第二話 神はいた
「はぁ、カオスさんですか。あ、自己紹介がまだでしたね、俺は神無月 隼人です。明後日から高校生予定してます」
「え、あれ? スルー?」
自己紹介を返したのになぜか狼狽されてしまった。
まぁそうだよね。でも俺も反応に困るというかそこまで考えていなかったというか。
「あー、名前は聞いたことありますし、凄いんだろうなっていうのはわかるんですけど」
正直雲の上の存在すぎてよくわからない。
巨人の背くらべっていうの?
庶民からしたら一兆円も十兆円も大金ですねって感覚しか無いといえばわかるだろうか。
「ううん、せっかくなんだから最後までノッてほしかったなぁ」
悲しそうな顔をされると申し訳なくなってくる。
でも俺アドリブ苦手なんだよね。
演技は苦手、というか俺冒険者志望だし。
そういうのは別の人にお願いしたい。
「まぁ、人間向き不向きあるから仕方ないね」
「そういってもらえると助かります」
気を取り直したらしく、自分を納得させるように首を縦に振るカオスさん。
しかしこの人、いや神様か?
ともかくこの方は随分と人間臭く、とても人類を滅ぼそうとした存在には見えないな。
「はは。話がどういうふうに伝わっているのかは知らないけど……」
少しは信用してくれると嬉しいな。
そういって微笑む姿は、少し痛々しさを感じさせられた。
「ええ、まぁ。ここから出してくれるっていうのでしたら信用しますし崇めますよ」
そんな姿を見て更に疑えるほど俺はひねくれていないつもりだ。
信用する程度なら朝飯前よ。
「あ、なんかお祈り捧げたほうがいいですか?」
「君って奴は……、ふふ。うん、いいね。それじゃ外に出たら気が向いた時でいいからお祈りを捧げてくれ」
キョトンとした表情から、すぐに満面の笑顔を浮かべる。
彼が可愛い女の子だったら恋に落ちていたかもしれない。
「君は今地獄に落ちてるんだけどね」
心読むのやめてもらえます?
まぁ任せといてくださいよ。なんせ祈るだけならただですから。
「現金なやつだなぁ。さ、あっちを向いて」
「はい」
俺はカオスさんが指差す方向、神殿の出口を見つめる。
「それじゃ行くよー」
彼の言葉に合わせ、暗闇の中に黄金に輝く燐光が生まれる。
闇を照らす光が俺を包み込む。
「――これで――」
一瞬振り返った先で、カオスさんが何かを呟いていたようだったがその言葉は俺には届かなかった。
ぐにょり。
封印から戻ってきた俺の顔を、柔らかくも暖かい感触が包む。
「ん? これは?」
「なっ、なっ、なっ!?」
頭上からは狼狽する先程の少女と思わしき声。
ああ、これはさっきのでかメロンか。
カオス様、ありがとうございます、ありがとうございます。
早速のご利益に俺は拝みながら心の中で祈りを捧げる。
「揉むな!!」
「痛え!?」
拝んだつもりが揉んでいたらしい。
後頭部に衝撃が走り、思わずしゃがみこんだ。
「このクズ! カス! 変態! っていうか貴方一体何者なの!?」
……、まぁそうだよな。
主席様が補欠合格者なんて覚えてるわけがないか。
「いてて……、何者って何がよ……」
畜生、しかしこいつ中々やるじゃないか。
振り下ろしとはいえ密着していてこの威力。
きっと格闘系なのだろう。
「私の固有スキルを一瞬で破るなんて!」
固有スキル?
ああ、さっきの魔法のことか。
カオスさんに送り返してもらっただけだけど、さてなんて説明したものか。
痛みをこらえて立ち上がると、彼女は一歩離れて俺を睨みつけてきた。
「そう、言うつもりはないってことね?」
俺の逡巡を無言の回答と受け取ったのか、震える声で問いかけてくる。
そういうつもりではないんだけど、どう答えていいのかわからないんだよ。
「というか大丈夫か?」
目を吊り上げて睨みつけてくる彼女の脚は、その声と同じく子鹿のように震え、顔は真っ青だ。
色白な分だけ、余計にはっきりと分かる。
「はっ、決闘中に相手の心配? 随分と余裕なのね」
そういえば決闘中だったっけ。
なら、遠慮はいらない――ってできるかっ!
明らかに弱りきってる相手に追撃するとか無理でしょ!?
それがいくら性格の腐ってる暴力女だっとしても。
しかし決闘を中断しようにも彼女の戦意は衰えていないように見える。
(ハヤトよ、ハヤトよ……聞こえますか……)
困っていた俺の脳内に声が聞こえてくる。
これは……、まさかカオス様?
(今、貴方の頭の中に直接話しかけています……)
(は、はいっ!)
口にだすのは流石に怪しいので、とりあえず心の中で返事をしてみる。
しかしなんで掠れたような声なのだろうか。
封印を越えて声を届けているからか?
