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アヤカシ異聞アウトサヰダァ  作者: あわじ
華錦ノ怪
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一頁目


夕暮れ時の学校は異質だ。

人気の無くなった校舎、誰もいない校庭。赤く染まる教室はまるで血のようだと、誰かが言う。

夜へ近づくにつれてその建物は人間の所有物では無くなるような、異界へと入口になりそうな雰囲気があるとも、誰かが言った。


「ねえ、聞いた?“また”ですって……」


誰かが眉をひそめて囁いた。聞いた誰かは、怯えるように肩を震わせて頷きながら囁いた。


「怖いわ、これは何かの呪いなのかしら……」

「何かのメッセージかもしれないわ」

「いつまで続くのかしら」

「やっぱりこの学校、歴史も古いから何かいるんじゃなくて?」


1週間前から学校中は()()()()で溢れ返っている。


私立華錦(はなにしき)女学院高校。某県緋寒市にある名門女子高校である。歴史は古く明治時代から続いている。その生徒の約半分は各界の令嬢や何か突出した特技を持つ才女である。

……にも関わらず、不穏な噂で学校中は持ちきりだった。


1週間前から噂される怪現象、通称『華錦の怪』。面白がって誰かが付けた名前である。

その概要は、明治時代に建てられた旧校舎で起きる怪現象というもの。

華錦の旧校舎は、新しく建てられた3つの校舎とは違い、渡り廊下で繋がっておらず、新校舎と隣接はしているものの孤立している。唯一の木造建築であるが現在も応接室を始め、使われているし日当たりも良く昼間は噂の立つような雰囲気は決してない。夕暮れ時に夕日が差しすぎて血塗れのようだと、誰かは言うが。


夕暮れ時に真っ赤に染まった旧校舎へ1人で行くと、正気を失った生徒Aがフラフラと歩きながらわらべ歌を歌っている、生徒Aは遭遇してしまった生徒Bへ歩く速度を速めながら近づき、首を絞めるなどBを排除しようとする。逃げようとしてもすぐに追いつかれてしまい、Bへその手が伸びた所で記憶は無くなり、生徒ABが次に目を覚ました時は自室のベッドの上だという。そこで奇怪なのは、生徒Aの旧校舎での記憶は無くなっているということだ。今までの記憶は正気を失ったAを見た生徒Bのものである。しかし、そのBもまた、Aの顔は覚えていないという。


1年生の雨宮雛子は、大きな溜息を吐いた。


(全く非科学的だわ。挙句の果てには一部の臆病な敬信的な先生まで信じちゃって。非科学的で、ありふれた良くある話)


魔女裁判然り、戦時中然り。『噂こそが真実である』という人間の思い込みによって引き起こされた集団心理に他ならない。偶々旧校舎を歩いていた友人の生徒Aを見た生徒Bが幽霊か何かと勘違いし逃げたところを、Aが走るBへ声をかけようとして追いかけた……なんて、よくあるオチである。


くだらない、と雛子がもう一度溜息を吐くと、1人の女生徒が近づいた。

彼女は猿投 茉由(さなげ まゆ)。雛子のクラスメイトであり、所謂『いつメン』というやつである。茉由は耳ぐらいの高さで結ったツインテールを揺らし、極度の心配性で臆病な彼女は今にも泣き出しそうな顔をしている。おそらく噂を聞いてきたのだろう。


「雛子ちゃん、旧校舎のあれ、また出たって聞いた……?どうしよう、私……!もう怖くて……」


その大きな瞳を潤ませ、溜めた涙は今にも溢れ出しそうだ。

雛子は慌てて、休み時間であるため空いていた隣の席へ彼女を誘い座らせた。


「大丈夫よ、茉由さん……前も言ったじゃない、あれは集団心理が働いてるって」

「でも、もうこれで8例目なんでしょ?私図書委員だから旧校舎の図書館に行かなきゃいけない時もあるから、次は自分じゃないかって心配で……!」


肩を震わせてすすり泣く茉由の背中をさすっていると、ショートカットで長身が特徴の一見顔の整った少年のような生徒が、肩までの長さの髪を外ハネにした今時スタイルの生徒と共に近づいてきた。彼女らも、雛子のいつメンである。


