入学式 その3
「ーーーーである。続いて学校生活についてのーーーーーまた、校舎が多いので迷った際は周りを頼るように。寮生活は基本的にーーーー」
壇上の中央に置かれた演台で長々と話すのはゴスロリファッションの少女ーー校長ではない。丸めがねに薄紫の髪の教師、レヴィだ。
式典で話が長いといえば校長というのが定番だがこの学校においての校長は今現在、壇上の端に設けられた貴賓席座っている。
一体どこから出したのか、ぬいぐるみを抱きかかえているがそれより寝ている方に目がいく。
「ねぇ、あれなんなのかしら」
「貴族の方に見えますよ?あんな奇抜な服装私たちじゃできませんし」
僕を間に挟んで座るスイハとコハルが質問に対して小声で答える。
校長……とは思われていないようだがあの姿を見て校長だと思う人が一体何人いるだろうか。
まぁいないだろうな。
そんなことを思いながら式典はしばらくレヴィの独壇場となっていった。
――――――――――――
校長室を出てしばらく、校長は機嫌よく鼻唄まじりに先頭を歩いていた。その横でレヴィが校長に話しかけている。
その後ろに続く王太子一行は黒い鎧の護衛が数人キョロキョロとしているぐらいで会話という会話はなさそうだった。
時折黒のローブの王太子に話しかける一人顔を隠した人がいたが報告や相談をしているのだろうと気に止めるほどではなかった。
最後尾の僕とロウ先生はその光景を見ながら他愛の無い話をしていた。
「あの鎧着てるやつら、ほとんど女だな」
「えっ、見てわかりますか?」
「いや、匂いだ。それぞれ落としてはいるようだが少し花の香りがする。多分髪の毛からだと思う、貴族で流行りの香りをつけた水とかをつけているんじゃないか」
香水なのか?なんにせよそんな従者にまで手入れをしているということなのだろうか?
「護衛や従者でも貴族で流行っているようなもの手に入るんでしょうか」
「普通は無理だろうな。あれは王太子か、国王かの命令だろう。綺麗にしとけばまぁ何かあった時に手が打てるってのもある」
「女性に王太子を守らせるって結構不用心な気がするんですけど…」
「女が弱いってことはないぜ?校長だってあれはあれで一応女だしな。まぁでもあれは護衛の格好をした従者だろうから不用心ってのは間違いじゃない」
「じゃあなんで」
「国からのメッセージってとこだろ。付き人として王太子に数人付けるが戦闘能力の強い騎士ではないただの女の騎士に扮させた従者だからこの学校を信頼してます、的な」
「そんな裏メッセージ普通気づきますか?深読みし過ぎな気がしますけど」
「さあな、本当のことはわからん。でも校長が何も言わないで普通にしてんなら特に問題はないだろうよ」
僕の頭に手を置きぐしゃぐしゃと撫でる。
「テスラ君〜ヤミル君〜ちょっと来てもらえる〜?」
前から校長の抜けた甲高い声が聞こえてくる。
「ほれ、呼んでるぞ。それにしてもあの抜けた声はいつ聴いても慣れねぇな。普段の声にしろってのに」
ロウ先生はそんな文句を言いながらも僕の背中をトンと押して前に行くよう合図した。
「ちょっと行ってきます」
従者が王太子を囲んでいたので横から抜けて前へ向かう。
顔を隠した人がジッと僕を見ていた気がしたが見返した時にはすでに目線は感じなかった。
「早速ですが、式で君たちしてもらうことを確認させてもらいます」
レヴィが上着の内ポケットから出した紙には入学式の流れが書いてあるようだ。
「最初に、このまま大聖堂へ向かって君たちは一般生徒と同じ場所で参加してもらいます。2人の席は確保してあるのでそこに座っていただきます」
有難いがスイハとコハルが多分席を取っているはずだ。
「あの、友人が席を取っておいてくれてるのでそっちに座わりたいんですけどいいですか?」
「そうですか。それならそちらで構いません。とりあえず式が始まってからしばらくは普通の生徒と変わらず参加してください。私と校長の話の後、来賓の貴族を数名紹介します。そのあと入学証の受け渡しになるのでそこから代表として壇上に上がってもらいます。私が順に名前を呼びます、早足くらいで上がってきてください」
定番の入学式の流れと似ている。
