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第十二話 膝枕

 誰かに頭を撫でられてる。


 まとまり始めた意識の中で、最初に思ったのはそれだった。


 暖かく、柔らかい感触を後頭部に感じる。


「ん。起きた?」

「あ、ああ……」


 声は聞こえど顔は見えず。

 いや、片目の端に少し見えているけども。


「寝てた」

「うん、知ってる」


 どれくらいの時間眠っていたのだろうか。

 眠気は覚めたが、全身のだるさはあまり変わっていない。


 身体を起こすどころか身じろぎするのも億劫だ。

 悪いがしばらくジュリの膝を借りさせてもらおう。


「しばらくこのままでいいか?」

「うん、いいよ」



「あの……」

「んー?」


 しばらく黙って俺の頭を撫でていたジュリが口を開く。


「ありがとね」

「……、仲間、だからな」


 それ以上でも、それ以下でもない。

 俺は、冒険者として仲間の名誉を守った。

 それだけだ。


「仲間……、うん、うん……、そっか……、そうだよね……」


 目をつぶり、『うん、うん』と繰り返すジュリ。


「私、初めてなの……」

「?」


 何が初めてなんだろうか。

 膝枕か?


「仲間だって言ってくれて。口だけじゃなくて、私を本気で守ろうとしてくれた人って」


 ジュリはそのままぽつりぽつりと語りだす。


 優秀な姉と不出来な妹。

 今まで、必要とされたことなんて一度もなかった。


「小さい頃はね、固有スキル持ってるからってちやほやされてたみたいなんだけどね」


 成長するに連れ、姉と妹の実力差が明らかになり。

 物心つく頃には誰にも期待されず、誰にも見てもらえず。

 そんな環境でずっと生きてきたと。


 もちろん腐っても王女。

 言い寄ってくる者がいなかったわけじゃない。


 だけど、彼らはシャルロットに目をつけられるとすぐに離れていったそうだ。


「だから、パーティーに入ってくれって言われたとき、本当に嬉しかった」

「そ、そっか……」

「借金に巻き込んじゃっても、あんなボロっちいところに住むことになっても、それでもハヤトは私のこと、仲間だって……」

「ああ、うん……」


 だって借金ある状態で他にパーティー組める相手いないし。

 サイハテ寮はたしかにボロだけど、個人的には結構気に入ってたりする。


「それに、私のために、お姉ちゃんに決闘まで仕掛けてくれて……」


 ああ、うん、ちょっとしたすれ違いからの決闘だったけどな。

 割と本気で後悔したぞ。


「ハヤトは、王女だからとかじゃなくて。私を必要としてくれてたって、わかったんだ……」


 ……。

 やべぇぇぇ、気まずいなんてものじゃないぞ!?

 いや、あの、その、ごめんなさい!


 俺も王女だからジュリを仲間に誘ったんだよ。

 お前じゃなくて欲しかったのは王女の権力というか、資産とかだったの!


「退学させられるかもしれなかったのに……」


 まって、やめて。

 俺の精神力はもうゼロよ!?


「本当にありがとう」


 俺の願いは届かず、ジュリの純粋な言葉が更に俺の良心をえぐる。

 これは俺の行いへの罰ってやつなのだろうか。


 だとしたら順当、ではあるけど痛いものは痛い。


「うがぁ……」

「え? だ、大丈夫? さっきの決闘でケガとかしたの?」

「いや……大丈夫……、決闘場には魔法かかってるからケガはしてないよ……」


 服はあちらこちら傷だらけだが、ケガはしていない。

 強いて言うならジュリの言葉の暴力が俺の精神を滅多打ちにしてるといったところです、はい。


「そ、そう? そういえば服、ボロボロだね……。後で貸してね。繕っとくから」

「あ、うん、頼む」


 新しく制服を買い替えるだけのお金もないし、気まずいが頼む他ない。

 勝ってもこれとか、割が合わないと言うつもりはないけど少しモヤモヤしてしまう。


「あ、あとね」

「おぅ……」


 え、まだなにかあるの?