「またまゆちゃん泣いてるのか?現実主義の雛子に泣かされたのか〜?」

「ちょっと茜さん!人聞きの悪いこと言わないで頂戴!どうせ噂の事話したのなんて璃花子さんしかいないんだから……」


茜と呼ばれた長身の生徒は茉由の頭を撫でる。茉由は落ち着いたようで、自分のハンカチで涙を拭いた。


「だってぇ……まゆゆが知りたいって言ったからぁ」


間延びした口調で話す、外ハネの髪が特徴の璃花子は髪を弄りながら言い訳をした。噂好きもオカルト好きも大概だ、と雛子はまた溜息を吐く。


「それにしても、もう2週間目に近づくってのに同じような話してよく飽きないなあ。もうすぐ中間考査だろ?」


今は5月初旬。時期的に中間考査約2週間前である。


「テスト終わったら、もう出てこなくなってるといいな……」

「わからないよぅ?怪談は時と場所なんて選ばないからっ」


璃花子に言われて茉由はまた目を潤ませる。その間を茜がもつ。

いつもの光景。日常が変わらずあることに雛子は内心安堵していた。


大丈夫、大丈夫。


そう心の中で自分に言い聞かせた。



その日、雛子は放課後に用があって少し遅めに学校に残っていた。新校舎の本館3階にある図書館へ足を運んだ後、担任に頼まれていた仕事が終わった事を知らせに同じ棟の1階にある職員室へと向かう。その途中で何人かの生徒とすれ違う。彼女らもまた『華錦の怪』に恐れを抱いて足早に帰ろうとしているようだ。雛子はその生徒達の様子を目で追うが、やめた。

しかし興味本位で雛子は今現在いる場所からも窓越しに見える旧校舎へ目を向けた。中庭を挟んだ向かいに旧校舎はある。日も傾き、そろそろ例の時間である。現在の時刻は午後6時前。華錦の文化部の一部は旧校舎で部活動が行われているが文化部は午後6時までの活動で、更に騒動のおかげで現在は新校舎の空き教室などを使って行われている。


旧校舎をこの時間に使う者はいない。


(くだらないわ)


雛子は用を済ませ、自分の荷物が全てあることを職員室で確認した後、学生玄関へと向かった。


「あの、」


()()に出会ったのは、正門を抜ける直前だった。

正門前に立つその2人はどこか現実離れをしていて、まるで対称的であった。


まず、左側に立つ人物。白い髪は夕日に染まってオレンジに輝いていて一見すると老人の様だが、青い大きな瞳も、その顔も身なりも雛子とそう年も変わらない少年のものであった。見たことはない制服だが、どこかの高校生のようだ。薄縹色のブレザーにクリーム色のセーター、白いシャツの下には黒いニットをインナーに着ており、黒いスラックスはアイロンがしっかりかかっていて清潔感がある。焦げ茶色のローファーにも汚れ1つ付いておらず磨かれているようだ。この季節には少々暑く感じるほど重ね着をしている点が気にはなるが。

もう1人は、黒ずくめの長身の男で、上着のフードを被っているので顔は分からなかった。コートは春物なのか薄い生地のようで、白髪の少年よりは季節感がある。ただ見るからに1、2サイズ間違えているようで彼の体にはあまり合っていないように見える。特別気になったのは少し掠れたような跡のある黒のラグソールブーツと、黒い革のカバーがかけられた細長い形状のものを背負っているということか。剣道でもやっているのだろうか。


「あの、君に尋ねたいことがあって。この学校について」


白髪の少年が先程のように雛子に声をかけてきた。その声は明快で、澄んだ心を声からも窺えるようだ。


しかし、この浮世離れした2人の事など知る由もなく、『知らない人にはついていかない』としっかり教えられているため、雛子は会釈をして立ち去ろうとした。


「……学校の事でしたら、貴方がたの目の前にある建物が校舎の本館ですので、そちらにある職員室をお尋ねくださいませ」


「あ、えっと……違うんだ。『華錦の怪』のことについて!」


背後から聞こえたその単語に雛子は足を止めた。

まさか、学校外の人にまで噂が巡っているとは想定外だった。


「君に、話を聞きたいんだ」


振り返ると白髪の少年はにこりと笑顔を見せた。


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