しかし作法とかこの世界のものを知らないぞ。
「ヤミル様を最初にするのでそれを見てテスラ君は真似てくれれば結構です。入学証の受け渡しの後、ヤミル様には考えていただいたスピーチを。テスラ君はそのあと一言でいいので挨拶をしてください。それが終われば席に戻るよう私が言いますのでそのまま自分の席へ戻ってもらって結構です。後は式後の行動場所だったりの説明なのでそれに従って動いてください。代表としてすることはこれだけなのであまり気を張らないでいいですからね」
壇上に上がって入学生の代わりに入学証をもらって挨拶するだけか。代表だからそのあとも何かあると思っていたが、普通の生徒と変わらないんだな。
「了解した」「わかりました」
僕と王太子がほぼ同時に頷いた。
「ね〜ね〜、レヴィ。私って式後は自由に動いていいんだけ?」
「本当は貴族の方に挨拶してもらいたいですけど、する気ないでしょ?好きに動いて構いませんよ」
呆れ顔のレヴィに対し校長は「さすがレヴィわかってる!」と浮かれ気分だ。
「なら適性検査を見学しよ〜っと」
こちらを見てにやつく校長、嫌な予感しかしない。
「他の人に迷惑かけないでくださいよ?」
「わかってるわよ〜、これでも校長なんだから〜」
「お二人とも、何かあったら私に教えてくださいね」
何かしでかすだろうと予想しているのだろう。
レヴィが頼むので頷くことしかできなかった。
説明が終わるぐらいに校舎の出入り口までやってきた。
ここを出て右手側に大聖堂が見えるはずだ。
外には先程まで溢れかえっていた生徒はいないようで皆今か今かと式の始まりを待っているのだろう。
大聖堂入り口には先程、校門で確認作業をしていた教師が数名立っていた。
「あっ、フウ君!あのまま帰ってこないなんてサボりだ!」
こちらを見て声を荒げるのは数名のうち一人、門でロウ先生が会話していた女性であった。
「ちがうわ!ちゃんとやることやってたんだよ!」
その一言で2人の関係が良好なの伝わってくる。
なぜフウなのかといえば風牙の風をフウとこちらでも読むらしい。だからフウ君。
「あら〜アイズちゃん私たちが引き止めたのよ〜?」
そんな2人の間を分かつように校長が入り込んできた。
「校長はいつもフウ君を独り占めして!今日は人手が足りないんですから早くフウ君を返してよね!」
アイズと呼ばれた赤髪の女性は校長に臆することなくぶつかっていく。
「でも〜ロウ君が私といたいっていうんだもん〜」
そういってぎゅっと腕に抱きついて頬をスリスリしている。
当事者のロウ先生は好きにしてくれた言わんばかりですでに抵抗する気がないようだった。
「ちょ、なにしてるのよ!それは生徒の前でダメじゃない!校長がするなら私もするわ!」
扉からこちらへ向かってくると校長とは反対の腕に抱きついた。
見てもわかる豊満なものをこれでもかと押し付けているが恥ずかしいのか顔は真っ赤だ。
「アイズちゃん〜、それはやりすぎじゃないかしら〜?」
校長の怒りゲージが溜まっていくのが目に見えるようだった、少し胸のことで嫉妬が入ってるようではあるが。
「こ、校長だって抱きついてるじゃないですか!」
その姿を見ても対抗するアイズは大したものだ。
しかし、この状況にロウ先生がいい加減嫌気がさしたのか、ローブの下に隠れていた腰の大剣に手をかけ思いっきり振り回した。
風の切る音がする、咄嗟の判断で校長もアイズもロウ先生の腕から離れて距離を取っていた。
「お前らな、鬱陶しい。校長はもう知らん、抱きつき禁止だ、破ったら教師やめる。アイズはまぁいいか。今日飯でも奢るからサボったのは許してくれ」
校長には必殺のやめる攻撃。一方アイズには男らしいイケメン対応だ。
2人とも黙ってそれに頷いているが悲壮感漂う表情と照れながらも嬉しそうな表情の差が明確にでていた。
「2人とも会うたびにやめてください、時間がないんですから。もっと自覚を持って行動してくださいよ」
まとめ役はレヴィのようで何度目かの呆れ顔とため息
のあと動かない校長に変わり指示を出す。
