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野良猫は、家族になれますか  作者: 風音沙矢
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野良猫は、家族になれますか 04

 

 出待ちをしていたファンの子たちが、圭の乗った車が急に止まって、中から圭が降りて走り出したことで騒ぎになった。そして、一緒に、走ってきた女の子たちからは悲鳴がおきた。マスコミの記者たちも一斉にシャッターをきった。もみくちゃにされながら、佐山に車に押し込まれて、気づくと、圭がうわごとのように

「みーちゃん。

 みーちゃん。

 みーちゃん。」

と、言いながら、私に抱き着いている。それを佐山が苦い顔をして見ている。

「圭君、少し冷静になれよ。」

「今日は、このままで良いけど、明日は、今日の釈明をしなければならないよ。

どうするのさ。やっとこれからという時に。困るんだよね。」


 その後は、黙ったまま車を運転した。行き先は、事務所が借りた、バンドの子たちが住んでいるマンション。セキュリティーがしっかりしているので、地下駐車場で安心して車を降りることができた。部屋に入ると先に帰っていたバンドのメンバーが集まってきた。皆、心配そうにしていたが、リーダーのノボルが話し出した。

「佐山さん、実際問題、レコーディングが終ってからの圭は使い物になってないよ。

 今日だって、ひどいもんだったよ。それこそ、口パクで歌っているアイドルの子たちのほうがましだよ。少なくとも顔が死んでないもんなあ。圭は、全部死んでる。

 佐山さんが、黙ってみーちゃんと別れさせたからだよ。

 わかってるんでしょ。本当は。」

 佐山がもう一度、いやな顔をした。


 私は驚いた。私は、あの時一度ライブハウスへ行ったきりで、バンドのメンバーが私を知っているとは思わなかった。

「みーちゃん、ごめんな。俺も少し甘く考えていたよ。今回のこと。

 ロンドンから帰って来て、圭が羽田からすぐに消えたんだ。じゃあ、お疲れって言おうとした時には、圭はもう走り出していた。

 みーちゃん。だね。って、その時、バンドの奴らと呆れてた。あんな圭、それまで見たことないからなあ。音楽以外、何にも執着しなかった圭が、みーちゃんは別だったんだ。

 それが、次の日、ボーっとして事務所に入ってきて、無口な圭が益々口を利かずに、食事さえしないで、ただ、椅子に座ってるんだよ。

 聞いたよ。佐山さんにね。圭がちゃんと答えられると思わなかったし、なんかあったなって。

 事情を聴いて、メジャーデビュー控えていたから、それも仕方ないかって、俺たち納得しちゃったんだよね。

 でも、圭が死んじまったのさ。圭は、佐山さんを責めたりしなかった。仕方ないことだって思おうとしていたんだよ。送られてきた荷物もそのままで、事務所にじっと黙って動かなかった。

 みーちゃんが、圭のこと野良猫って言ってたって聞いて、そん時笑っちゃったけど、事務所に寝泊まりするようになってからは、事務所のソファーで丸くなって寝てたよ。寂しそうだった。あれは野良猫じゃない。野良猫の抜け殻だ。」



 眠ってしまった圭をじっと見ていたノボルが、ふーっと息を吐いて話しを続けた。

「圭には、実家って言うものが無いのさ。親の事情か何だか分からないけど、施設で育ったんだよ。でも、中学卒業したら、施設は出なくちゃならない。そん時から、ほんとの一人ぼっちになっちゃったんだよな。

 圭とは、俺たちが路上ライブをしている時に知り合ったのさ。まだ、中学の制服着てたと思うよ。だまって、俺たちの演奏を聞いてるわけ。じっと聞いてるの。回りの子たちは一緒に歌ったり、拍手したりするから、悪目立ちするんだよね。あいつ。

 へんなやつと思っていたら、それから、俺たちが路上ライブをするときは何時も来るようになって、1年位過ぎたころかな、圭に話しかけたんだ。『おまえ、バンドやりたいの?』

そしたら、何度も何度も、首振って『うううん。聞いてちゃ、ダメ?』て、悲しそうに言うのさ。『いいよ。別に。ギャラリーは多いほうが良いからね。』そう言うと、やけに嬉しそうに笑って、また、じっと聞いてるの

 それがさ、ある時、ボーカルと他のメンバーがもめて、ボーカルが帰っちまった。もう無理かってあきらめかけてた時に、急に圭が歌いだしたわけ。驚いたよ。周りで聞いていた子たちも、最初は唖然としていたんだけど、圭のうたに引き込まれて、かえってギャラリーが増えちまった。その日の演奏が終わって、圭が小さな声で言うんだ。『俺、歌いたい。楽器買えるほどお金ないけど、歌いたい。歌わせて。なんでもするから、俺に歌わせて。』

 さっきの歌は何だったんだっていうほど、小さな声なんだぜ。笑えるよな。

やけに人懐っこいくせに、あんまりしゃべらないのさ。いつも、ニコニコ笑っているだけ。でも、一度こだわりだすと、一切受け付けない。他のメンバーも最初は、ああだこうだと文句言うんだけど、最終的には、圭の考えで行くことになってるよ。最近はね。

 俺たちでさえ、舌を巻くほどの知識も技術も身に着けてる。音楽バカだよ。こいつ。

 圭は、みんなにやさしい。怒ったりしない。でも、優しいのは、もしかしたら、何にも執着していない裏返しなんじゃないかな。

 それが、みーちゃんのことは特別なんだよ。『みーちゃんがね』って、嬉しそうに話すんだ。驚いたよ。あのライブハウスに来た日からさ。

 本当は、こんなに話す奴だったことに驚きもした。

 バンドの連中、みんな関心持っちゃって、写真見せろって問い詰めても、にっこり笑って、『無いよ』ってさ。あきれるだろ。好きな奴の写真もってんの当たり前だよ。『おまえ昭和か』って、からかわれてた。

 それから、曲を作るペースが上がって、ラブソングが増えたよ。甘いね。曲つくることに夢中になると、何日も家に帰らなかったから、みーちゃん、ずいぶん心配したんだろう。

 良いアルバムできたよ。みんな、演奏できることを楽しみにしてたんだ。」


 そこまで話して、ノボルはまた、じっと圭を見た。圭は、私に腕を回したまま寝ていた。

「ずっと、眠れていなかったんだな。

 みーちゃん、今日は、圭と一緒にいてやってくれ。明日のことは明日、考えよう。」

そう言って、メンバーたちは自分の部屋に戻っていった。佐山も、大きくため息をつき、

「とにかく、すべては、明日だ。」

と、帰っていった。


 リビングのソファーに残された私は、圭の頭をなでながら、

「売れないままで良かったのにな。でも、圭、貴方だけのバンドじゃないよ。それくらい私だってわかるよ。」

と、つぶやいた。

 そう、デビューするために、どれだけのお金と人が動いたのか。バンドのメンバーも圭も、どれだけ頑張って来たか、そう、考えると答えは決まっていた。







最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。

よろしければ、「野良猫は、家族になれますか」の朗読をお聞きいただけませんか?

6月15日配信されます。

涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第43回 野良猫は、家族になれますか と検索してください。

声優 岡部涼音君(おかべすずね♂ )が朗読しています。

よろしくお願いします

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