表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野良猫は、家族になれますか  作者: 風音沙矢
1/6

野良猫は、家族になれますか 01

一人暮らしの経験のある方には、共感してもらえるんじゃないかと思います。

家族と離れて、一人で暮らし始めると、物寂しいものですね。

私は、何で、心に空いた穴を埋めていたっけか。

美穂は、一人ぼっちの部屋にいることよりも、人ごみに癒されたかったのかも。

 彼が波打ち際で、波と格闘している。そう、戯れているんじゃない。子供のように夢中だ。きっと、私のことを忘れてる。私は、少し離れた場所に腰を下ろし、どれだけ待っていればいいのかと、深いため息をついた。

「圭、あなた、何しに来たの?」


 彼のそばにいては、二人とも駄目になると、東京を離れ実家に帰って来た。圭と話し合って、ちゃんと気持ちは伝えたはずなのに、ひと月もしないうちに、彼が実家に尋ねてきた。私は、普通のOLで、彼は、ミュージシャンの卵だった。1年前までは。

「卵のままだったら、良かったのに。」

 

 3年前、就職が決まって上京した私は、少しホームシックになっていたんだと思う。会社が終ったら、いつもスーパーで買い物をして真っ直ぐアパートへ帰っていたけど、何となく人恋しくて、駅のロータリーで人だかりがしている路上ミュージシャンの人たちの所をはしごして、ぐずぐずしていた時に、彼と出会った。

 彼が歌っているわけではなく、楽しそうに体でリズムをとっていた。それが本当に楽しそうで、思わず足を止めた。あの時、私は、無意識に彼の顔をずっと見ていたような気がする。彼がそれに気づいて、にっこり笑った。

「楽しいね。音楽ってさ。」

そう言って、ドキンとする笑顔を作った。私は、急に恥ずかしくなって、ペコリと頭を下げて、そのまま走って逃げてきた。


 私は、あのドキンと心が高鳴った彼のことが忘れられずに、仕事が早く終わると、駅のロータリーをぐるぐると歩いて探したけど、彼には会えないまま一年が過ぎた。

 仕事は、好きな仕事だったからけっこう充実していた。人見知りな私だけど、会社の先輩も同僚も優しくて、だんだんとなじんでいけた。アフター5も楽しくなって、ホームシックを感じることは少なくなってきたけど、心の中では、彼のことをずっと気にかけていた。

 再会できずに、もう無理かなと諦めかけたころ、同僚が誘ってくれた、私には少し冒険とも思えるライブハウスで、彼に再会した。はじめは、大音量の中歌っている男の子を彼とは気づかなかった。彼のほうが先に気付いて、笑いかけてきた。

「あっ、あの時の人!」

 また、思いっきりドキンとする笑顔を、おくられてドギマギしてあわてて下を向いた。

「美穂、あなた、初めてって言ったよね。なんで圭、知ってるの?」

驚きながらも、少し羨望のまなざしで、同僚が聞いてきた。

-ケイって言うんだ。あの人-

 なんて答えたら良いのかな。大体、一年前に路上で、一度会ったきりだ。圭という人が私のことを覚えていたなんて思えない。なんか、気まぐれに見知らぬ女の子に、笑い掛けてきたんだろうぐらいにしか思えなかった。言葉もなく、首を振る私に、同僚は呆れていた。頭が混乱しているうちに、急に静かになって、曲がバラードになり圭が小さな声で語りだした。さっきまでの大音量とは違って、みんな静かに、聞き耳を立てるように聞いた。


「ねえ、僕の帰る場所はどこにあるの」

「ねえ、君は今、何をしているの」

「ねえ、僕の伸ばした指先には、君の笑顔が無いよ」

「ねえ、僕の…   」

ふっと、圭の声が途切れた後、バンドのメンバーの演奏が始まった。


-ねえ、その先の言葉は、何-


 必死になって、圭の姿だけを追った。あの時、『楽しいね。音楽ってさ』って、言って本当に楽しそうにしていたあなたが、こんなにも悲しい歌を歌うのね。あなたの本当の顔は、どんな顔? 気づくと私は、ボロボロと泣いていた。


 その後、どれくらいライブハウスに居たのかさえ判らなかった。ただ、圭のバンド以外にも、演奏していたと思う。同僚に促されるまま、ライブハウスを出てきたら、圭が階段のところに膝を抱えてこっちを見てる。

「圭!」

同僚が叫んだ。

「出待ちしている子たち、いっぱいいたでしょ?

 あー、心の準備が! あー、なに話したら良いの!

 圭、今日の曲、あのバラード良かった!

 アルバムに入れる?

 圭! サインして!」


 同僚が、興奮して支離滅裂なまま、話してる。ボーっとその様子を見ている私の所へ、圭がまっすぐに来て、腕をつかんで走り出した。

「えっ、何?

 なんで?」

 私は、つまずいて転びそうになって、必死に転ばないようにすることだけ考えて走った。何が何だか判らないまま、タクシーに乗せられた。でも、怖いとは思わなかった。なぜだろう。もう一度会いたいと思っていたせいなのか。それとも、今日のあの悲しい歌を聞いたからか。

 ただ、黙って夜の東京の光と反対に真っ暗な空を見ていた。


「去年、会ったよね。」

「うん。」

「俺、探したんだよ。」

「えっ、そうなの。」

「うん。」


 会話は、それだけだった。圭がタクシーの中で予約したホテルに、私は黙ってついて行って、抱かれた。圭も、私と同じように、話すのが得意じゃないようだった。なんか、ほっとした。そっと手を出すと、ただ、だまって手を握り返してくれるような人。


涼音色~言の葉 音の葉~として、朗読が決まりました。

そのために、少し推敲をしました。そして、朗読に合わせて、6話構成にしました。

皆様に、読んでいただければ、幸いです。


1話・2話は、6月第1週の土曜日に配信されます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