第十話 シャーロック
「ほぅ、君も中々にステータスが高いですね」
「しかし、スキルが二つも発現?」
「両方とも時空系ですか。随分珍しい神から祝福されたのですね」
先生たちは俺のステータスカードを見ながら不思議そうな顔をする。
よかった、一瞬俺が消えたことには気がついていないようだ。
室内は暗いし、先生たちが俺に注意を払ってなかったのもあるだろう。
この時ばかりは補欠合格に感謝だな。
「祭神もないのにこれはかなりレアケースですね。本省に報告を――イエ不要デスネ。控エヲ取ルホドデモ無イデショウ。行ッテイイデスヨ」
「え? あ、はい。ありがとうございました」
俺は神事室の扉を閉めると、ほっと一息ついた。
全く、どうなることかと思ったよ。
「よう、遅かったな?」
「北島、待っててくれたのか」
扉を閉めると少し心配そうな顔をしたイケメン、もとい北島がすぐそばに立っていた。
すぐに出てくると思って待ってくれていたようだ。
それが少し時間かかったので心配に思ってくれていたらしい。
さすがイケメン、精神までイケメンか。
「まぁな。それでどうだったよ?」
当然気になるよな。
このあとの決闘は、俺のステータスが悲惨なことになっていたら一方的にボコられる展開になる。
でも大丈夫だ、悲惨じゃないどころか結構良いステータスを付与されている。
「面白そうなやつがボコられた挙げ句に退学になるってのは俺としても避けたいところなんだよ」
教室に向かって歩きながらなので表情は見えない。
しかし冗談っぽく言ってくるが、その言葉の中に真剣さを感じさせられる。
「退学……」
そうか、俺は要望を突きつけたが、相手からは何も言われていない。
言うなれば白紙の手形を渡したようなものだ。
そしてあの憎悪に燃える瞳……、入学初日でもう二回目の退学の危機ですわ。
そう思うと後悔が頭をもたげてくる。
なんであの時飛び出してしまったのか。
「まぁステータスはこんな感じだ」
「どれどれ。おー、凄いじゃん。……、え、まじ? スキル二つ発現したのか?」
俺のステータスカードを受け取ると北島はサラッと目を通す。
ステータス的には良いものだが、目が飛び出ると言うほどじゃない。
全ステータスD以上の化物と比べたら極めて普通。
クラスで一位二位を争うかな程度のものだ。
「ああ、両方とも時空系だよ」
「神無月の実家って祭神なかったんじゃないのか?」
そこなんだよな、誤魔化しようのない不自然さ。
祭神があって、特に気に入らえていれば初期スキル二つっていうのもあり得るんだけど。
ただ先生たちがあまり騒いでいなかったことを思えば稀にあることなのかもしれない。
「まぁ、こういうこともあるのかもな。先生たちは特に何も言っていなかったし」
「えー、いいなぁ。羨ましい」
「おーい、流石にそれは不敬じゃないか?」
「誰も聞いていないんだし良いだろ?」
うん、まぁそうかも知れないんだけどさ。
カオスさんとか前触れなく話しかけてくるからなぁ。
どこに耳があるかわからないとおもうんだけど。
「それに北島だって初期スキル発現してただろ?」
「あー、それな。聞いてくれよ」
彼のスキルは『完治』。
どんな傷だろうが病だろうが治してくれるスキルらしい。
「え、それめちゃくちゃすごくないか?」
現代医療では治せない不治の病ですら治せるわけで。
それを知ったら世界中から病人が殺到しそうだ。
「ただし一日に一度しか発動できないし、自分のパーティーメンバーのみって制限付き」
「あー、それだと少し使い勝手が悪いか」
パーティーメンバーに加入できるのは冒険者か冒険者学校の生徒だけだしな。
病人が無理に入学しようとしても神から却下されて入学できないだろう。
そのあたりも考えてスキルが付与されたのかな。
「その点、神無月のはいいよなー」
「でも戦闘には無力だからなぁ」
便利なスキルではあるが、今欲しいのはこれじゃない。
ダンジョンも学内冒険者ランクがCに上がるまでは入れないみたいだし。
「ままならねぇなぁ」
「そうだな」
そういって肩をすくめる北島と俺はのんびり教室へと戻った。
きっともうすぐ昼休みを知らせるのチャイムが鳴る。
教室内を見渡すとジュリは相変わらず女子に囲まれていた。
「女は女の付き合いがあるんだからほっとけよ。それよりこっちはこっちで、な?」
「そういうもんかね」
早いところ話をしたいが、北島のいうことも一理ある。
それにリア充様の言葉だからな。
「まぁ、今日の夜にでもゆっくり話をするさ」
「電話だとこじれるぞ?」
はは、君は何を言っているのかね。
サイハテ寮にはそんな文明の利器はないぞ?
