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入学前日 その3




この世界で知っておきたかったことはとりあえず、知ることができた。


文字が読めるようになり、お金も相場がわかったことが何よりだと思う。


当初の目的であった1人で街を歩くことにリベンジすることに決めたのは入学前日の今日だ。


入学して寮に入ってしまうと自由外出があるかまだわからないという理由が一応あるが、逃げたままでは流石に情けない。


意を決して宿から外へ出る。

やはりドラグニカや、ミューは荷車を引いており、ここが異世界なのだと改めて実感する。


「はぁ、やっぱりこんなものか」


思わず口から出てしまったのは自分の馬鹿さ加減に対して呆れてしまったからだ。

八百屋や、出店、武器屋、仕立て屋、アクセサリー屋。

外から見ても何の店かくらいはわかるのだ。

一度外へ出たにも関わらず1人で異世界にいることによほど余裕がなかったと今更ながら思う。


物は試しにと無骨な佇まいの店へ入ってみる。

良くも悪くもここに入れるならば他の店はわりと気軽に入れそうな気がしたからだが。


しかし、店内に入ると店員の目がジッとこちらを睨むように見ているのがわかった。


「坊ちゃん。ここはガキ1人でくるような場所じゃねぇぜ」


脅し口調とその強面な見た目は畏怖するなという方が難しいくらいだ。


ここは武器屋のようでたしかに体の小さな自分が買えるような品はパッと見たところない。


「ほら、見たらわかったろ、親連れてきたって坊主の使えるような品はうちにはねぇんだよ」


「すいません、失礼します」


早期退散がベストだろう、現に向こうがあえて出て行けと警告しているのだ、ここは日本じゃない。暴力沙汰もあっておかしくはないのだ。


軽くお辞儀をして店を出ようとしたとき、右手のガラクタ置き場のように乱雑に置かれた武器の中に刀のようなものが見えた。


「あっ!」


思わず声を出してしまったことに気づき慌てて口を手で塞ぐ。


「あぁん?まだなんかあんのか、コラ。ん?あぁ、そこのガラクタか。へっ、いいぜ、ビビらずにこの店に入ってこれた記念に1つそこから持ってきな。どうせ明日にゃゴミ行きだからよ。取ったら帰れよ」


