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第二十四話 サイハテ寮へようこそ!

「あ、見えてきた」


 山道を抜けたところでジュリが声を上げた。


「あの明かりのところなの?」


 ジュリが指差す方向を先輩が首を前に出して見つめる。

 玄関にはランプの明かりが灯っており、暖かい光を周囲に振りまいていた。


 どうやら花子さんたちが気を使ってくれたようだ。

 俺たちの帰りに合わせて火を着けてくれたのだろう。


「なんか幻想的なの……」

「ね? 良いでしょ?」

「噂はただの噂だったの。百聞は一見にしかずなの」


 先輩の言葉にジュリが嬉しそうに微笑む。

 さんざん悪い噂をされた後だから喜びもひとしおといった感じだ。


「……、噂に踊らされて悪かったの」

「良いですよ。幻想的って言ってくれて嬉しかったですし。それに、パーティーの仲間じゃないですか」

「ジュリエット……、良い子なの……」


 ジュリの純粋さが先輩の穢れを拭い去ったのか、先輩がらしくない言葉を口にする。


「あ、私のことはジュリって呼んでくれると嬉しいです」

「わかったの。ジュリ、私のことはカエデって呼んでもいいの」


 最初はどうなることかと思ったけど、ジュリと先輩もさっくりと打ち解けてくれてよかった。

 まぁ、先輩も口が悪いだけで悪い人ではないんだよな。


「あと犬にはカエデ様って呼ぶことを許すの」


 口以外にも性格と根性が腐っている極悪人だったわ。


「ドチビ様、俺のことはハヤト様って呼んでいいよ?」

「わかったの、ハゲト様」

「ハゲてねえわ!」


 親父はハゲてたけど俺はまだまだ大丈夫だ。

 十年後はわからないけど今はフサフサだっての!


「なら今から抜いてやるの!」

「うわっ! 離せ! 危ないだろうがこの腐れ外道! 痛え゛!?」

「言葉を取り消すの!」


 先輩が俺の背中をよじ登って肩に乗り、両足で俺の首を絞めながら髪の毛を引っ張ってくる。

 ステータスも無しにこの身軽さとか、なんでこいつ神官なんてやってんだよ!?


「ざけっ、んなっ!」


 簡単にやられてたまるか!

 俺は腰を軸にして先輩を振り回す。


「な゛の゛の゛の゛の゛!?」


 なんとか髪の毛から手を離させられたが足は首に巻き付いたままだ。

 くそ、息が苦しい。


「うおらああああああ!!」

「の゛んっ!?」


 勢いよく腰をくの字に曲げ、下がった先輩の頭を両手でキャッチ。

 そのままアイアンクローを仕掛ける。


「割れる! 頭が割れるの!?」


 先輩は頭を襲う痛みに叫び声を上げ、俺の腕をその細い手で掴んでもがく。

 しかし足で首を絞める力は緩めようとしない。


 良いだろう。俺の首と先輩の頭蓋骨の勝負だ。


「ぷっ……あはは!」


 俺とカエデの聖戦、そこにジュリの笑い声が水を指した。


「何笑ってんだよ!」

「何笑ってるの!」

「だって……、ぷぷぷっ、あははは!!」


 俺たちが不満の声を上げてもジュリは笑い続ける。


「……、終わりにするか」


 なんか急に馬鹿らしくなってしまった。

 いい年して何やってんだか、冷静に考えると少し顔が熱くなる。


「……、そうするの」


 俺が手を離すと先輩も首から足を解き、肩から降りる。

 見れば先輩も同じ事を考えたようで、少し恥ずかしそうな顔を浮かべていた。


「はーっ、はーっ、はぁ……、え? もう終わるの?」


 いい加減早く帰らなきゃだしな、あまり遅くなると叱られてしまう。


「今日はこのくらいにしておいてやる」

「今日はこのくらいにしておいてやるの」


 月明かりの下、二人の舌打ちが重なった。



「まるで縄文時代なの……」

「そこまでじゃねえよ」


 ジュリが夕食の支度をしている間、俺はカエデに寮の案内をして回っていた。

 案内と言っても小さい寮だし大したものはないけど。


「電気も水道もないの」

「寮費もないからそこは我慢しろよ。それにランプと井戸があるじゃないか」


 井戸のポンプを軽く叩きながら叩きながら夜空を眺める。

 そんな俺を、カエデは一歩離れた位置から胡散臭いといった様子で見ていた。


 でも無い物を嘆くより、有る物を喜んだほうが良いと思うんだよね。

 屋根とか壁とか、カエデからしたら喉から手が出るほど欲しかったものだろ?


