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第十八話 ドナドナ

「ふー、やっと終わったわね」

「だな。お疲れ様」

「ほんとつかれたの」


 今日も評価Bでのクエスト終了だ。


 斡旋所から出てくれば時刻は三時前。

 途中から三人でやった割には遅くなったが、今回はそれ以外にも収穫がある。


 先輩のおかげで採集できるようになった野生化した薬草だ。

 三人で採集したおかげでかなりの量になっている。

 これを持ち帰り抽出、薬液にすれば三万円程度になるらしい。


「クエストが出てればクエストポイントがつくこともあるの」

「でも今日は出てなかったわね」

「いつも出てるわけじゃないの。昨日私が納品したから次の発注は来週になるの」


 なるほどなぁ。

 でもいいことを聞いた。

 ただの爆弾と思ってたけど、先輩が加入したのは悪くなかったかもしれない。

 ……、借金は増えたけどさ。


「でもまぁ、収入源が増えるのはいいことだ」

「そう、ね。これだけ頑張っても一人二百五十円なんだもんね……」


 返済分が天引き後の報酬を財布に入れながらジュリはため息を吐く。


 借金は報酬から天引きされる。

 その率なんと驚きの九割である。

 辛うじてその日の米代くらいにはなるが、本当にカツカツだ。


「その点、薬液を売れば一人千円くらいは残るからな」

「私に感謝するがいいの」


 そう言って先輩はフフンと自慢気に笑う。


「え? なんなの? なんで手を伸ば――ぎゃああああ! な、何するの! やめるの!」


 はっ、ちょうどいい高さに頭があったせいでついアイアンクローをしてしまった。


「すみません、つい」

「『つい』で人の頭割ろうとするななの!」


 大げさな。

 ただちょっとやりすぎな気もしたのでごめんなさいと憤慨する先輩の頭を軽く撫でておく。


「先輩に対する敬意が足りないの……」


 借金のことがなかったら崇めるレベルだったけどな。

 今の先輩にはこの程度で十分だろう。


 頭を痛そうに擦る先輩に別れを告げ、俺たちは寮へと――。


「なんでついてきてるんですか?」

「え?」

「なの?」


 ジュリの疑問に後ろを向けば、そこには青い髪の頭の少女。

 大八車の上に乗った霜月先輩の姿があった。


 テントの方向は逆じゃないだろうか?

 こっちに何か用でもあるのかな。


 というか重くなるから乗るなよ。


「二人とも薬液抽出、どうするつもりなの?」


 薬草を座布団代わりに座ったまま、先輩がこてりと首を傾げる。

 パーティーに加入した時のやり取りがなければ、うっかり騙されてしまいそうな可愛気な仕草だ。


 だが俺にはもう通用しない。

 どうせそれも狙ってやってんだろ? わかってて引っかかる馬鹿はいないぞ。


 一体何が狙いなのやら。


「え? そりゃ寮に帰って鍋使ってやるつもりでしたけど」


 薬液抽出は教科書とにらめっこしながらになるが、それは仕方がないだろう。


「はぁ、わかってないの」


 呆れたように首を左右に振る先輩いわく、薬液抽出にはコツがあるらしい。

 教科書通りに作ってもE評価がせいぜいなんだとか。


「それに普通の鍋で抽出するのはとてもに難しいの。専用の道具が必要だし、F評価なんてなったら一円にもならないの。骨折り損のくたびれ儲けなの」

「なるほど……」


 それで先輩がついてきてくれるということらしい。


 なるほどな、それは助かる。

 だけど先輩は手ぶらにしか見えないんだけど。


「でも道具とかどうするんです? 今からテントに取りに戻りますか?」

「ふふふ……、驚くがいいの!」


 そう言って先輩は空中からお玉を取り出した。

 なるほど、亜空間に一式格納してるのか。


「収納スキルなの! 私の初期スキルなの!」


 先輩は、どうだ凄いだろうと言わんばかりにお玉を振り回す。


 その姿を俺は生暖かく見守っていた。


「どうしたの? 驚きすぎて声も出ないの?」

「えっと……」


 不安気に視線を泳がせる先輩へ、ジュリが申し訳なさそうな声を上げる。

 いいよ、その役目は俺がするから……。


「先輩……」

「なんなの? もうアイアンクローはさせないの」


 手にもったお玉を頭に持ってきてガードのポーズを取るが、そうじゃないんだよ。

 嬉しそうにしているところ申し訳ないんだけどさ。


「収納、ダブりっす」

「……、なの? ダブりなのー!?」


 悲鳴をあげる先輩をなだめるのはかなり大変だった。

 ジュリが。



「私の役目が、また一つ無くなったの……」


 登り始めた坂道で、大八車に乗った先輩は俯き呟く。


 学生の収納スキル持ちは珍しい。

 ただ、収納スキル持ちは一パーティーに一人いれば十分なんだよね。


 長期でダンジョンに潜る時や、リスクが高いダンジョンにアタックする時は二人体制を取ることもあるが基本は一人だ。


 先輩の妙な自信はそのスキルによるものだったようだけど、それが意味をなさなくなったと知って肩を落としていた。


 大八車に乗せられて肩を落とす姿はまるでこれから売られていく少女に見える。

 だからドナドナ歌うのやめてくれるかな?