しっしっと軽く外に手を振る。


「あ、ありがとうございます!これ頂いていきます!」


一本の刀を手に取り深く礼をする。


「おう、ただ危ねぇから振り回すなよ」


忠告に再びお辞儀をして店を出た。


「それにしても…」


店を出て街を歩きながらもらった刀を見ていた。

反りのある刀身、鞘から出せば片刃であることがわかる、多分日本刀だろう。


刀には詳しくないがどうも既視感のある見た目なのだ。


歴史物の漫画やアニメ、ドラマでも見たそれにそっくりだから日本刀、勝手にそう決め込んでしまったが問題はないだろう。

どうせ片刃の剣くらいにしか思われない。

さすがガラクタと言われていただけあって刃はガタガタ、サビもあるようだった。


叩く棒程度には使えそうなので腰に刺して帯刀する。

鞘についていた紐を持ち手にぐるぐる巻いて抜けないようにしたから刃が出ることはないはずだ。


「武器が手に入ったな。使えない刀だけど」


ただ実際武器を持つと安心する。

強くなったわけではないのだが気持ちが大きくなるとは多分このことなんだろう。


外の怖さなど微塵も感じなくなりーーすでになくなってはいたが、意気揚々と街を見渡す。


おおよそ同じような高さのならぶ建物が左右に連なりこの道を作り上げている。


形はまちまちだがどれも各階ごとの窓があるようでだいたい3階建くらいだろうと思われる。


建物の1階では店を出したり、外に屋根を出しその下で物を売ったり、空いたスペースを貸し出しているのだろう屋台が出ていたりと賑やかな商店街にいる気分になる。


初日には分からなかった光景だ。

下しか向いていなかったせいで覚えているのは地面が石畳でうまく綺麗に舗装されているくらいだったからな。


再び情けなさを感じていた時、ふわっと鼻腔をくすぐる匂いがしてきた。


匂いの元は目の前の煙だろう。

白煙に包まれた炭と肉の焼ける匂いは街の人間を引き止めるには十分なパフォーマンスだった。

この匂いを嗅いで食べない選択はない、屋台で食べ歩きをすることに決めた。


屋台は店よりも比較的行きやすい。

お金さえ払えばすぐに品物を渡してもらえるので子供でも態度が変わったりはしないからだ。


まぁ元の世界でも似たようなものだ。

子供がブランドショップへ1人でやってきたら注意して退出してもらうだろう。

ガキにはまだ早いと追い出される、信用がないのはもちろん買うお金もないのがわかりきってるからな。


それに比べて屋台は祭りやイベントで出ているだけあって誰にでも寛容に対応する。たまに無愛想なやつもいるが。

それでも子供だからとないがしろにはしない、買ってもらえるなら別に年齢なんてどうでもいいのだ。

どの世界でも似たようなものということになる。


煙の出ている場所では今もジューッと音が鳴りその側では爬虫類のような人がせわしなく串の焼き加減を気にしている。

爬虫類の人とは言ったが見た目は完全にトカゲだ。

ただ器用に手を使っているし、何より二足歩行、獣人ーーいや獣じゃないから魔人だと思われる。


「おっ、少年どうした?」


じっと見つめるのに気づいたのか声を掛けてきた。


「その串を1つください!」

「まいどあり!ちょっと待ってろ、今焼きたて渡してやっからよ!」


手際よく串を回していき、焼き加減もこだわりがあるのか数個持ち上げては戻して再び火にかける。


「はいよ、銅貨1枚だ」


網から一つ取り手渡しされる。

ポケットに入れていた銅貨を出して渡す。


「ちょうどね!またきてくれよ!」


見てくれこそトカゲだか中身は粋のいいあんちゃんだ。

気分のいい屋台だった、もらった熱々の串にかぶりつく。

炭火の香ばしい香りが鼻の奥を通り抜け、肉の旨味を引き立てている。

肉自体も赤身肉なのか、少し硬さはあるがそれでも旨味をしっかりと閉じ込めているのだろう、噛めばじゅわりと肉汁が舌に絡みつき思わずご飯が欲しくなる。


しかし肉の食感が今まで食べた肉のどれにも当てはまらないような食感だった。

牛のようなこってりとした脂のコクがあるのだがどこか鳥のようにサッと嚙み切れる感じもするのだ。


屋台に何かしら書いてあると思い振り返り、上の方に書いてある文字を見つけ読んでみる


『絶品!カエル牛の串焼き』


「うげぇ」


思わず串を遠ざけてしまった。

カエルは食用にもなり、味も淡白で鳥のささみに近いとは聞いていたが、いざ自分の目の前にありそれを食べていたと思うと少し驚きを隠せない。

カエル牛なんてものは聞いたこともないわけだから尚更危険視をしてしまう。


ウシガエルというのもいるがもしその肉ならば白い繊維質の肉になるはずだからこの肉はそれではないことはわかる。


