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第一話 出会い

「はぁ、ついてないな」


 指を切ってしまった俺は、ぼやきながら校舎の廊下を保健室へと歩いていた。


「明後日は入学式だっていうのに」


 少し浮かれすぎたのかもしれない。

 まさか自分の剣で切ってしまうなんて間抜けすぎる。


「あった、ここか」


 保健室には始めて来たが、これからは何度もお世話になるだろう。

 なんせここは冒険者学校で、そして俺は前衛志望なのだから。


「失礼します」


 開かれた扉、その向こうには彫刻と見間違うような美しい少女がいた。

 純白の肌に流れる金色の髪の毛。

 こちらをにらみつける十字に割れた瞳は金色に輝き、思わず見とれそうになり――。


「すみません、間違えました」


 俺は焦りを気取られないように、平然とした表情を顔に張り付けたまま背を向け扉を締める。


 ふぅ、いいものを見た。

 これも俺の日頃の行いがいいからだろう。

 ありがとう神様。

 でもクマのアプリケットはちょっと子供っぽい気がするんだよな。


 っと、そんな場合じゃなかったな。

 早くここから立ち去らないと。


 ガシャン!


 すぐ後ろで扉が勢いよく開く音が聞こえる。

 そっと振り向けば、顔を真赤にして震える少女の姿。

 紺を基調としたブレザーに赤いリボンが可愛らしい。


 うん、いいね。

 先程の光景と合わせて心の中の永久保存フォルダに格納だ。


「み、見たわね?」

「いいえ、何も見てませんよ?」


 もちろん嘘だが、こう答えるのが礼儀というものだろう。


 ん?

 よくみればこの子、一昨日教材受け取りの時に会った奴か?


――それは二日前。教材受け取りの日だった。


 人であふれる体育館の中、俺は一人の少女にぶつかった。

 俺も注意が足りていなかったが、それはお互い様だと思う。


「えっと、ダンジョン学の教科書はこっちか?」

「きゃっ」

「おっとごめん」


 少女の声に合わせて何かが落ちる音。

 見れば教材が散乱していた。


「ああっ、姫様っ!? 貴方! 一体どこみてるのよ!」

「姫様! 大丈夫ですか!?」

「えっと、ごめん」


 少女の取り巻きらしき男女が俺を責めるが、俺だけが悪いわけじゃないだろうに。

 そう思いつつも教科書を拾い集める。

 しかし彼女もその取り巻きもお礼を言うこともなく、教科書を拾うこともなく黙って俺を見ていた。


「貴方、新入生?」

「そうだけど?」


 なんなんだよこいつら。

 いいところのお嬢様みたいだけど、態度悪いな。


「ふぅん? 新入生一覧には居なかったと思うけど」


 姫様と呼ばれていた少女が手にもった扇子を口元に当て、俺を立ったまま見下ろしてくる。

 彼女の取り巻きの少女たちも、特に何も言わないが訝しそうな表情を浮かべていた。


「ああ……。それは俺が補欠合格だからだと思う」


 直前になって入学辞退者が発生、それで急遽俺が繰り上げ合格になっていた。

 でもまぁ、補欠だろうが合格は合格だ。

 俺の努力が実ったことにはかわりない。


「はぁ? 補欠?」

「ちょっと貴方! 姫様の教科書にさわらないでくれる!?」

「え?」


 そういうがはやいが、彼女の取り巻きに俺が集めていた教材を奪い取られた。


「何するんだよ!?」


 そんなふうに奪い取らなくても普通に渡すっていうのに。

 だが、彼女たちは俺から一歩距離を取ると鼻で笑う。


「いい? 姫様は主席、主席様なの。補欠が声かけてくるんじゃないわよ。姫様、行きましょう」

「――えぇ、そうね」


 こんなのの近くに居たら無能が伝染る。

 そう吐き捨てて、固まる俺に背を向けて雑踏に消えていったのだった――。



 思い出した。自分が主席だからって補欠合格の俺を散々バカにしてくれたクソ女じゃないか。

 そう思うとふつふつと怒りが湧いてくる。

 俺は俺なりに勉強し、剣術を習い、努力してたっていうのに。


 は、ははっ。

 主席様はクマさんパンツがお好みですか。

 笑っちゃうね。

 口元が緩くなるのを必死で抑えながら続ける。


「――でもクマ柄はちょっと子供っぽすぎると思うんだ」

「っっっ! あ、貴方に決闘を申し込むわ」


 そして飛んでくる白い物体。

 パンツか!

