二頁目
後日。
お昼休みも後半に差し掛かり、前半は用を済ませていた雛子が教室へ戻ると、いつもの3人が集まっていた。
「どうしたの?」
雛子が3人に声をかけると、その1人である茉由は見たことないほど顔を青ざめて肩を縮めていた。
「雛子は今からお昼?」
「ええ。……茉由さん、何かあったの?」
茜に聞くと、彼女は少し申し訳なさそうに茉由の方を見て雛子に状況を説明した。
「実は……茉由、旧校舎の図書館にある本を来週までに取ってこいって、図書委員で頼まれたらしいんだ」
雛子は内心、そんな事で……とは思ったものの、最近の噂や茉由の性格から考えて、彼女にしたら一大事であると思い直した。
「お……お昼休みよ、そうよ!お昼休みに取りに行くのがいいんじゃなくて?」
雛子は茉由を元気付けようと慌てて提案するが、彼女はふるふると小さく首を横に振った。
「旧校舎の図書館、お昼休みは鍵を持ってる図書委員が本館の図書室の当番をしてるからって……放課後の時間にしか開けられないの……」
成程、つまり茉由は来週図書委員の当番が回ってきて鍵を持つことになるため、来週までに……ということか。
「他の人に取ったきてもらうっていうのは?」
「そ、そうしたいけど……でも、先生に頼まれたのは私だし、怖い思いをするのは私だけじゃないし……」
妙なところで責任感が強く、他人思いだ。しかし、それが茉由のいいところでもある。
「……じゃあ、私そういうの大好きだしぃ、それに追い払い方知ってるし、ついていってあげるよぅ!」
璃花子が手を挙げて言い出した。それを聞いた途端、茉由の顔が少し明るくなった。
「本当?璃花子ちゃんがついてきてくれるなら、安心かも……!」
「でしょー!」
あたしも、と茜が言った。
「実は、ちょっと噂には興味あったんだよね……それに、璃花子だけじゃ心配っていうか……」
「何それ〜酷い!」
3人は当日如何に怪異を避けるか、遭遇してしまった場合の対処法を話し始め、雛子は頭を抱えた。
「……ねえ、私も行くわ」
雛子からの意外なその一言に3人は固まった。が、茜がその一瞬の沈黙をすぐに破る。
「1番行かないって言いそうだったのに……」
「ま、まあね……少し興味が湧いたってところかしら」
「本当にぃ、雛子ちゃん⁉︎何なら、他の噂も……」
「『華錦の怪』だけよ!」
「ほ、他にも何かあるのっ⁉︎」
収拾がつかなくなってきたため、雛子は当日の方針についての話題に切り替える。
もし、犯人が存在するとして、それが人間であるとしたら1週間後に控える中間考査までに動くはずだ。しかし、それは『華錦の怪』が単なる話題作りや犯人が注目を受けたいという理由に限るが。
先日会った浮世離れしたあの2人にもそのことは伝えた。しかし白髪の少年は他の理由があることを予測した。
*
「……他の理由?あんなベタな騒ぎに、犯人の人間が注目を浴びたい以外に何か理由があると言うの?」
雛子は冷たく言い放つが、少年はそれに物怖じせず頷く。
「うん。例えば……もっと簡単に、あの木造校舎に何か用があるとか」
「用?」
「そうだなあ……物を探してる、とか?」
少年の言葉に、雛子は頭が固まった。
なぜ?犯人はそんな注目を浴びるような形で探し物をしているのか?
「犯人は何か理由があってその時間帯だけその場所に立ち入ることが不可能である……とか」
その時、雷が落ちたような衝撃を受けた。
雛子自身が他の理由を考えることができず、新たな考えに驚嘆したからではない。なぜかその少年の考えに惹かれるものがあったからだ。
それなら、話は別だ。
自分にはその理由の理由が知る権利がある。
「俄然興味が湧いてきた……って顔だね」
少年の悪魔の囁きとも捉えられる一言に雛子は微笑んだ。それに少年も嬉しそうに笑う。
少年の背後に控える青年に一瞬目を向けるが、青年がフードを被っているため、こちらに顔を向けていないため表情も読み取る事はできなかった。
もう一度少年を見直すと彼はまた微笑んだ。
「僕は神永深雪。君は?」
*
先日のことを思い出しながら、なぜあの悪魔の囁きに応えてしまったのかと少しだけ後悔していた。
「ーーじゃあ、そういうことで!」
璃花子が言った途端、午後の始業を知らせるチャイムが鳴った。何も聞いていなかった雛子は正気に戻り、話を聞いていなかったことの彼女らへの申し訳なさと、少し自分に呆れた。
まあいいわ。来週、来週よ。来週には何もかもが解決する。
そう信じて、雛子は午後の授業の準備をした。