とりあえず口直しをしようと近くにあった飲み物を売っている屋台へ立ち寄った。

人当たりの良さそうなお姉さんが三角巾とエプロンという定番スタイルで対応してくれた。


「いらっしゃいませー!」


「何か飲むものが欲しいんですけどおススメとかってありますか?」


「おススメですか…んー、君みたいな子供が飲むならみかん水かなー」


「じゃあそれでお願いします!」


「はーい、ありがとーございます!」


後ろの箱からみかんを数個取り出すと皮をむいて陶器のコップへいれる。

ボソボソっとお姉さんが声を出すとコップの中のみかんは一瞬で液体になっていた。


うぉ、すげー。そんな感想しかでてこなかったのはまだ見慣れてない魔法のせいだ。


「お待たせしましたー」

「ありがとうございます」


コップを手に取り一口飲んでみる。

想像通りの果汁100%のみかんジュース、白い繊維や皮の口当たりがない市販のような味だ。

ただ正直、口直しは建前で聞きたいことがあったのだ。

「そうだ、お姉さん。カエル牛って知ってますか?」


串屋のすぐ隣のこの店なら知ってると思ったのだ、あのトカゲの兄ちゃんに聞くのが一番だが買った手前知らないものを買ったやつと思われるのは恥ずかしかった。


「隣の店のですね、知ってますよー?見た目は牛なのに色がカエル色。飛べないけど後ろ足がかなり発達してるのが、カエル牛ですー!」


「カエル色ってことは緑…ってこと?」

「そうですよー!鮮やかな緑色です!まぁ死んじゃうと泥みたいな色に変わっちゃうらしいですけどねー」


カエルの特徴のある牛で色が気持ち悪いってことだな。それなら問題ない、なんせ味は美味しい。


「そんな生き物もいるんですね。あっ、これご馳走様でした」


コップ一杯程度のみかんジュースを飲み干し陶器のコップを返却する。


「またいらしてくださいね!」

「ぜひ」


軽くお辞儀をして屋台に別れを告げる。

手元に残った数枚の肉を全て口に放り込み、串を近くにあったゴミ場へ捨てた。


あまり神経質になるのはよくないな。

異世界の生き物を食べるのが当たり前なのだから気にしたら何も食べられなくなりかねない。


まずは食べたところ勝負としよう。


そのあとは満腹になるまでひたすら食べ歩いた。


ある程度食べていてわかったが味は美味しいものばかり、しかし食感がやはり味わったことのない独特なものが多い印象を受けた。


自分が何を食べているか知らなければ普通に満足して終われるのだがたまに目に入る食材が変わったものだと知ってしまうと…やはり味よりもそこに集中してしまい食欲が失せていく。


慣れだな。そんなことを心に聞かせながら先ほど買った豚角煮を食べていた。

チラッとオークのどうたらと書いてあった気がしたがやばい気がしてすぐに目をそらした。

何もみてない。そう念じながら角煮を一口食べる。

うん、美味い。とろとろに煮込まれていてしっかりと味も染み込んでいる。


だいぶお腹も膨れて食べるのもキツくなってきたので宿へ戻ろうかと思っていると、少し先の方に人だかりができているのが見えた。


気になって見に来てみるが大人が周りを囲っているので小さい僕ではまるで入ることも隙間から見ることもできず、ただ後ろをうろちょろとするしかなかった。


たまに歓声が上がるので何かしらしているのだろうが一向に見える気配がない。

仕方なくそこから離れようと後ろの方を歩いていると真横から人が突然飛び出して来た。


ドンッ。


避け切れるわけもなくそのまま尻餅をつくように後ろへ倒れる。ぶつかって来た人も勢いそのままに僕の上へ乗る形で倒れこんできたので思わず抱きかかえるが、そのまま衝撃を受け背中を地面に打ち付けた。


「いててて」


少し咳き込む程度の苦しさを感じたがそれよりも久々についた尻餅でお尻の方が痛かった。


「君大丈夫?」


上に乗っかっている子に話しかける。

今、抱きかかえているのが女性ーーいや少女というほうが正しいかもしれない、だと今更ながらに気づいた。


黄色みの強い緑色の髪は一つに束ねられ、シャツにサロペットスカートの服装はどこか中世らしさが拭いきれない雰囲気をだしている。どこがそうさせているのかと問われたら色合い、くらいしか答えようがないのだが。


なんにせよ今はこの少女の安否が気になるところだ。

再び大丈夫か尋ねようとしたとき、自分がしてしまっていることに気がついた。

妙に左手の支え具合が心地よく感じるとは思っていたのだ。それこそふわふわな、手にちょうど収まる柔らかさ。鷲掴みといえばいいだろうか?しっかりと握りしめているのだから逃れようはない。