「ヤミル様とテスラ君はアイズに従ってこのままそこの扉から入ってください。従者の方々も入ってくださいね、ただヤミル様の側には1人か2人のみの付き添いでお願いします。ロウは私たちに付いてきて中の警備に加わってください」
レヴィが指示するとアイズは赤らめた顔のまま僕と王太子を連れて扉を開けるよう近くの教師に指示を出した。
ゴゴゴッと音をたてて門が開く。中は聖堂というより体育館に近い見た目だった。これといってパイプオルガンやステンドグラス、絵画や彫刻があるわけでもないシンプルな作りと言っていい。
中にいた教師にアイズが王太子を案内するよう頼み僕の方に話しかけてきた。
「君の席もあるからあの教師についていってもらえる?」
「あっ、僕友人が席を取っていると思うのでそっちに座りたいんですけど…この人の多さじゃ…」
体育館内にはずらっと椅子が並べられているせいでどこに誰がいるのかは全く後ろからではわからない。
「まぁ、これじゃあ見つからないわよね。その友達の名前は?」
「水面スイハと日和コハルです」
「えっと、みなもスイハ…とひよりコハル…ね」
そういって取り出した座席表に手をかざすと真ん中あたりに2つ、間に1つ空席を、開けるようにして光が灯った。
「ここにいるようね、じゃあ案内してあげるわ」
アイズは紙と座席の数を照らし合わせながら進んでいく。
「あった、ここよ。この真ん中あたりにいるはずだけど…」
そういって真ん中辺りを見ると後ろを何度か振り返る見知った顔があった。
「あっ、いました!おーい、コハルー、スイハー!」
呼びかけた声が聞こえたようでこちらを向くと手招きして席確保をしていたことをアピールしてくれた。
「ちゃんと席も空いてそうね。よし、じゃあちゃんと座って大人しくしとくのよ!」
先生というよりは頼りになるお姉さんという感じがする。威厳がさっきので薄れているからかもしれない。
「ありがとうございました!あっ、ロウ先生と今日食事するならお礼を伝えておいてください!」
「しょ、食事ね!そうね!そういう約束してたものね!わかったわ!それじゃあ」
赤髪が薄く見えそうなほど赤らめた顔でアイズはそそくさと離れていった。
座席と座席の間は人が普通に通れるくらいの幅があったのですんなりと真ん中まで行くことができた。
「遅いわよ!テスラ!式が始まるギリギリじゃない!」
コハルは待つのが長かったせいか少し怒り気味だ。
「ちょっといろいろ巻き込まれてさ」
「それは大丈夫でしたか?」
スイハは心配そうにしてくれている。
「問題ないよ、理由はすぐにわかるだろうし」
不思議そうな顔で僕を見る2人をよそに大きい鐘の音が聖堂内で響いた。
「大変お待たせいたしました、ただいまから冒険者養成学校入学式を始めます」
拡声器で出した声のようなくぐもった音で開会宣言が行われた。
「この声はどうやってだしてんだ?」
「魔道具ですよ、この聖堂内は魔力が流れていてそこに繋げると作動するようになってるみたいです」
電気の代わりに魔力か。しかしその魔力はどこから出ているのか。
「それならあそこに魔石があるじゃない」
そういってコハルが指差す方には大きく削られ作られた青い宝石がはめ込まれていた。
「えぇー、大きいな。あの大きさの魔石って相当高価なんじゃ」
「そんなことないわよ、魔石なんて割と多く出回ってるもんよ?しかもちょっとしたことにしか使えないし、普段なら自分の魔力流しちゃえば魔道具は使えるから魔石は滅多につかわないのよ」
そうか、たしかに言われてみれば魔力扱えるなら魔石はいらないな。
「ここにあの大きさの魔石があるのは常時魔道具を起動させておきたいんじゃないかしら?」
「守衛のためとかってことか」
「えぇ、正式には定かではないですけどこういう建物には結構使われていたりするんですよ」
そういう用途もあるわけか。電池みたいな役割なんだな。
「青以外にも赤い魔石というのが幻の石と呼ばれていて、そちらはかなりというか、国1つ動くくらいの価値があるって話です」
「違いは…内蔵されてる魔力が多いとかか?」
「そうです。言い伝え程度しか聞いたことありませんけど魔力が自然と回復していくとかいう話です。」
「なるほどね」
伝説的なものもこの世界にはあるということだ。
