろ……。
明後日は入学式、晴れやかな門出となるはずだったのに……。
いきなり暗雲立ち込めてるんですが……。
「ハヤト、これからよろしくね?」
「ヨロシク……」
憎たらしくも晴れ晴れしい顔で体を起こしてきたジュリ。
その美貌は先程と変わらず誰もが振り向くものだろうに、俺には彼女が疫病神のようにしかみえない。
『神は死んだ』
俺はそう思わずにいられなかった。