「あ゛っ!?」


声にならない声とはこういうのだな。

やけに冷静な反面、背中には冷や汗がダラダラと滲み出ているのがわかる。


さらに悪手を打ってしまった。

「ごめんなさい!」と急いで手を離し上へ挙げてしまったのだ。

周りからすれば抱きかかえてまで少女を守った程度に思われていたのが突如、手を離しさらに両手を上へ挙げているのだ、何かしら触ったなと思わないほうが難しいだろう。


ヒソヒソと小声で周囲の人たちが会話をする。

正直いたたまれない気分だ、早くここから離れようと上で未だに動かない少女の肩に手をかける。


「あの、そろ「触らないで!!この変態ゴミクズ!!!」」


喋りかけた瞬間に起き上がり突然の罵倒。

呆気にとられる間も無くズドンと一発、右ストレートが僕の顎を的確に捉えた。


嘘だろ!思わず叫びたくなる思いだったが、それは叶わない願いだった。

口の中に突如広がった鉄の味に不快を覚えたのを最後にそのまま意識が飛んでしまった。


ーーーーーーーーーーー



目を開けると見覚えのない部屋にいた。


「知らない天井だ」


「はぁ?当たり前でしょ?まだ意識が朦朧としてるのかしら?」


ちょっとした小ボケが通じるわけもなく正論をぶつけてくるのは、こんな状況にした張本人、先ほどまで抱きかかえていた少女だ。


「いや、意識はしっかりとしてるよ。言ってみたかっただけだから気にしないで」


「あぁ、そう。私のせいでおかしくなったなんて言われたらたまったもんじゃないから、安心したわ」


「やっぱり君のせいで僕はここにいるんだね、見事な右ストレートだった。避ける気にもならないほど鮮やかだったよ」


ははっ、と皮肉を込めた笑いを浮かべる。ズキっと口の中が痛むが顔をしかめるほどではない。


「あら、元はと言えばあなたがいつまでも私のその胸を揉んでいたのがいけないんじゃないかしら!」

「揉んではない!触ってたことは謝るが揉むは語弊がある!!」

「一緒よ!私からしたら触るも揉むも一緒!殴られても文句が言えるとは思えないわ!それにあんな人前で辱めを受けさせるなんて」


うぅ、と顔を手で塞ぐ。


「あ、いや、それに関しては本当に申し訳ないと思ってるよ。ごめん」


「はい、認めたー!悪いのはあんた!私は何も悪くない!!」


くそ、泣き真似かよ。この世界に来て初めてこんなにイライラしている。

無駄に顔は可愛い顔をしているから余計にそれがムカつくのだ。


「たしかに悪いと言われるのは仕方ないが、そもそも君がぶつかって来たせいだってことを忘れてないか?それに殴ったことに対して一言も謝りがないのはどうなの?」


「そうよ、さっきから聞いていればコハル、一方的に責めていたけどそもそも悪いのはあなたよ?」


「うぐっ、なんでスイハまでそんなこというの!」


少女の後ろにあった扉から出てきたスイハと呼ばれる同じく少女が立っていた。

黒髪のロングヘアに着物だろうか?和服に身を包む姿は大和撫子と言っていいほどの美しさだ。

そんな美人な少女が僕に味方をしてくれるようだ。


「当たり前でしょ?あの人混みを突然つまらないと走りだしたのはあなたよ?前が見えないのだから誰かとぶつかることくらいわかったでしょ?それさえしなければそもそも、あなたが胸を触られることだってないわけだし、その男の子に当たるのはお門違いよ。」


「そ、それでもやっぱり触られるのは納得いかないわ!」

「うふふ、いい加減にしなさい。その貧相な胸ならむしろ何度か男性に触られたほうが成長するのでは?納得よりもまず謝罪。でしょ?」


スイハと呼ばれる少女の背後から恐ろしい覇気が見て取れる。


「は、はい。わ、わかったわよ」

そういうとこちらを向く、嫌そうな顔をスイハからは見えないので隠そうともしていない。


「その…ゎ…かっ…よ」


「はい??」本当に何を言ってるのかわからないくらいボソボソと謝りやがった。


「だから!悪かったって言ってんのよ!このゴミ聴力!!」

「コハル」


ガシッと肩を掴まれたときの表情はそれはもう絶望感としか言えないほどのものだった。


「い、いや。スイハちゃん?ち、違うのよ?こいつが変なこというからね?私悪くないのよ?ねぇ聞いてるの?目が怖いよ?スイハちゃん?」

「コハルにはガッカリよ。まさか人様に謝ることもできないなんて。私今日であなたと友達関係やめるわ」


「そ、ぞんなごどいわないでぇ〜」

突然の号泣。悪いのは彼女だから救いようがないがそんなに泣くかね?


