野良猫は、家族になれますか 02
それから、圭が私のアパートに来るようになって、いつの間にか圭が私に、
「おかえり。みーちゃん。」
なんて、言っている。時々だけど。そう、時々。でも、うれしい。東京で、お帰りなんて言ってくれる人ができた。
ライブハウスに誘ってくれた同僚は、私と圭との関係を聞きたがったが、圭との関係をうまく言えない私の口下手が功を奏したのか、あきらめてくれて、その後は聞かれなくなってほっとした。
「私のアパートにいるよ。時々」
なんて言えないもの。
圭は、どこに置いてたのか判らない自分の荷物を、ぽつりぽつりと運んできて、狭いアパートは、益々狭くなった。圭は、それでいて何日も帰ってこない。たまに帰ってくると
「おかえり」
と、言って、圭が作ってくれたカレーライスを一緒に食べたりする。
「カレーライスだけは、作れる。
小さい頃、母さんが教えてくれた。」
荷物を運んできたのと同じ、話もポツリポツリ。なんだかおかしくなっちゃって、ふふっと笑ってしまった。えっ?て、顔をしたけど、ただ、首を振って
「二人で食べると、美味しいね。」
て、言ったら、嬉しそうに大きく「うん」て、笑った。
口下手な二人にとって、あまり話をしなくても、話を巧まずとも、心地の良いことを感じられたことが、お互いの関係のすべてだったのかもしれない。
私がお風呂に入っているうちに眠ってしまうから、私が、そおっと圭の寝ているベッドに入っていくと、腕の中に入れてくれて、
「いい匂い」
と、ゴロゴロとのどを鳴らす猫みたいに、鼻歌を歌う。それが子守唄みたいになって、二人とも寝てしまう。私は、それだけで、陽だまりの中のやさしい幸福感で満たされていた。そして、圭は、またふらっと出かけていく、野良猫みたいに。でも、圭にとってここは、お気に入りの場所。
-きっと、また、ここへ来るよね。-
会いたければ、あのライブハウスへ行けばいいのかななんてのんきなことを考えてる私は、圭が居なかった頃のペースのままの生活をしている。
私は、圭とのことを深く考えようとしていなかった。深く考えることを無意識に避けていたんだと思う。 そして、自分を納得させていた。
その野良猫が、ある日、本当の野良猫を飼い猫に代えてしまった。
アパートの階段で日向ぼっこをしていた野良猫だ。たまに、圭も一緒に階段で日向ぼっこをしているのは知っていたけど、誰にも媚を売ろうとしない野良猫だったから、私は、少し驚いていた。飼うことになるとは思ってもみなかった。
ある日、その猫は、けがをした。車にはねられたんだって。すぐに獣医さんに診て貰って、骨折だけで済んだから、幸運だったねと言われたと、後から、ぽつりぽつりと話してくれたけど、その時は、大事そうに抱いていたその猫を
「みーちゃん、この猫。」
と、私に預けてきたときには、ちょっと困った。だって、大家さんに聞いてみないと。
「うん。大家さんに聞いてみるね。」
と、言う私の顔を不安そうに見ていた圭だったが、大家さんからお許しが出て、
「大家さん、良いって。」
と、伝えると、本当に安心して、にっこり笑った。
結局、予防注射をしたり、不妊の手術をしたりと、飼い猫になってからの世話は、全部私だったけど、圭がいない日が多いから、
「これで寂しくないね。」
と、飼い猫になったノラをなでながら話しかけていた。
そして、
「野良猫さんは、何しているのかな。」
と、一人でいる時よりも、圭のことが気になりだした頃、圭のバンドのメジャーデビューが決まった。益々、圭は、アパートに来る日が少なくなって、たまに来ると私に腕を回して、
「みーちゃん」
と、言っているうちに、背中で寝息を立てる。
「疲れているのね。」
私は、ソファで寝てしまった圭に毛布を掛け、そっと彼の頭を撫でる。
-久しぶりなんだから、もう少し、一緒にいたかったな。-
私は、平凡なOLで、音楽の世界なんか判らない。でも、圭の歌は好きだ。そして、初めにあった時から、理屈ではないの。ただ、惹かれたの。そして、一年後、衝撃的な再会の時、『一緒にいたい』とだけ思わせられたのだから、仕方がない。
圭も私も、今の関係が何なのか、言いもせず、問いもせず、ただ、居心地の良い場所としてアパートが存在していることは間違いなかったから、なんとなくこのまま続くような気がしていたんだと思う。
最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。
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6月1日より配信されます。
涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第42回 野良猫は、家族になれますか と検索してください。
声優 岡部涼音君(おかべすずね♂ )が朗読しています。
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