野良猫は、家族になれますか 06
私は、圭と結婚した。
役場に、婚姻届けを提出してしまった!
本当は、婚姻届だけもらって、実家に戻ろうと思っていたのに、役場の若い子に、すぐ、気づかれて、キャーキャー騒がれたから、町長さんと助役さんが、歓迎とばかりに、保証人になってくれる話になっちゃって。口下手な圭も私も、結局、断れなかった。
―ホントは、婚姻届は、ネットでダウンロードできるんだって。知らなかった-!―
だんだん、町中に噂が広まって、家に帰るころには、大騒ぎ。キツネにつままれたようにしていた、父さん、母さん、お兄ちゃんも、怒ることを忘れて、お祝いに訪れてくる町の人との対応に追われていた。
圭は、何時ものように、ニコニコしているだけ。それでも、町の人たちは、わかったような顔をして、大声でお祝いを言って、持ってきた食材でバーベキューを始めた。
まったく、あきれるしかない。
でも、うれしい。
飲めや歌えって、これのこと?
圭は、ソーラン節なんか謳わされて、
「おめえ、歌手か?」
と、疑られる始末だ。
それでも、頭をかいて、ニコニコしているだけの圭に、みんな爆笑だ。てんやわんやの突然の結婚披露宴のようになって、楽しい時間が過ぎた。
そして、町の人も三々五々、帰って行って、最後は、へとへとになっても片づけをしている、両親と兄夫婦だけとなった。圭は、怖い顔をしたままの兄に、こき使われて片づけをしている。
私は、姉の隣で食器を洗っていた。
「良かったねえ。美穂。」
「うん。」
「これで、あなたの寂しい顔を見ないで済むんだね。」
「うん。」
「お父さんとお母さんの悲しい顔も、あの人の不安な顔も、見なくて済むんだね。」
そう言って、姉が泣いている。
「うん。」
じんわりと姉のやさしさが伝わってきて、私も泣いてしまった。
ふーっと、息を吐きながら、父さんと母さんが、ダイニングチェアに座った。
「お父さん、何か飲みますか?」
姉が聞いた。
「そうだな。
取り合えず、あいつらを呼んで来てくれ。
後は、明日にしよう。」
姉が兄たちを呼びに行った後、私は黙って、二人にお茶を入れた。自分でも想像しなかった展開だ。まして、町中の大騒ぎになることなど考えていなかった。
「父さん、母さん、ごめんなさい。
順番が違っちゃった。」
しばらくの沈黙の後、父さんが言った。
「さっきまでの、どんちゃん騒ぎの中で、町の青年団のやつから、あいつのことは聞いたよ。
美穂、おまえ、大変だったなあ。
まあ、今日からは、家族だ。みんなで、乾杯しよう。なあ、母さん。」
母さんは、うんうんとうなずくだけで、黙って泣いていた。
その後、兄の機嫌もだんだんと良くなり、圭が音楽活動の合間に帰ってくると、牛の世話を教えている。いつも通り、ニコニコと笑っているだけだが、一生懸命、兄の手伝いをしていた。
「嫌がらず、よくやってるよ。」
兄も、圭のことを認めるようになっていた。
圭が、結婚したことがニュースになって、少しの間、騒然としたんだけど、その前の4か月ほどの、圭の瀕死の状態が追っかけの子たちにも、そうとう心配されていたから、逆にほっとされたことが幸いしたようだ。
ハニートラップのリーダーが、北海道出身だったこともあって、町あげて、ハニートラップを応援してくれている。ハニートラップのオフィシャルスタジオも作られて、ファンの子は、新曲を真っ先にそのスタジオで聞けることになった。静かな町だったけど、ハニートラップクッキーとか、ハニートラッププリンとか、乳製品を使った、新たな商品開発も盛んで、最近は、活気も出てきた。
ハニートラップのファンクラブの子たちは、とってもいい人たちで、興味本位の子たちが、我が家の牧場へ来ようとすることを阻止してくれている。阻止すると言っても暴力ではない。駅やオフィシャルスタジオとかで、「プライバシーを侵さないように」のチラシを配ってくれている。そして、きちんとルールを守れば、オフィシャルスタジオで、圭やノボルの単独ライブも見ることが出来るし、当然ハニートラップの新曲もいち早く聞くことだってできると、発信してくれているのだ。
「みんな、ありがとう。
圭と、頑張っていくからね。」
「えっ? ノラ?」
「大丈夫。ノラは、私と一緒に、ここへ連れてきたの。最初は、元気が無くて心配したんだけど。圭がやってきたら、すごく元気になったよ!」
「ノラにとって、圭がいる場所が自分の家だと、ノラには分かっていたんだね。」
最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。
よろしければ、「野良猫は、家族になれますか」の朗読をお聞きいただけませんか?
6月29日配信されます。
涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第44回 野良猫は、家族になれますか と検索してください。
声優 岡部涼音君(おかべすずね♂ )が朗読しています。
よろしくお願いします