「はじめに、入学についての諸注意等の説明をしていただきます」
そんなことを話しているうちに、式は流れ通りレヴィの話から始まった。
――――――――――――――
話は最初へ戻る。
出番まで普通に式へ参加しているのだが、レヴィの話は相変わらず長く終わることを知らない。
コハルはすでに眠りこけて僕へもたれかかっている始末だ。
「いい加減飽きましたね」
そして挙げ句の果てスイハまでも文句を言いはじめる。
「流石に長すぎるよな、もう何言ってたのかも覚えてないわ」
「入学の心得、学校の歴史、先輩方の勇姿、建物の概要、学生としての態度、学校内での諸注意、寮での行動、今後の進路、先生たちの紹介、自分の気持ち、そして今締めに入ってるところですね」
文句を言いつつも全部しっかりと聞いていたようだった。
「す、すごいな。よくあの話を聞いてたな」
「私の特技というか、聞いたり見たことは忘れないんですよ」
もしかしたら才能かもしれない、完全記憶能力というものになるのだろうか。後から楽しみだ。
「ーーー以上のことを踏まえて節度ある学生生活を送るように。これで話を終わります」
ようやく終わりレヴィが演台で一礼をして下がる。
周りからはちらほらと拍手が起きたがほとんどのものは眠りこけてるせいでまばらならパチパチという音だけだ虚しく響いた。
「続きまして、祝辞。校長先生お願いいたします」
司会として壇上横に戻ってきたレヴィが予定通りの進行を進める。
呼ばれた当の本人、校長は未だぬいぐるみを抱きながら寝ている。しんと静まり返った建物中は一言でも発すれば注目を浴びかねない。
しびれを切らしたのかロウ先生が壇上に上がり寝ている校長を思いっきり叩いた。
パァンと綺麗に音を立て決まると校長は飛び起き叩かれた場所をさすっている。
そしてロウを睨みつけ口論が始まった。詳しく聞き取れなかったがレヴィか悪いと最後の方に言っているのだけが聞こえた。
レヴィも損な役割だと気の毒に思う。
一悶着のあと校長は不機嫌そうに演台に立ったのだが、目の前の光景で人前であることを思い出したのか。先程とは別人のような顔で話し始めた。
「え〜、みなさ〜ん。入学おめでとうごさいます〜。校長の酒童キサラです〜。これからよろしくお願いしますね〜」
見た目と合致するその声色が僕には不自然だったのは校長室での一連の流れを経験しているからだろう。
現にコハルもスイハも「可愛い校長先生だね」なんて会話をしているくらいだ。
校長はその一言を言い終わると演台から離れて元いた席へ戻った。
しかし先程のレヴィの話の長さを考えたらありえないほど簡素なものだが、長い話をまた聞くよりかは幾分マシにも思えた。
「校長先生、ありがとうございました。続きましてーーー」
そのあと壇上に設けられた貴賓席にいる貴族の紹介をしていった。
特に知る名前もないので気にもとめていなかったが来られなかった方からのメッセージというもので影式オウセ国王からというものがあった。
王太子の父親だろうがなぜか手紙の文面の節々に勘に触ると言えばいいのか、どこか国王らしくない感じがしたのだ。
それこそ反王族派の貴族を煽るようなメッセージがある気がした。
しかし周りは意に返さず反応はないので思い過ごしかと深く気に留めることはしなかった。
「入学証の授与。学年を代表して2名に受け取っていただきます。影式ヤミル様、日向テスラ君壇上へお上がりください」
そんなことを考えている間に名前が呼ばれた。
「ち、ちょっと、あんた代表で名前呼ばれたわよ???」
「テスラ君!?まさか呼ばれてた理由ってこれなの!?」
左右で2人が同時に話しかけてきた。仕方ない話だ、代表はこの学校では栄誉あるものらしいし、それが知り合いにいたら驚かない方が無理だ。
「そうなんだよ、代表にされたんだよ。とりあえず行ってくる」
2人の驚いた顔を背に、席を立ち壇上へ向かう。
王太子は壇上近くの席を確保してもらっていたので、すでに階段を上がって演台前までやってきいた。
待たせるのも失礼なので急ぎ目の早足で壇上へ向かう、周りの視線は王太子ではなく僕に向けられているのは横目でも確認できた。