 本気と書いてマジと読むくらい勘弁して欲しい。


 もうね、ジュリと合わせる顔がないんだよ。

 今は障害物(おっぱい)が視線遮ってくれてるからなんとか耐えれてるけどさ。


「格好よかったよ。戦ってる姿」

「……、必死だったからよくわからないな」


 ……あの決闘、必死で戦ったのは嘘じゃない。

 全力で、死力を尽くした。


 それでも届かなくて……、そういえばカオスさんが介入してたっぽいんだよな。

 あとでお礼言っとかないと。


 正直悔しい思いはあるけど、あの時介入してくれてなかったらシャルロットに言葉を取り消させられなかった。

 それに俺も退学になってただろう。


 その報酬としてはささやかなものだけど、今少しだけこのままでいさせてくれ。

 マジで身体しんどいんだよ。


 本当のことは、いつか話すから。



「あ……」

「んー?」


 一時間位経っただろうか。


 太陽がやや傾き掛けたところでふいにジュリが口を開く。


「どした?」


 気分良く船を漕いでいたところだったけど、流石にジュリも疲れてきたかな。

 まだ身体はかなりだるいが、そうもいってられないか。


「えっと、その」

「?」


 ジュリが口ごもっている間に俺へと影が差す。

 その影の主は――。


「王女に膝枕させるなんて良い御身分ね?」

「シャルロット……」


 真新しい制服に身を包んだジュリの姉が俺を覗き込んでいた。

 恐怖である。


 いや、堂々とすべきか。

 別にやましいことなんて何も――無いわけじゃないどころか山積みだけど、それでも俺は決闘の勝者だからな。


「呼び捨てを許したつもりはないのだけど?」

「それは失礼しました、第二王女殿下?」

「嫌味ですか」


 どうしろと。


 そういえば取り巻きがいないな。

 彼らに聞かれたくないことでも言いに来たのだろうか。


「はぁ、いいでしょう。私は敗者で、貴方は勝者です。特別に許して差し上げますわ」


 ああ、一応そこは考えてるのね。

 なら嫌味の一つくらいは言ってもバチは当たるまい。


「上からのお言葉ありがとうございます」

「はぁ、それは貴方が寝転がっているからでしょう?」


 そうでしたね。

 物理的に上から目線になるのは仕方がない。

 流石に王女様に這いつくばれなんて言うつもりもないし。


 というか、そういう意味で言ったんじゃないんですがね。


「そうかい。んでシャルは上着でも返しに来たのか?」

「……、ちゃんとクリーニングしてから返します」

「そこまで気を使わなくてもいいのに」

「私が気になるのです!」


 呼び捨てどころか名前を略してみたがコメカミをピクつかせ、青筋を立てながらもキレたりはしない。

 笑顔がヒクついてるどころか歯ぎしりが聞こえてきそうだけど、いきなり魔法打ち込んできたジュリとは随分と違う。

 っと、そういえば一つ気になってたことがあったんだよな。


「んじゃその勝者として一つ教えてほしいことが有るんだけど」

「真面目なことでしたら答えてもかまいませんわ」


 そう冷たい目をするなよ、余計にからかいたくなるじゃないか。

 まぁもう時間もないし早く終わらせるかな。


「魔法を使わなかったのはなんでだ? 得意なんだろ?」


 俺にだってプライドってものがある。

 もし手を抜かれてたりしていたのなら、それはそれで腹立たしい。


「……私の初期スキルは先読みの魔眼です」

「魔眼? もしかして瞳が輝いてたのがそれか?」

「ええ。ほんの少し未来が見える能力ですわ」

「それでこっちの攻撃が読まれていたのか……」


 死角からの攻撃も防いでいたのはそういうからくりだったのか。


「魔法を使おうとしたら詠唱を潰された挙げ句に後手に回る未来が見えていたのです」

「ほぉ……」


 手を抜かれていたわけじゃなかった。

 それどころか、最初からスキル全開で全力で決闘の場に上がっていたようだ。


「それよりもいつまでそうしているつもりですか!」


 はぁ、今起きようとしたのに。

 そう言われると起きる気が無くなってくるじゃないか。


「でもハヤト、そろそろ帰らないと遅くなっちゃうよ?」

「……そういえばそうだな」


 帰りはまたあの山道だし、このボロボロの体で登るのかと思うと憂鬱になってくる。

 そうは言っても帰らなければならないことは変わらない。


 言うことを聞かない身体にムチを打ってなんとか起き上がる。

 後頭部の温もりが少しさみしい。


「……ジュリの言葉は素直に聞くのですね」

「そりゃ仲間と他人じゃ言葉の重さが違うだろ」


 いくら同じ顔で同じ身体しててもジュリとシャルは全く違うからな。

 ましてや、シャルとは先程決闘で雌雄を決した仲ですし。

 他人よりもどちらかと言えば敵に近い気がする。


「えへへ……」


 仲間という言葉に反応してジュリは頬に手を当てて嬉しそうに腰をくねらせる。

 その姿に俺は再び良心の呵責(かしゃく)にさいなまれるのだった。


「全く、だらしのない顔を……」


 王女としての自覚が足りないと呟きながらシャルは眉をひそませる。

 それから何か妙案を思いついたような顔を浮かべ、口を開いた。


「そうですわ。ハヤト、でしたかしら? 貴方、私の従者になりませんこと?」


 何を言っているんですかねこの王女様は。

 やはり血は争えないと言うか、ジュリと同じくポンコツなところがあるみたいだな。


「へ!? だ、ダメ! ハヤトは私のなんだから!」

「うごががががっ!?」


 俺がなんと返そうかと迷ってる間にジュリが慌てて俺にサバ折りを決めてくる。

 うん、感触は素晴らしいんだろうけど、激痛でそれどころじゃない。


 全身ボロボロなところに魔族特有の膂力でベアハッグとか俺を殺す気か。

 シャル、まさかそれを狙って!?


「ちょっ、離せ! 痛い!」

「あっ、ごめん! つい!」


 『つい』で殺されるところだった。

 またやられてはかなわないと俺はシャルから一歩距離を取る。


 いや、悲しそうな目で見ないでくれる?


「ジュリ、貴女……。はぁ、仕方ないですわね。認めて差し上げますわ」


 そもそも供回りも連れずにここに来たのはそれを言いに来たのです。

 そう言いながらシャルは呆れたように首を横に振った。


「へ?」

「ただし、卒業までは節度をもった付き合いをするように」


 ああ、うん、そういえばシャルには訂正してなかったな。

 その前に帰っちゃったし。

 なら早いところ訂正しないと。


「いや、俺とジュリはそういうんじゃないですよ?」

「……、ジュリを弄んでいると? いい度胸ですわ、もう一度決闘をしましょうか。今度は貴方の首をかけて」


 いや、もうホント勘弁してください。

 限界なんっすよ。


 誤解を解くのに時間がかかり、太陽は地平線の彼方に沈むのだった。

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