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第十七話 増える仲間と

「ちょっとハヤト!?」

「黙ってろ、このまま見捨てるつもりか?」


 ジュリがたしなめるように俺を突くが黙らせる。

 わかってるよ、騙すような真似はって話だろ?

 ちゃんと説明するって。


「いい、の……?」

「ああ。ただ――」

「入るの!」

「――借金が」


 だが説明する前に霜月先輩は素早く立ち上がり、パーティーへの加入を宣言してしまった。


「……」


 ジュリ、そんな目で見るなよ。

 今のは俺が悪かったわけじゃないだろ?

 ちゃんと説明しようとしてたってば。


「あ、あの、霜月先輩……」

「もう入ったの。今更抜けろって言ってもお断りなの」


 ジュリが肩をすくめながら口を開こうとするが、先輩はしたり顔で絶対にパーティーを抜けないと言い張る。


 パーティーは一度入ると双方の合意がない限り抜けることが出来ない。

 なので基本的には追放とかは出来ないのだが……。


「こんなに大変になるとは思ってもなかったの……、毎日寒さに凍えて過ごすのはもう嫌なの……」


 今年の冬はよほど寒かったのか、先輩は遠い目をしながら雪はつらかったのと呟く。


 そこまで必死になるくらいなら最初のパーティーを抜けなければいいのにと思わないでもないが、先輩はこんなことになるとは思っていなかったらしい。

 パーティーを抜けてからはまともなクエストも出来ず、やがて資金も尽き、寮を追い出されてしまったと。


 一年生や二年生の手の届くようなクエストでは神官が要るようなものは少ないもんな。

 そうすると新たにパーティーに加入するのも難しいだろう。


「今更空きのあるパーティーなんて無いの……」

「あー、そういう」


 そうか、一年の間にある程度パーティーは完成されてしまう。

 社会に出ればまた変わるんだろうけど、一度組み立てたパーティーに即した戦い方を変えるのは手間だ。

 たった三年間の学生生活の間で、その手間を惜しく感じるのは仕方がないのかもしれない。


「で、でもこのパーティー、借金があるんですよ……?」


 もう手遅れなのにジュリが申し訳なさそうに借金の存在を口にした。

 しかし先輩は動じることもなくニヤリと笑う。


 たった一年とはいえ、俺たちより多くの経験を積んだ先輩の自信の有りそうな笑顔。

 これは頼りになりそうだ。


「いくらくらいなの?」

「えっと、七桁後半です……」


 ジュリはいいづらそうに告げる。


 なんせ額が額だ。

 学生が背負う金額にしてはかなり重いものとなる。


「具体的にはどれくらいなの?」


 しかし随分遠慮なしに踏み込んでくるな。


 もう自分のパーティーなんだから当たり前といえば当たり前だけど。

 冒険者として慣れているとやはりこれくらいは普通なのかもしれない。


 そう考えるとこの物怖じのしなささは心強いな。


「その、七百五十万円くらいです……」

「そのくらいなら構わないの。これからよろしくなの」


 先輩はその小さな胸を張って自信満々に問題ないと言って慈悲を湛えた瞳で俺たちへ柔らかな笑みを向けてくれている。


 その小柄で愛くるしい身体にどれだけの慈愛が詰まっているのか。


「天使か」


 その精神の気高さに思わず言葉が溢れる。


「そんなに褒められても困るの。もっと褒めるの」

「霜月先輩マジ天使っす! よっ! このロリ月! 天上天下唯我独尊っ!」

「それ褒めてるの? っていうかロリ月ってなんなの! むしろバカにしてるの!」


 しまった、つい本音が。

 でもまぁなんかちょろそうだし適当におだてればいいか。


「いやー、霜月先輩の可憐な美しさをどう表現すればいいのか、この駄犬めには難しくてっ!」

「そなの? まぁわかればいいの」


 そう言って霜月先輩はドヤ顔を浮かべる。


 凄いな、全日本ドヤ顔大賞とかあったらぶっちぎりで一位取れるぞ。

 ここまでイラっとするドヤ顔なんてきっと彼女にしか出来ない。

 やーかれんかれん。


 ジュリがイラッとした表情を浮かべたが、でもまぁ落ち着けよ。

 だって普通考えられないことだぞ。


 罵詈雑言ぶつけられるのが当たり前の内容なのに。

 さすがは神官様って感じだよ。


「それとこれからは借金八桁になるの」

「は?」


 え? 八桁? 何が?

 え、おい、嘘だろ? 冗談だよな?