それもそうだろう、王太子が入学することを知っていれば代表は王太子だと誰もが思うに違いない。しかしそこにポッと出の人間が現れたら何者だ、とそっちに注目が行くのは必然というものだ。
少し滲む汗が恥ずかしかったが壇上へ上がり演台の前にいる王太子の隣に並んだ。
ざわざわと話し声がするがレヴィは気にすることなく進行を進める。
「校長先生、入学証の授与をお願いします」
座っていた校長が演台を挟んで向こう側に立つ、そして礼をする。
昔、小学校で賞状を貰う際に似たようなことがあったことを思い出し、とりあえず礼をし返す。
校長が入学証に書いてある文面を読み上げ先に王太子へ渡す。
受け取り方を見ていたがやはり賞状を受け取るような感じで左右と手を出して受け取り下がって礼をしていた。
僕も見よう見まねでやってみたがクスクスと背後から聞こえてくる。
正直、王太子と並んでいる時点で晒し者なので失敗していたとしてもあまり精神的ダメージはなかった。
受け渡しが終わった後、校長は僕をみてグーとサムズアップしていたが本当に良かったのかどうか怪しいものだった。
その後代表のスピーチとしてまず王太子が話し始めた。
国の人間が作っただろうだけあってしっかりとした模範的なスピーチだった。
その後の僕の一言が本当にいるのかと疑問になるくらいキチッとした内容だ。
しかし進行は変わることなく、王太子のスピーチ後の盛大な拍手の余韻の中、話すことなってしまった。
「えっと…日向テスラです。こうして代表に選ばれたことを嬉しく思います。学年の模範となるように頑張りたいと思います」
自分で言っていてこれだけかよと思いたくなるがあのスピーチの後では多分何を言っても無駄だろう。
案の定拍手はコハルとスイハが叩いているのが見えるくらいの少なさで、あとは教師たちが必死に音を大きくだして拍手していた。
「ありがとうございました。2人とも席へお戻りください」
一礼をして席へ戻ろうと進行方向的に前になった僕が逃げるように階段を降りようとした時
「よくそんなので代表になれたね」
恨み節ではないが背後から聞こえたそれは確実に僕を敵対視した言葉であった。
「別にしたくてしたわけじゃない」
突然の言葉に思わず反応してしまった。
揉めたくはなかったが、あまりに直球な敵意を見逃せるほど大人ではなかった。
「ふっ、どうだか。どうせ君、校長の知り合いとかだろ?コネで代表なんて最低だよ」
たしかに校長と僕には何かしらの関係があるようだが別にコネを使ってまで代表になんかなりたくない。
「お前な、自分も王太子じゃなきゃ代表になってないからな?なんなら王太子じゃなかったら不本意だけど俺一人が代表だったみたいだぞ、バカみたいに気取ってんなよ」
身勝手な言い分に腹が立ち、振り返って本音を言ってしまった。
奥の貴賓席に座る校長とその横にいたロウ先生がケタケタ笑っているのが見えたのでたぶん聞こえるくらい大きい声を出していたのかもしれない。
「ふ、ふざけるな!そんなわけないだろ!実力で選ばれているんだ!」
「どうだか。従者を従えてくるようなやつが実力あるとは思えないけどな」
「仕方ないだろ!国王様が」
「国王のせいにするのかよ。実力あるなら国王ぐらい黙らせてこいよ。そもそもさっき校長室で言われたことわかってねぇだろ!お前が代表のせいで俺は巻き込まれてるんだよ!」
「ぐっ、うるさいうるさい!お前なんか殺してやる!」
そういって涙目になる王太子は僕に殴りかかってきた。
ポスッ。
空気の抜ける音がしたかと思うと目の前にはぬいぐるみがあり、王太子の拳を受け止めていた。
「はいは〜い。そこまでよ〜。さすがに暴力は校長先生も許しませんよ〜」
王太子の後ろからフリフリとスカートを揺らしてやってくる。
「はなせ!こいつは王族を侮辱したんだ!」
「もともとあなたが突っかけたの見てましたよ〜?まぁテスラ君も言い過ぎですけどね、もう、メッ!」
可愛く怒る仕草をするが、目が鬼のときと同じだ。ただ、たぶん怒っている相手は僕じゃなく王太子に対してだ。
「君もこんなに大事にしてよかったのかしら?後から困る人が出てくるんじゃないの?」