(雰囲気です……)
(あっ、はい)
おーけー、わかった。
お約束ってやつだな。
(今から私の言うとおりに行動するのです……。いいですね……)
(わかりました!)
さっくりと俺にアドバイスをして、カオス様の声はフェードアウトしていった。
「……、何をするつもり?」
俺が動こうとする気配を感じ取ったのか、彼女が身構える。
安心しろよ、その玉のような肌を傷つけたりはしないさ。
「ふっ、強がっているのも今のうちだ」
自分で言ってて寒いなこの台詞。
まぁいいや。
彼女の背後にさっと回り込み、俺は軽く膝を曲げる。
カックン
俺にとっては膝を曲げただけ、だが彼女にとってそれは決定的な一撃だった。
限界寸前だった彼女はその衝撃に耐えきれず、身体を倒していく。
「ふがっ!?」
俺にヘットバッドを決めながら。
「私の負けよ……」
「おぅ」
決闘から一時間後、彼女は悔しそうな顔で保健室のベッドに横たわっていた。
俺もすっかりヘトヘトだ。
なんで俺まで先生に怒られなければならないのか。
決闘を仕掛けてきたのも、魔法で校舎の一部を損壊させたのも彼女なんですが。
「私はジュリエット・ヴィ・サタニア。サタニア王国の第三王女として、覚悟はできているわ……」
そういって彼女は目を伏せる。
何でも言うことを聞く。
その言葉に二言はないようだ。
俺はゴクリとつばを飲み込み、タオルケットの掛けられた彼女の体を見る。
タオルケットの上からでもわかる巨大な双丘。
呼吸に合わせてゆっくりっと上下するそれを見ると、先程の感触を思い出してしまう。
「くっ……」
俺の視線を感じたのか、彼女は頬を赤く染め身を捩る。
しかし主席様は王女様だったらしい。
それもサタニア王国って魔界の五大国一つだったよな?
そんな国の王女様が目の前に……。
覚悟もできているということならば、遠慮なく言うことを聞いてもらおうか。
「なんでもいうことを聞くんだな?」
「ええ……」
でもその前に、先日の復讐ではないが少し嫌がらせをしてやろう。
くくく、不安に苛まれるがいい……!
「本当に?」
「いったい何度繰り返すのよ!? そういってるでしょ! 早く望みをいって!」
同じ質問を繰り返すこと五回、そろそろ王女がキレそうだ。
恥ずかしがる王女様は悪くないが、いい加減に意地悪も終わりにするかな。
ここ、保健室だし。
「それじゃ、俺の願いを言わせてもらおう」
「……」
目をつぶった彼女が小さく喉を鳴らす。
「俺は神無月 隼人。ジュリエットさん、俺とパーティーを組んでくれ」
しばらく待ってて言ったまま放置するか迷ったが、やっぱりこっちだよな。
「は?」
俺の言葉に目を見開き、ぽかんとした顔を浮かべて見つめてくるが、流石に手を出したりしないぞ。
だってほら、王女を手篭めにするとか奴隷にするとかしたら国際問題になっちゃうでしょ。
いくら同意の上とはいえ、ねぇ?
冒険者として成功すれば金も名誉も思いのまま。
当然女もだ。
なのにこんなのに手を出してつまづきたくはない。
彼女をパーティーメンバーに入れればサタニア王国からの支援とかあるだろうし。
それに固有スキル持ちな上に彼女自身の戦闘力も高いようだしね。
さらには主席ってくらいだから頭もいいのだろう。
封印の範囲制御がヘボすぎるところをみると魔族のくせに魔法はダメなようだが、その膂力は先程の後頭部への一撃が証明している。
密着しているにもかかわらずあれだけの威力が出せる格闘家なら十分な戦力だろう。
「これからよろしく、相棒」
全力でこき使ってやる。
俺は黒い思いを笑顔で隠し、手を差し出した。
「……、いいわ。貴方のパートナーになってあげる」
彼女はベッドに横たわったまま戸惑ったようにその手を取り、そして花が咲いたように笑った。
……、なんでだろう、心が少し痛むんですが。
「あと、私のことは特別にジュリって呼んでいいわよ。あ、仲間だからね! パーティーメンバーだから特別に許可するんだからね!? 勘違いするんじゃないわよ!」
「おぅ、わーってるよ。俺のことは好きに呼んでくれ」
真っ赤になるくらいなら言わなきゃいいのに。
勘違いも何も、身分が違いすぎるしな。
ま、俺はのんびり彼女に寄生させてもらいますよ。
「す、好き……」
「ん? なんかいったか?」
「何も言ってない! こっち見ないでよ、いやらしい!」
いいじゃないか、減るもんじゃないし。
それに今はそんな目で見てないっての。
「私はあんたのこと、ハ、ハヤトって呼ぶわ!」
それだけ言うと彼女はタオルケットを被ってしまった。
引きずられてスカートが捲れているのは言わないほうがいいんだろうな。