「ごめんなさいね、昔はもっと素直な子だったのに。変にちやほやされて育ったもんだからいつのまにかこんな傲慢になっちゃって」

「いや、いいよ。変な気を使われないだけマシさ。それに、子供の駄々っ子だと思えばそんなに気にならない。パンチの威力だけは大人顔負けだけど」


「ふふ、面白いこと言うのね。私は水面(みなも)スイハ。でこの子が日和(ひより)コハルよ、よろしく」


真っ赤に目を腫らしたコハルがスイハの後ろから睨んでいる。鼻水垂れてるぞ。


「僕は日向(ひなた)テスラ。よろしく」


「テスラ様はアカデミーの生徒さん?」

「テスラでいいよ、あぁ、正式には明日入学式なんだ」

「そうなのですね。私もコハルも明日からアカデミーなんですよ、何かの縁かもしれませんね!」

「そうだな、縁はありそうだな。二人は幼馴染とかか?」


「えぇ、この街から少し遠い村からきましたの。コハルとは先ほどまで幼馴染でしたけど今は赤の他人になりましたね」

「ズ〜イ〜バ〜、ゆるじでぇ〜」


この言葉を聞いて再び大号泣だ。よっぽどこのスイハには依存しているのだろう。


「嫌よ。少なくとも今日はあなたを許す気は無いわ。そうだ、テスラくんはどこか宿泊とかしてらっしゃるのかしら?」


「あぁ、ここがどこだかわかんないけど『うさぎの森』って宿でお世話になってるよ」


「うさぎの森!いいところでお世話になっているのですね!私も今日はそちらに泊まらせていただこうかしら。明日からは寮になりますし、この宿も飽きてきたところでしたからね」


「えっ、ズイハどこいくの?」

整った顔が見る影もないくらいひどくなっている。

コハルと言われても気づかないくらいひどい。


「うさぎの森です。私は今日そちらでお世話になるでコハルはこの宿で一人で過ごして反省してください」


あっ、本当にくるのか。


「えっ、やだよスイハ、出て行かないでよ。一人じゃ寂しいよ」


さっきまでの傲慢さのかけらもない、見ていられないくらいの様変わりだ。本当に子供だ。

いや、子供なのか。あまり気にしてなかったが僕らは8歳程度の年齢の子供なのだ。小さな出来事で簡単に人は変わってもおかしくはない年齢だ。

ガキの胸を触って言い争っていたことに気づき、長いため息が出た。


「コハルさん、そんなこと私には関係ありません。悪いのはあなたなんですから寂しさよりも罪の重さを感じてください。」


キンッと冷たい言葉を投げかけられ、コハルの表情がどんどん酷くなっていく。

それは恨みにも似た表情。


これ、やばくね?刺されるパターンでよくあるやつだ。


「さぁテスラくん、私は準備するのでもうしばらくだけ横になってお待ちになっててくださいね!」


「ち、ちょっと待ってくれ、スイハ。流石にコハルも反省してるようだ許してもいいんじゃ、それにこれ以上追い詰めると何しでかすかわからないといいますか、身の危険を感じるといいますか…」


