第十四話 スキル
「それじゃ今日の授業はここまで。解散」
最後の案内を一般寮にしてくれたのは先生の気遣いだろう。
ほとんどの生徒はそのまますぐに自室に戻れるからな。
「んじゃ神無月、ちょっと寄っていけよ。コーヒーくらい出すぜ」
インスタントだけどな。
北島はそう言って笑う。
「んじゃお言葉に甘えて」
「ちょっと散らかってるけど許してな」
三日ぶりの一般寮。
コンクリートで作られた安心感のある床。
幽霊なんていそうにない清浄な空気。
そして鍵のかかる扉。
いつか、絶対戻ってくると約束した場所だ。
そこで俺は久しぶりに文明の利器と戯れることが出来た。
サイハテ寮じゃ遊びといえばオセロや将棋くらいしかないからなぁ。
「そう、いえば。一般寮は棟の左右で、男女別れてるんだよな」
「ん? サイハテ寮は、違うのか? あ! ずりぃ!」
「早い者勝ちだってのっ。あー……、いや、別れてるわ」
廊下挟んでで左右にだけど。
その上部屋に鍵はかけられないし風呂トイレ共同だけどな。
「まぁ、冒険者やろうってやつが男だ女だ気にしても仕方ないだろ」
低層ダンジョンならともかく、高難易度ダンジョンの深層へアタックするってなったら泊まり込みだ。
その時に男だ女だなんて言っていられない。
そういったものに慣れさせるためにも冒険者学校では基本的に男女の区別はしていなかった。
「ま、流石に風呂とトイレは別だけどな」
「そだな……」
うん、サイハテ寮はとても実戦に即した環境だね。
これで冒険者になっても安心だ。
畜生!
「あー、あと一回やったら帰るわ」
時計を見ればもう二時を回っていた。
後ろ髪引かれるけどそろそろ引き上げないと時間が無くなってしまう。
「なんだよつれないな」
そうは言ってもな。
帰るまで片道一時間だし、それに図書館で本借りたりしたいんだよ。
「悪いな、また今度頼むわ」
「しかたねーなぁ、いつでも来いよ」
北島に見送られ、俺は寮を後にした。
北島の部屋でゲームを少しだけ楽しんだ俺は、その日の夕方自室でカオスさんに祈りを捧げていた。
「カオス様カオス様、その節はありがとうございました」
ちゃぶ台の上には森で取れたらしい果物が並んでいる。
ちなみにこの果物は花子さんが収穫してきてくれたものだ。
それからカオスさんご所望の本も何冊か。
祈りの上げ方なんて知らないから適当だけど、何もやらないよりマシだろう。
(んがっ……、あ、ごめん寝てた)
(すみません、お休み中のところ)
あー、タイミング悪かったな。
でも向こうの状況なんてわからないし仕方がないか。
それにしても、考えてみれば封印の先は千分の1の速度で時間が過ぎているんだよな。
なのによく会話が成立するものだ。
(そりゃ私が千分の一の早さで喋ってるからだよ)
(ものすごくゆっくりと喋ってるってことですか?)
その姿を想像して思わず笑いそうになる。
不敬になるから気合で耐えたけど。
(そうそう、最初はしんどかったけど練習する時間は幸いにしてたっぷりとあったからね)
そういえば遥か昔から封印されてるんだったっけか。
体感時間で更に千倍と。
それだけ練習すれば大概のことはできるようになるだろうな。
(それで私に祈りを捧げてたみたいだけど、どうかしたかな?)
(あ、はい、いろいろお世話になったみたいなんで)
そう言って俺はちゃぶ台の上の果物と本を意識する。
「え?」
俺が意識したと同時にちゃぶ台の周りに黒い粒子が巻き起こり、供物ごと消え去った。
「……」
えっと、果物と本はともかくちゃぶ台は困るんですけど……。
それは供物じゃなくてですね。
(ああ、わかってるよ。ちょっと借りさせてくれ。本もちゃんと返すって。……、果物は食べて良いんだよね?)