 と思わずキャッチしてしまったが残念ながら違った。


「手袋?」

「負けた方は何でも一つ言うことを聞くこと。――私が勝ったら貴方はすぐに退学して! 発現(セット)虚空牢獄」


 そういって怒りに燃える彼女は、俺の返事も聞かずに魔法らしきものを発動させる。


「あ、貴女何をやっているの!?」


 保健室の先生の静止の声は時既に遅く。

 彼女の胸元から広がった闇が俺へと襲いかかり――目の前が真っ暗になった。



 暗闇の中、石の柱が円形に立ち並ぶ荘厳な建物、神殿と呼ぶのがふさわしい場所の片隅に俺は立っていた。

 うっすらと青紫色に輝く石畳が、神秘さを感じさせる。

 周囲に散乱する校舎の残骸がなければ完璧だったのに。


「ここは?」

「やあ少年、こんなところに何用かな?」


 そして神殿の中心には一人の男性が座り、微笑みながらこちらを見つめている。

 特に敵対するような雰囲気もないので俺は彼に近づくと愚痴をこぼす。


「用というか、女の子を怒らせたら魔法打ち込まれただけですよ」


 詠唱とかなかったからたぶんスキルだろうけど。

 それにしても主席様は固有スキルをお持ちですか。

 あまりの差にがっくり来る。


「……、君は一体何をしたんだ?」


 訝しげにこちらを見つめる彼いわく、ここは禁呪と呼ばれる非常に強力な封印の中だそうだ。

 どうやら俺は周囲ごとこの封印内に飛ばされたらしい。


「大したことじゃないんですけどね」


 俺は先程のトラブルを軽く説明する。


 考えてみればちょっと裸見ただけじゃん。

 別に減るもんじゃないしいいじゃないか。

 それなのに禁呪打ち込んでくるとか、あの女頭おかしいんじゃないの。


 録画してるとかならわからないでもないけどさ。

 心の中の永久保存フォルダを思い出しながら俺は頭をかく。


「なるほど。それで?」

「おっぱいは大きかったですね」


 残念ながらメロンちゃんは下着に包まれていて苺は見えなかった。

 それだけが心残りだ。


「ふぅん? でも君はその子のこと嫌ってるんじゃなかったっけ?」

「まぁ散々バカにしてくれましたけど、考えてみればおっぱいに貴賤はないので」

「きせんっ! くっくくくく……、ぶははははは!」


 何が面白いのか、彼は腹を抱えて笑い始める。

 そのまま数分、彼は笑い続けるのだった。


「いやー、笑った笑った。こんなに笑ったのは二千年ぶりくらいじゃないかな?」

「はぁ、それはよかったですね?」


 今もコヒューコヒューと息を荒くしながら膝を叩く彼と、少し距離を取りながら周囲を見渡す。

 先ほどと変わらずどこまでも続くような闇が周囲を覆っている寂しい世界だ。


 禁呪クラスの封印の中なんだよな、ここ。

 冷静になって考えれば、かなりまずいことになっているような……。


「さて、気がついたみたいだけど君はかなりのピンチだよ?」

「みたいですね……」


 この人(?)は少なくとも二千年以上はここに封印されているわけで。


 え、いやだよ?

 こんなおっさんと二千年もここで二人っきりとか。

 その前に寿命で死ぬだろうけど。


「はは、安心したまえ。ここは外の世界と時間の進み方が違うんだ」


 ここでの一時間は、外の世界の一秒にも満たないらしい。

 肉体の変化は外の世界基準らしく、餓死さえしなければ俺は寿命まで、体感時間で百万年近くをここで過ごすことになるようだ。


「いや、それ全然安心できないんですけど」


 何その罰ゲーム。

 俺の夢はどうなるんだ?

 たかが下着姿を見ただけなのにペナルティーがこれとかありえない。


「いや、外から救助が来るか」


 保健室の先生だって見てたわけで、それならすぐに助けが来るはずだ。

 なら、そこまで慌てる必要もないな。


「やれやれ、君はずいぶんと変わっているね」

「まー、騒いでどうにかなる問題でもないですし」


 ステータスもスキルもまだ付与されていないし、家で奉ってる神もないから当然魔法も使えない。

 ただの一般人の俺に出来ることなんてなにもないんだよね。


 もっとも、祝福を授かってたとしても初期状態じゃたかが知れてるけど。


「ふむ、今の外の世界のことはよくわからないが。禁呪に封印された君を助け出すのにどれくらいの時間がかかるんだい?」

「そうですねぇ。禁呪とか雲の上過ぎてよくわからないんですけど、レスキュー隊が来るまで通報から平均十分程度って聞いたことがありますかね」

「なるほど、そうすると君は」


 ――半年くらいここにいるってことだね?

 その事実を突きつけられ、俺は蒼白となるのだった。



「はっ……」


 意識が一瞬ブラックアウトしていた。

 一体どれだけ時間が経ったのか……。


「大丈夫だよ、一秒にも満たない時間しか経っていないさ」

「でしたね……。どうにか早く出る方法はないのでしょうか」


 流石にここに半年もいるのは辛い。

 明後日は入学式、俺の冒険者人生が素晴らしい門出を迎えるはずだったのに。

 どうしてこうなった。


「ふむ、まぁ君程度の存在なら私が外に送り出してあげれなくもないよ?」


 口元に手を当て俯き悩む素振りをした彼は、顔をあげると俺へ希望を提示してきた。

 その希望は闇の中に差し込んだ一筋の光、蜘蛛の糸だ。

 俺はわらをも掴む思い出それにすがりつく。


「本当ですか!!」


 捨てる神あれば拾う神あり。

 俺は神様ありがとうと心の中で叫び、彼のもとへと向い――


「――っ!?」


 ――その途中で足を止めることになった。


 神殿の中心、彼の足元の石畳は色が違っていて。

 半透明のその床の下には、多数の異形の姿があったのだ。


「はは、大丈夫だよ。彼らは封印されていて身動きがとれないからね」

「あ、貴方は一体……」


 何となく予想はつくけど聞くのが様式美だろう。

 きっと彼も期待していたはず。

 それを裏切ることなんて俺には出来ない。


「私かい? 私の名はね」


――カオス、かつてすべての神の元になった存在だよ。


 彼は凄惨な微笑みを俺に向けるのだった。

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