「電波もないのは衝撃なの」

「それはまぁ俺も思わないでもないけど」


 とはいえ校舎付近は普通に入るしな。

 逆に社会に束縛されなくなっていい部分もあると思うんだよ。


「でも、悪くないの」

「そりゃよかった」


 テント暮らしから比べたら雲泥の差だろうしな。

 文句を言える立場じゃないってのはわかっているのだろう。


 トイレはスライム式で衛生的だし、風呂だって薪で焚くものだけどこれも悪くないと思う。


「そういえば、このあたりは魔素も濃いみたいなの」


 眠たげな目で周囲を見渡したカエデがそんなことを言ってくる。


「そんなの分かるのか?」

「魔素の濃いところでしか生育出来ない薬草が生えてるの」

「ああ、そういうの詳しいんだっけ」


 野生の薬草採集してポーション作れるレベルなんだよな。

 あれ、そうするともしかしてこの周辺の草からポーション作れたりするのか?


「……、いくつか足りないのはあるけどある程度は賄えそうなの」


 聞いてみたが、そうはうまくいかないようだ。

 それでも薬液を抽出すればお金になるはず。

 カエデにはこれから毎日家事の代わりに薬液づくりを頑張ってもらおう。


「でもこれだけ魔素が濃いなら魔物が闊歩してるって噂も納得なの」

「そりゃ実際いるからな」


 そこまで数は多くないし、弱いのしかいないみたいだけど。


「冗談、なの……?」

「いや? 本当にいるぞ。魔物」

「は、話が違うの! 騙したの!?」


 カエデは魔物がいると知って、慌てて俺に詰め寄ってきた。


「ちょっ何すんだよ!?」

「いいから答えるの!」


 襟元掴むなよ、シワが寄るだろうが。

 そんなに驚くこと――いや、普通はそうか。


 冷静に考えれば寝てる時に襲われたらひとたまりもないしな。


「落ち着けって、弱いのしかいないから。それにセキュリティーもしっかりしてるしな」

「こんなボロ屋にそんなセキュリティーがあるなんて信じられないの!」

「でも一ヶ月以上ここで暮らしてるジュリはなんともないし」

「そういえばそうなの……」


 納得してくれたのか、そういうとようやく俺の襟を離してくれた。

 しかしそこで何かに気がついた様な表情を浮かべる。


「……、おばけもいるの……?」


 ここまで噂が全て正しかったことに気がついたらしく不安そうに上目遣いで聞いてくる。

 先程までの威勢はどこに言ったのやら。


「安心しろよ、おばけなんていないって」

「でも……」

「寝ぼけた人が見間違えでもしたんだろ?」

「ぷっ、なかなか面白い冗談なの」


 緊張が解けたのか、月明かりにカエデの自然な笑顔が浮かび上がる。

 それは妙に艶っぽく、不覚ながら一瞬ドキッとしてしまった。


「……さ、冷えるとあれだから中に戻ろうぜ」

「それにしてもジュリには色んな意味で少し申し訳ないの」


 まぁそうだけど、カマドでの料理はコツがいるからな。

 食料を炭にして無駄にするわけにも行かないし。


「金に余裕ができたらカマドで料理する練習しようぜ」

「はぁ……。まぁお金に余裕ができたのなら一般寮にいくの」


 それもそうか。


 でも、俺、金に余裕ができてもこの寮から出ない気がする。

 まだ一週間しか暮らしていないけれど、それくらいはこの寮が気に入っていた。

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