(あ、はい、もちろんです)
ちゃぶ台があった方が本が読みやすい。
そういうことらしい。
しかしちゃぶ台に向かって本を片手に果物食べてるカオスさんか。
想像すると中々にシュールな光景だな。
(しかし、これは嬉しいものだね)
(大したものじゃないですけど。それに俺は本を図書館から借りてきただけで何もしていないので)
(いやいや、ありがたいよ。なんせここはなにもないからねぇ)
(喜んでもらえたみたいで幸いです)
声しか聞こえないが、そのトーンは高揚を感じさせれる。
そっか、食べ物とかもないんだもんな。
食べなくても死なないとはいえ、それだと寂しいだろう。
(ふむふむ、あ、ちょっと接続切るよ――よし。ありがとう、読み終わったよ)
またそのうち何か借りてきてくれ。
そういってカオスさんは機嫌良く笑い声を上げた。
彼の言葉と同時に俺の手元へ本が現れる。
しかし読むの早いな。
ああ、時間千倍なんだっけか。
(さて、満足させてもらったことだし。君の要件に応えるとしよう。ただ供物を捧げただけじゃないんだろ?)
よくおわかりで、さすが神様。
(ふふん、崇めていいよ? ってもうしてるか)
(ですね)
自慢気に言った後に面白そうな笑い声が上がり、つられて俺も笑ってしまう。
先生は神には触れるなといっていたが、やはりカオスさんは良い神様だ。
(あの、決闘の時のことなんですが。あれってなんだったんです?)
(ん? 普通スキルの使い方なんかは自分で把握するもので神に聞くのはダメなんじゃないの?)
さっき渡した本で得た知識かな?
というか、あれってスキルの効果だったのか。
いや待て、俺のスキルは『次元収納』と『無限接続』で力を増すようなものではないはずだ。
(うん? 『無限接続』で力増せるでしょ?)
(へ?)
カオスさんいわく、通信系のスキルは会話などのためにも使えるが本来の目的は違うらしい。
存在を繋げて、力を融通し合うことが出来るのだとか。
他にも、空間同士を接続したりとやろうと思えばかなり無茶が出来るらしい。
そんなこと初めて知ったんですが。
というか、それって人間に教えていい情報だったのか?
余計なことを知ってしまった気がして不安になってくる。
(それって、俺は自分のステータス以上の祝福を宿せるってことですか?)
(まぁそうなるね?)
何を当たり前なことをといった様子でカオスさんは言うが、これってかなりとんでもないことだよな?
だって神様の力を、人の身で勝手に使う事ができるんだぞ?
でもそれで理解できた。
神の力を身に宿した、その反動があの全身を焦がす様な痛みとその後のけだるさだったのか。
(うーん、本当はダメなのかもしれないけど、私は他の神から特に何も言われてないしねぇ)
(そりゃずっと封印されてるわけですし)
言われてないんだから別にいいんじゃない?
そういうニュアンスでカオスさんは笑ってくる。
その笑い声の中にはちょっとだけ拗ねたような音もあり……。
長いこと誰も来ないことに少し怒っているのかもしれないな。
(いやでも、勝手にカオスさんの力使うって不敬なんじゃ?)
(私をさん付けで呼んでおいて何をいまさら)
呆れたようなカオスさんの声に血が下る。
そうだよ、いくら封印されてるって言ってもこの方は神様。
さん付けとかありえない。
フレンドリーな感じだったので調子に乗ってしまっていたみたいだ。
(し、失礼しました! カオス様!)
(いやまって、冗談だからね今の!)
二人して謝りあうこと数分。
(ま、まぁお詫びといってはなんだけど、私の力を使うことを許すよ。これで勝手に使うって話じゃなくなるでしょ?)
(で、でも……)
(こまけえことは良いんだよ! だっけ? 細かいこと気にしてると早死しちゃうよ?)
そうだけども、冒険者はある程度気にしとかないと罠に引っかかって死にかねないんですよ。
(どうしても心苦しいっていうなら、これからも時々本とかを捧げてくれると嬉しいね)
(……、わかりました)
あまりにもささやかな対価だけど、これ以上食い下がるのも問題だろう。
俺は渋々その提案を受け入れることにした。
でもこのスキル、使い勝手かなり悪いな。
その力は絶大だけど、使ったら身動き取れなくなるんじゃなぁ。
いや、普通に通信用としても使えるから悪くないか。
(それじゃ。頑張りなさい、人の子よ……)
カオスさんの声はゆっくりとフェードアウトしていった。
カオスさん、こういう演出好きだよね。
「そういえば、祈りの捧げ方ってあれでよかったのかな」
(うん、なんでも構わないよ)
その後、ふと気になって呟いた言葉に即反応があった。
空気読もうよ!