 幻聴かと思ってジュリを見たが、俺と同じ表情を浮かべている。

 信じられない、そういった驚愕の表情だ。


「千二百万円、頑張って返済するの」


 霜月先輩も、借金を抱えていたらしい。

 それも四百五十万円もの。


「ふ、ふざけんな!?」

「もうパーティーには加入したの。手遅れなの」


 冗談じゃないと叫ぶが、先輩は荒んだ眼差しで俺たちをカモでも見るように笑っている。


「あんた悪魔か!?」


 思わず口をついて出た言葉にジュリも賛同するように首を縦に振る。


「このゲス! クズ! 腐れ外道!」


 しかし先輩はどこ吹く風。

 ドチビロリのちんちくりんの癖に動揺した様子は見られない。

 俺たち新入生も、一年もすればこんなふうに心が擦れるというのだろうか?


「騙される方が悪いの。冒険者の基本なの」


 たしかにその通りではある。

 だけど、施しを与えた奴にそんなこと言われると腹が立って仕方がない。


「ましてやハヤト君が私を誘ったの。騙してすら無いの。それに私は一度確認したの」


 これ以上の誠意を求めるのは無理があるの。

 そう言って先輩は嘲るように笑った。


「そ、それは……」


 ぐうの音も出ないとはこのことか。

 先輩の言っていることは間違ってはいない。


「情報収集を怠ったのは自分なの」


 冒険者の行動の責任は、全てその本人に返ってくる。

 冒険者の基本中の基本だ。


 だから冒険者は情報収集を疎かにしない。

 事前に少しでも多くの情報を集め、違和感があれば無理はしない。

 冒険者は、決して『冒険』をしないものなのだ。


 にもかかわらず、俺は先輩をパーティーに誘った。

 誘ってしまった。


 こんなところで不自然に草を食べていた先輩を。

 ただ先輩が可哀想だからという理由で。

 パーティーを追放された理由も深く考えず。


「ハヤト……」

「ごめん、ジュリ……」


 袖を引くジュリには謝るしか無い。

 これで彼女の夢がまた一つ遠ざかってしまったのだから。


「ううん、私がコレにおにぎりあげようって言い出さなければ……」

「それには俺も同意したから」

「さ、そうと決まれば草抜きの続きをやるの。クエスト手伝ってやるの」


 そういって先輩はステータスを開放してしゃがむと雑草に手をかける。

 ものすごくうざい、うざいがもうパーティーのメンバーにコレはなってしまっている。

 諦める他無い……。


「ついでに薬草も採集すれば一石二鳥なの」

「……はぁ? 薬草ですか?」


 こんなところに野生の薬草が生えていることなんてあるのだろうか。

 雑草大好物な外道ロリのいうことなんて信用出来ないんですけど。


 俺が疑問を浮かべていると、先輩は立ち上がり一束の草を俺たちへと突きつけてくる。


「ほら、ジンジャー草なの」


 中心に白い線のあるスラッとした細長い葉っぱ。

 その草からは少し良い香りがしている。


「はぁ、これが薬草なんですか?」

「他の草と何が違うのかしら……」


 受け取ってまじまじと見てみるが、俺の目には他の雑草との区別がつかない。

 でも言われてみれば他の雑草より何となく力強い気がしないでもない。


「……、二人とも勉強不足なの。これはポーションの風味付けに使うものなの」


 風味だけでなく、ポーションの効果を少しだけ高める効果があるそうだ。


「周りをよく見るの。向こうは薬草畑になってるの」


 校舎と森の間にはポーションなどに使うための薬草畑が広がっている。

 その種子が畑以外のところにも飛んでおり、野生化しているものがあるらしい。


「ああ、それを食べてたんですか」

「そういうことになるの」


 もちろん、野生化しているせいで効力は下がっておりそのままでは役に立たない。

 でも普通に食べる分には生食もいけるし、茹でたりしても美味しいらしい。


「あとは成分を抽出して濃縮するとそれなりの値段で売れるの」


 コツはあるが、慣れるとそこまで難しくはないそうだ。

 その代り、一部の抽出液は劇薬に近いので取扱に注意は必要らしい。


「万が一こぼしたら周囲の薬草が全て使い物にならなくなるの……」


 種類によっては非常に高額となる薬草。

 それをダメにしてしまうと五百万円程度の損害が出てしまうこともあるそうだ。


「ハヤト君たちも十分気をつけるの。施設の使用料ケチって外でやると大変なことになるの」

「ああ、はい……」


 うん、経験者の話はためになるな。

 それで先輩は借金を背負ってしまったのか。

 なるほどなぁ……。


「そんなに落ち込むななの。きっとどうにかなるの。明日は明日の風が吹くの」


 そう言って遠くを見つめる彼女の視線の先。

 そこにはなぜかわからないが荒廃した地面が広がっていた。


 なるほど、あれがその結果か。

 変なところに運動場作ってるなとは思ってたけど、あれは先輩がやらかした残骸だったようだ。


 さっきは頼りになって心強い先輩だと思ったけど、もはや俺にはただの爆弾にしか見えなくなっていた。

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