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第二十九話 信頼

「セーフ、なのか?」


 自分でやっておいてなんだが、完全アウトな光景だと思うんだけどこれ。


 俺はガムテープで手首と足首を縛られ、口をふさがれたカエデを見下ろす。

 なんていうか、犯罪以外の何物でもないよな。


「むー!?」

「むーむーいわれても何が言いたいのかわからないって」


 それにしても予想外の反応だったな。

 普通この姿を見られたら、俺がカエデを始末しようとしている風に見えるだろうに。


 日頃の行いのせいってやつなのかな?

 今日知り合ったばかりのカエデと一週間近くの付き合いのある俺。

 あんまし変わらない気がするけど。


「あ、悪い悪い。これじゃしゃべれないよな」

「むー……、み゛ゃっ!!」


 俺はカエデの口をふさいでいたガムテープを剥がしてやる。

 そっと剥がしたつもりだったが結構痛かったらしい。


「そんな剥がし方するなんてレディーに対する扱いがなってないの!?」


 つっこむところはそこか。

 レディーに対するガムテープの剥がし方があるとは知らなかった。


「次からもっと丁寧に剥がすようにするわ」

「ほんと反省するの!」


 手足を縛られたままプリプリと文句を言う姿はかなりシュールだ。


「ほら、さっさと手のも剥がすの」

「へいへい」


 しかし急に大人しくなったな。

 ジュリの反応を見て諦めたのだろうか。


「……、流石に冗談なの。別に本気で言ってたわけじゃないの」

「その割には目がガチだったと思うんだけど?」

「それはその……、ちょっとパニックになってたの……」


 カエデは少し恥ずかしそうに呟きながら顔を背ける。


 花子さんたちの件でいっぱいいっぱいになっていたが、さっきのやり取りで少し冷静になれたらしい。

 まぁ、ステータスも使おうとしてなかったし最後の一線は守ってたもんな。


「カエデって神官系だったよな? だったらアンデットとか平気なんじゃないの?」

「それはそれ、これはこれなの」


 カエデは首を左右に振って軽くため息を吐く。


 カエデの中ではアンデットとおばけは違うらしい。

 何が違うのかはよくわからないけど。


「はぁ、跡が付いちゃったの」

「あー悪い。大丈夫か?」


 少し強く巻きすぎたのか、それともカエデが抵抗したからか。

 手首にはガムテープの跡がはっきりとついてしまっていた。


 まぁ冒険者ならその程度気にすることはないけど、俺たちはまだ学生。


 普段あまり怪我を負うことのない神官は傷跡が残るってことに対してあまり耐性がないって聞いたことがあるし。


 少し悪いことをしてしまった気になる。


「なんて顔してるの? 別にこれくらい唾つけとけば治るの」


 この程度で心配されてたらダンジョンには潜れない。

 そう言ってカエデは鼻で笑う。


 心強い言葉だけど、一応カエデはこんなんでも女の子だしなぁ。

 ついこないだ冒険者学校に入学した俺にはまだそこまで割り切れない。


「はぁ、んじゃもし跡が残ったらハヤトが責任取るの」

「責任?」

「……、馬鹿なこと言ったの。忘れるの」

「あ、そういう意味?」

「忘れるの!」


 何故かぶん殴られた。



「んじゃもう良いだろ? 夜も遅いし部屋帰れよ」

「……」


 気がついたら時計の針が一時を回ろうとしていた。


 明日は完全に休みとはいえ、そろそろ辛い。

 前はこの時間まで置きているのは割と普通だったけど、サイハテ寮に引っ越して早寝早起きの生活に慣れちゃったんだよな。


 そう思いながら自室に戻れと促すが、カエデは俯いてしまい布団の上から動かない。

 こいつが帰ってくれないと俺寝れないんだけど。


「まだなにかあるのか?」

「トイレ……」

「は?」

「トイレ、付き合うの……」


 ええー……。

 いくらなんでも女の子と連れションとか無いと思うわ。


「後生なの……」


 無いと思うんだが……。

 手を握りしめてプルプルと震える姿を見ると無碍に断るのもと思ってしまう。


「えーっと、花子さん呼ぼっか?」

「ハヤト……」


 代案を出したのに親の仇でも見るかのような目で見られてしまった。


「じゃなきゃここで漏らすの」


 そしてニッコリと笑ったかと思うとまさかのおもらし宣言である。


 カエデの尻の下には俺の布団。

 流石に冗談と思いたいが目がマジだ。


「私は本気なの」

「ふざけんな!?」


 カエデには恥じらいというものが大きく足りてないと思う。

 いや、元は持っていたのかもしれないがこの一年で擦り切れてしまったのかもしれない。


 だからといってこれはないだろう、少し泣きたくなってくる。


「さぁどうするの! はいかYESで答えるの!」


 なりふりかまっていられないといった様子で俺に迫るカエデに、俺はда(ダー)と答える他なかった。



 そしてトイレの前。

 夜空には星がまたたき、遠くでフクロウが鳴いている。


「耳塞いでおくの。目もしっかりつぶるの」

「へいへい……」


 恥ずかしいなら付き添い頼まなきゃ良いのに。

 まぁいいけどさぁ。


「でも私のことしっかり把握しとくの。何かあったらすぐ来るの」

「目も耳も塞いでどうやって状況把握するんだよ?」

「……、それもそうなの。でも私にはいいアイデアが有るの」


 なるほど、アイデアか。

 まぁ冒険者として一年も先に学んでいるんだ。

 当然トイレの問題はクリアしているのだろう。


 で、だ。

 そのアイデアとやらを実行してみたのだが……。


「いや、流石にこれは厳しい」

「こっち見るななの!」


 一緒に個室に入るとかどんな罰ゲームよ?

 何がいいアイデアだよ、さっき心強いとか思ったけどこの頭の悪さは心弱すぎる。


「く……、仕方がないの。外に出て手、出すの」


 用を足してる間ずっと手をつないでろと。

 何この新しいプレイ。


「なぁ、片手じゃ耳塞げないんだけど」

「黙ってるの! 引っ込んじゃったの!!」


 はぁ、もう良いや。


「今日も月が綺麗だなぁ……」

「っ!」


 俺の現実逃避に反応してか、俺の手を握るカエデの手が一瞬力を込めた。


「みぎゃあああああ!?」


 そして同時にカエデの絶叫が響く。


「どうした!?」

「……」


 慌てて呼びかけるが返事がない。

 握った手は力が入ったままだから気絶してるとかはないと思うけど心配になる。


「おい、入るぞ? いいか?」

「……」


 変わらず返事はない。

 少し悩んだが今は緊急事態か。

 そっと左手で扉を開けると、そこには口と目を開いたまま放心したカエデと花子さんの姿があった。


「お、おい? 大丈夫か?」

「……」


 呼びかけるが俺の手を強く握ったまま返事はない。

 カエデは目を開けたまま気を失っているようだった。


「えーっと、花子さん?」


 慌てる花子さんいわく、心配だったので様子を見に来たらしい。

 まさかここまで驚かれるとは考えても見なかったそうだ。


「あー、カエデ、幽霊とか苦手みたいなんで……」


 俺がそういうと花子さんは少し悲しそうな顔をして、そのままどこかに消えてしまった。


 え、いや、待ってよ。

 相変わらずカエデは俺の手を離してくれないし、これどうするんだよ。


「これ、俺が処理すんの……? 花子さんー!?」


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