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野良猫は、家族になれますか  作者: 風音沙矢
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野良猫は、家族になれますか 05



 圭が施設で育ったことは、マスコミに公表されていた。だから、10年ぶりに施設で仲良かった女の子がいて、懐かしさのあまり抱き着いたことになった。その日の朝刊の写真はぼけていて顔がはっきりしていなかったために、なんとかそれで幕引きにできた。

「大変お騒がせしました。」

と、事務所の佐山とリーダーのノボルが、記者会見で口裏を合わせて、謝罪して、圭は、デビューからずっと、あまり話さずにいたから、会見でも、黙って頭を下げただけでも許されたようだ。

 私は会社を休み、圭たちのマンションのテレビで記者会見を見ていた。ほっと胸をなでおろしたと同時に、寂しさも広がった。圭と私の関係に未来はない。昨日のことはなかったことにしてしまわなければならない。そう、判っていても、


―やっぱり、つらいよ。圭。ー


 それから、どれくらい膝を抱えて泣いていたのか。気が付くと寝ていたらしい。夕闇が迫るマンションの窓から見える都会の太陽は、少し暗く光っていた。



 とりあえず、実家に帰ろう。北海道の渡島おしまに、実家はある。のんびりとおおらかで自然の豊かな町だ。そこで、両親が牧場を経営している。私に何ができるか判らないが、両親のやっている牧場を手伝うことから始めよう。その後のことは、とにかく帰ってからだ。

 震える膝に苦笑しながら立ち上がり、震える指でバッグをやっとつかんで、のろのろと、圭たちのマンションを出た。


 急に帰って、父さんも母さんも、驚いていたけど何も聞かずに、そっとしておいてくれた。やさしい。兄夫婦も同居していたが、こちらも、ありがたいことに温かく迎えてくれていた。『何で帰って来たのか』と心配しているけど、家族皆が、黙って見守ってくれていることに感謝して、甘えることにした。


 やっと、色々な手続きも終わって、落ち着きだしたころ、圭がやって来た。地元の駐在さんに連れられて、やって来た。

「この人が、駅で降りてうろうろしてるって通報があったわけ。やっぱり、尋問するっしょ。この頭だもんね。」

圭は、髪の毛を真っ赤に染めているのだ。


―目立つよねえ。なんで来たのよ。―


「そしたら、高島の美穂ちゃんを訪ねてきたと言うから、本当かどうかと心配して、ここまで連れてきたっていうわけさ。」

東京に住んでいた時の知り合いだと伝えて、駐在さんには帰ってもらった。

「みーちゃん。会いたかった。」

それだけ言って、ニコニコしながら黙っている。

 両親も兄も、気分を害してるのが、良くわかった。実家に帰ってきたわけがこの男かと、言葉にしないままだが非難めいた目で、じろじろと圭を見ている。すると、姉が

「あー! あなた、圭でしょ!」

「何!圭? なんだそれは?」

「ハニートラップの圭よ。今、売れているバンド!」

「そんなバンドと美穂とどこで繋がってんだよ!」

兄が、大声を上げた。私は、騒ぎが大きくなる前に、圭の腕を捕まえて走った。圭は、一度後ろへ向かってお辞儀をして、今度は私の手を握って走り出した。


 誰もいない海岸まで走った。ここで邪魔されずに何で来たのか話を聞こうと思っていたのに、彼の育った東京では見ることのできない広い海岸線に歓声を上げて海へ入っていった。いったん戻ってきて、

「みーちゃん、海だよ!」

それだけ言って、また、波打ち際へ走っていった。

 その姿を見ながら、考えた。

「家族になんて話そう。」

 大きな町だが、世間的には小さな町だ。明日には町中に噂が広まっているだろう。圭だって、色々と困るだろう。だから、話し合って、私がここへ帰ってくることにしたのに。



 しばらく、波と格闘していた圭が、目を輝かせて私の所へ戻ってきた。

「みーちゃん、海が広いね。」

「うん、北海道だからね。」


「みーちゃん、海がきれいだ。」

「うん、北海道だからね。」


「みーちゃん、俺、ここにきても良いかな?」

「うん。えっ、何言ってんの!」


「だって、ここには、みーちゃんがいる。」


「俺、曲が作れなくなっちゃって、お払い箱だってさ。」


「ここで、暮らしたい。」


「でも、今なら、曲、作れそう!」


 そう言うと、ポケットからスマホを取り出して、夢中になって曲を録音している。優しい曲だ。温かい曲だ。こんな曲も作れるんだね。圭は。

 観念した。お払い箱って、本当じゃないだろう。でも、圭の危険信号がバンドのメンバーにも、佐山さんにも伝わって、圭がここに来ることを許してくれたと言うことに違いない。私も、決心しよう。この野良猫を私の猫にしよう。野良は野良のままかもしれないけど、それでも、たまにふらっと帰って来れる、圭の家になろう。

 そう、決めてしまうと、自分の足元に根っこが生えてきたような気がした。思わず、ふっと言葉が出た。

「圭、結婚しようか?」

「うん!」

今まで見たことのないほどの笑顔だ。

 圭の孤独の穴を、これから、幸せでいっぱいにしてやろう。涙がこぼれそうになって、眩しく光る水平線に目をやった。


「ねえ、みーちゃん。お父さんも、お母さんも、お兄さんも、お姉さんも、俺のこと家族にしてくれるかな?」



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