携帯電話は電波入らないし、有線回線も繋がっていない。
繋がってても部屋は目の前だし意味がないけど。
「もちろん直接会って話すよ」
「それがいい」
「みんな揃ったかな? ロングホームルームするから黒板の通りに座ってくれ」
先生の言葉に皆、黒板に書かれた自分の席へと移動する。
席は名前順らしく、俺の後ろには北島が座った。
「――注意事項は今の通りだ。いきなり校舎を破壊した馬鹿者もいるようだが、気をつけるように」
そんな馬鹿いるのか、まったく学生としての自覚が足りないんじゃないか?
……、俺たちのことなんだけどな。
「明石、今日の日直はお前だ、号令を頼む」
「はい、起立、気をつけ、礼」
『ありがとうございました』の合唱とともに今日の授業は終了する。
さてと、今日の昼飯は学食だ。
無料ランチセット、どんなのが出るか楽しみだなぁ。
「あ……」
北島と教室を出る際、ジュリがなにか言いたそうにこちらを見ていた気がしたが、すぐに他の女子に視線を遮られてしまった。
「おい、早く行かないと席なくなるぞ」
「あ、わりぃ、すぐ行く」
一瞬戻ろうかと思ったが、北島に促され俺は食堂へと向かうことにした。
「しょぼいな……」
「まぁタダだから文句は言えないだろ」
思ったより空いていた食堂の一番奥のテーブルで、俺はメザシをつつく。
北島はおかずがしょぼいと文句は言いつつも、そこそこ美味しいって評価だった。
しかし俺はそうでもない、むしろ不味いように感じる。
いや、タダだから仕方ないけどさ。
おかずはともかく、ご飯が特に不味いんだよなぁ。
ベチャッとしてるしお焦げもないし。
「米は寮飯とあんまし変わらないと思うぞ」
「そうだっけ?」
「そうだっけってお前、寮飯食ってないの?」
不思議そうに言われるが、サイハテ寮にそんなものはないんですよ。
舎監さんの代わりに幽霊がいるくらいだし。
「サイハテ寮にはそんなもんないから」
「え? サイハテ寮ってあのサイハテ寮?」
ぎょっとした顔をされるが、住んで見ればそこまで悪くなかったけどな。
春ってこともあって寒さもそうでもないし。
住めば都っていうのはこういうことを差すのかもしれない。
「『あの』が何かわかんないけど、電気ガス水道が通ってなくて学校まで山道で片道一時間のところにある寮だな」
「まじかよ。飯とかどうしてるんだ? 電気もガスも無いんじゃ飯作れないだろ? 買いに行くにしたって遠いし」
「囲炉裏とカマドがあるから」
「江戸時代かよ」
そこまで古くないわ。
せいぜい昭和一桁とかそんなレベルのはずだ。
「それにしても、そんな設備で料理できるって凄いな」
「ほんとな。そこは尊敬するわ」
「ん? 自分で作ってるんじゃないのか?」
「……」
迂闊だった。
箸を咥えたまま、俺は冷や汗を流す。
王女様に飯を作ってもらってるって言ったらどうなる?
想像がつかない。
「おーい? 神無月? どした?」
「んんっ、ごめん、ちょっとメザシの小骨が喉に……」
「おいおい大丈夫か?」
よし、いいぞ、このまま誤魔化そう。
北島、お前はいいやつだ。
だからこそ、こんな単純な手に引っかかってくれる。
感謝するぜ。
「北島、俺のパーティーに入らないか?」
「それで小骨取るためにスキルつかえってか? 勘弁してくれ」
苦笑いを浮かべて北島は両手を上げる。
「ま、そりゃそうだよな」
借金は七桁、今のメンバーは二人共補欠入学。
友情云々でどうにかなる問題じゃない。
ましてや今日あったばかりじゃな。
「馬に蹴られて死にたくないからな」
「は?」
ニヤリと笑う北島に、俺は動揺を隠せなかった。
「飯、ジュリエットちゃんが作ってるんだろ?」
なぜバレたし。
思い返すが、さっきの失言以外に追える情報はなかったはず。
ブラフか?
だとしたらまんまとハマったことになるが、北島の自信ありそうな顔はそうではないと物語っている。
「そりゃ分かるだろ。夜話をするってさっき言ってたろ?」
「そうだけど……」
それと飯がどうしてつながるのか。
意味がわからないぞ。
「で、だ。電気の通ってないサイハテ寮にお前は住んでて」
「……」
「学校まで山道を片道一時間だ」
「あー、わかった。お前の言うとおりだ」
迂闊だった。
たしかに同じ寮に住んでいないとそうはならない。
そして俺は料理をしておらずとなれば消去法でジュリが作ったことになってしまう。
「北島、お前探偵の才能あるよ」
本気で凄いと思う。
まさかそんな細かいところに気がつくなんて。
「シャーロック北島とでも呼んでくれ」
「なんだよ、その売れない芸人みたいな名前」
笑い合いながら最後の一口を飲み込んだ。
しかしリア充は凄いな。
これがリア充力ってやつなのだろうか。
「でも俺とジュリ、そういう関係じゃないから」
「へいへい、わかってますよ」
絶対わかってないだろこいつ。
くそ、これだからリア充は……。