「ま、まぁ、ほら先輩はステータスも私たちより高いんでしょう?」


 それを見てジュリが慌ててフォローを入れる。

 こいつも苦労人というか、こういう気遣いは地味に出来るんだよなぁ。


「っ! そうだったの! それに二等級なの!」


 前のパーティーでは一度だけダンジョンの攻略を成功させていたらしい。

 それでコアの欠片を神へと捧げて等級を上げたのだとか。


 それにしても急に元気になったな。

 まぁ陰鬱な空気ばらまかれるよりかは全然マシだけど。


「ステータスは全部Fランクだけど、それでも一等級のDくらいには相当するの! 調合のスキルだって取ってるの!」

「おー、それは凄い」


 一等級のDってことは、先生のアドバイス通りBになってから昇級したのか。

 これからの伸びを考えるとかなり期待できそうだ。


 なるほどな、だから薬液抽出も感覚がわかり、いいものが出来る――ちょっと待て。


「今調合スキル取ってるっていいました?」

「ちっ、耳ざといやつなの……」


 バツの悪そうな声を上げて舌打ちをされたが、舌打ちしたいのはこっちだよ。


 調合スキル、それ自体は別に悪いものじゃない。

 神官だって、等級が上がっていけば取る人だっているのは知っている。

 だが、最初に取るスキルでは絶対にないはずだ。


「なんで回復系スキル取らなかったんですか……」


 回復系スキルがあれば詠唱無しで味方の回復ができる。

 その即応性の高さが神官の魅力だろうが。


「そんなの教える筋合いはないの」


 こ、こいつ……。


 これから一緒にクエストこなしてくんだぞ?

 ある程度お互いのことを知っていないと困るだろうが。


「ちょ、ハヤト落ち着いて! もう取っちゃったものは仕方ないんだし、調合だってこれから役に立つんだからいいじゃない、ね?」

「……、まぁそうだけどさぁ」

「そうなの、感謝こそすれ、責められるいわれはないの」


 ねぇ、こいつ捨ててきていいかな?

 ほら丁度そこ、ガードレール切れてて下が崖になってるし。


 それか今大八車の手を離せばそのままサヨナラ出来ると思うんだ。


「ま、待つの! 早まっちゃだめなの! 今手を離したら薬草まで失うの!」

「ちっ……」


 言われてみればその通りだが、なんか納得行かない。


「あはは……」


 ジュリも苦笑いせずに言ってやってくれよ。

 

 というか、いつまで乗ってるつもりだ。

 いい加減本気で降りてくれ、この坂道結構キツイんだからな?


 大八車の横に立って押してくれてるジュリを見習えよ。


「そ、そうなの! 私と一緒ならダンジョンにだって入れるの!」


 焦る先輩が口走った一言。

 俺たちはそれについ反応してしまう。


「え、ほんとに!?」

「マジで? ってジュリ手を放すな!? ぐえあっ!?」

「なのっ!?」


 だが時既に遅く、大八車は重力に引かれ坂道を逆走し始める。


 そして俺は大八車の手押し部分に押され、ひっくり返り地面へと後頭部を強打してしまった。


「痛てて……」

「ハヤト! 大丈――」

「なのおおおおおおおお!?!?!?」


 ジュリが俺に駆け寄って心配そうに声を掛けるが、その声は先輩の絶叫でかき消される。

 見れば俺の手から離れた大八車が坂道を下っていくところだった。


「あ……」

「っ! ジュ、ジュリ、追うぞ!祝福開放(ステータス・オープン)!」

「う、うん!祝福開放(ステータス・オープン)!」


 ステータスの力を開放し、全力で駆け出すが追いつけない。

 俺たちをあざ笑うかのように大八車は絶妙なバランスを取りつつ坂道を駆け下りていく。


「なんでっ! 引っかからないのっ!?」

「たぶん先輩が前の方に乗ってるから重心が取れちゃってるんだ!」


 前か後ろか、どちらかにでも重心が偏っていれば荷台の前後が地面にあたり速度が落ちるだろうに。

 どういうわけか曲がりでも壁やガードフェンスにぶつかることもなく、綺麗なコーナリングを決めて大八車は猛スピードで坂道を下っていく。


「なんでだよ!?」


 常識的に考えてあの速度で曲がりきれるはずが――車輪が溝に引っかかってる!?


 はは、大八車で溝落としとか出来るんだね。

 俺知らなかったよ。


「ね、ねぇ、これもしかして一番下まで無事に降りれるんじゃ……」


 ジュリの見つめる先にはギャリギャリと音を立ててコーナリングを決める大八車。


 うん、俺もそんな気がしてきた。

 でも一応追いかけない訳にはいかないだろう。


 神がかったドラテクで大八車が最適な軌道を描いていく。

 もはやこれは一つの芸術と呼べるのではないだろうか。


 俺たちは今、歴史の舞台にいるのかもしれない。

 それほどまでに素晴らしい軌跡だった。


 しかし、油断したのがまずかった。


「まずい!!」


 次のコーナーはS字のヘアピンだ。

 いくら大八車でもあの速度では曲がりきれるはずがない。


「で、でも、大八車なら、大八車なら曲がってくれるはず!!」


 ジュリ落ち着け、流石にそれはない……よね?

 うん、ありえないはずだ、ありえないと思う、まぁちょっとは覚悟しとく。


「な゛っのおおぅおおおぅおおお!!」

「ダメか!?」


 小石に乗り上げたのか、大八車はS路に入る直前に大きく跳ね上がり内側へと弧を描く。

 そこはちょうどガードフェンスの切れ目だった。

 吸い込まれるように大八車は切れ目にそのノーズを突っ込み――


「飛んだっ!?」

「そんなバカな!?」


 ――コーナーをショートカットして何事もなかったかのように走り始める。


 はは、はははっ……。

 なんなんだよあれ、化物かよ。

 あんなのに、どうやって追いつけっていうんだ……。


 脱力しながら俺たちは先輩を乗せた大八車を追いかける。


 いつか追いついてやる。

 その思い込めて俺は地面を蹴飛ばすのだった。


――Fin

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