チラッと王太子の座っていた席を校長がみる。2人の従者のうち1人、顔を隠した従者がこちらをジッと睨んでいた。
目線が誰に向けてなのかはわからないが、ただこちらに顔を向けていることだけがわかった。
「は、はい、気持ちが先走ってしまいました。申し訳ありません」
威圧感を隠そうとしていない校長、ジッと見つめる視線に居たたまれなくなったのか、謝るしか王太子には選択肢がなかった。
「別にいいのよ〜、わかってくれれば。さぁ〜席に戻りましょ〜」
なんとかその場を納めてくれて校長には感謝しかない。まぁあとから呼び出しされるだろうと覚悟だけはしておこう。
最初の好奇心の目からやばいやつを見る目に変わったのがひしひしと伝わってくる。王太子に喧嘩を売れば死刑になってもおかしくはない。
席に戻ってくるとスイハとコハルは心配そうな顔をしていた。
「大丈夫でしたか?テスラ君」
「ちょっと揉めただけだし、死罪になるほど大事にはならないと思う」
「そうですか、よかった。心配しましたよ」
ホッとスイハが息をついた。
「それにしてもあんなのが私たちの国の王太子なのね、あたしちょっとイケメンだから期待してたのに」
「何を期待してたの?」
「それはもちろん恋愛相手としてよ。王族で実力ありなんて素敵でしょ?でもテスラに絡むようじゃダメね」
コハルの指標がイマイチわからないが基準としては僕よりも上が基準のようだ。
「僕はコハルのなんなんだよ。でもまぁあれは避けた方がいいかもしれないな、本当にあれが王太子ならだけど」
「なにそれ、偽物とでもいうわけ?」
「そうですよ、王太子様の顔が違ったらもっと騒ぎになってますよ?」
「そうなんだけど。なんか、怪しいというか。裏があるというか」
顔を隠した従者が気になるのだ。王太子の下っ端感が強いのはどうも納得いかないというのもあるが。
ただ現状わかることは何もないわけで。
「まっ、そのうちわかるでしょ」
考えるだけ無駄ということだ。
「当てになんないわね。でもその可能性を信じようかしら、ちょっとだけカッコいいと思っちゃったし」
「コハル、私たちに迷惑だけはかけないでくださいよ」
結果的に曖昧なままこの件は流れた。
偽物だろうが本物だろうが喧嘩売ったことには変わらないからな。
しばらくして式の後の移動先の案内が始まった。
どうやら2組に分かれ、魔法の適正検査組とステータス確認組で行動するらしい。
座席の位置で分けられ、僕たちはステータス確認の組へはいることになった。
順に移動をしていくのだが、悪目立ちをしたせいで僕ら3人に近づいてくるものは1人もいなかった。
「あからさまに避けられてるわね」
「テスラ君は悪くないのに」
「いいよ、べつに。2人がいてくれるだけありがたいよ」
「まっ、仕方ないじゃない。あんたには借りがあるし」
「借り?そんなのあったか?」
「コハルは多分殴った時のことを言ってるんですよ」
「ちょっとスイハ!やめてよ!」
「あーそうか、あの時は治療してもらって宿紹介しただけだもんな。だから借りか」
「そういうことよ。それに代表のそばにいたら私も偉くなった気分になるのよね」
得意げなコハルだがそれ目当てなのが丸出しだ。
「はしたないですよ、コハルは。私はテスラ君といるのが楽しいですし、頼りになりますから」
そう言ってスイハが腕にくっついてくる。
8歳のからだに抱きつかれてもなんとも思わないが、顔が近いのは少しドキドキとした。
「ありがとうスイハ。でもちょっと顔が、ちかい。」
「あっ。ご、ごめんなさい」
意外な大胆さに驚いたがそれだけ慕ってくれているのは嬉しい限りだ。
「なによ、あんたたち。あたしを放置していちゃついちゃって。ほら行くわよ」
そう言ってコハルはぼくたちを放置して先に進んでいった。
「ちょっと待ってよ。スイハ行こ!」
手を差し伸べるか迷ったがなんとなく気恥ずかしくなり引っ込めてしまったが、スイハは僕の袖をつかんでいた。
「こうしててもいいですか?」
上目遣いの威力は抜群で言葉にならずコクコクと頷く。
袖を掴むスイハを軽く引っ張る形でコハルの後を追った。
大聖堂を出て右手、校舎とは反対のコロッセウムのような出で立ちの建物へと行くことになった。