「ダメです!そうやってこの子は簡単に甘やかされてきたのです!たまにはビシッと言わないとこのままじゃ迷惑かけるだけの人になってしまいます!」


意思は固いのね、そのせいで…あぁ、やばいもうあれは恨みで済まない顔してるよ。


「それではテスラくん私は出る準備してくるので少し横になってお待ちください」


そして隣の部屋へと出ていった。

この部屋にはコハルと僕の2人きり。

殺意があれば簡単にやられてしまう状況だ。横になりたいがなった瞬間馬乗りになって襲われたら終わりだ。


「ねぇ」


ビクンッと体が跳ねたのがわかった。

コハルが喋りかけてきたのだ。


「そんなに怯えなくても私はもうあなたに手は出さないし、何か言うつもりもないわ」


ぐったりとした喋り方だ、最初とはだいぶ印象が違う。

「私、わかってたのよ、自分がしちゃいけないことしてるって。それでも周りは許してくれたし、何よりスイハが見過ごしてくれてたからいいんだって、勝手に思ってた。でも、そうじゃなかったのね。」


まぁスイハの言葉を察するに自力で気づいて治すのを期待したんだろうな。


「1番の友達の期待を裏切ったのよ。私は。あれだけ言われて初めて気づいたのよ、私がどれだけ傲慢なやつだったか。ごめんなさい、ぶつかったことも殴ったことも謝るわ」


でも、と続ける。


「スイハだけは渡さない。あの子は私の親友よ。あんたみたいな胸揉みしだく男になんかぜっっったいに仲良くなんてさせない!」


もう正直どうでもよくなってきた。


「悪いがスイハのほうから歩み寄ってきたんだぜ?それを無下にするほど僕は酷くないし、スイハは美人だ。むしろお願いして仲良くなりたいくらいだよ」


「やだやだ。そうやって言ってスイハの胸目当てなんでしょ!あの子はまだ成長段階なのにあんなに大きくなって、私なんてまだちょっとだけなのに。この変態!!」


「俺は美人だって言っただけだろ!!なんでそこで変態なんてことになるんだよ!この傲慢暴力女!」

「うるさいわね!あんたが胸揉んだからに決まってるでしょ!女は胸で決まるとしか考えてないのがまるわかりよ!」

「偶然の事故だって言ってんだろ!それに揉んでねぇんだよ!それなら勝手に価値観決めんな!!」


ドン!

入り口には鬼神のオーラを放つ少女が仁王立ちをしている。


「これはちがうのよ!謝ったのにあいつが意地悪するの!!信じて!」

コハルは必死に言い訳をしているが多分ダメだろう。


ニコッとスイハが笑うと部屋は緊張感で息苦しくなる。


「テスラくん、準備できましたよ、さぁ行きましょ?」

「はい!」


拒否なんかしたら殺す。そんなプレッシャーがすごかった。勢いよく返事なんかしちゃったもの。


「コハルさん、明日の入学式遅れないようにね」


そう言ってさっさと部屋から出ていった。

チラッとコハルを見たがもう何も言う気力はないらしい。

かける言葉がないのでそのまま素通りし、スイハの進む後ろについて行くので精一杯だった。


しばらく歩くと見たことのある通りに出た。

時間は夕暮れ時、予定では帰って休んでるはずだった。


「テスラくん、改めてごめんなさいね」

スイハが申し訳なさそうにこちらを見ていた。


「いや、気にしないでくれよ。これからは学友になるわけだしさ。スイハが怒ると怖いこともわかったしな!」

「むぅ、あれはコハルとテスラくんが悪いんです!」

可愛らしいむくれ顔だ。

「そうか?でも何故かコハルが文句言ってくると反撃したくなるんだよなー」

「ふふ、そんなことする男性はテスラくんだけですからね、余計コハルも言い返すんでしょうね」

「そういうもんか?」

「そういうものです」

ふっと思わず2人で吹き出し笑ってしまう。


楽しい会話をしながら『うさぎの森』へと戻ってきた。


ギドとエマに経緯を説明して宿に泊まらせてもらえないか頼んだらあっさりと了承してくれた。


なんでもテスラがいうなら大丈夫だ、らしい。

いつのまにかそんなに信用されたのか。


とにかく無事に宿も確保することができ、この一件は終わりにしたかったのだがその日の夜、コハルがやってきて、またひと騒動起こしていった。


内容はもう、いいだろう。思い出すのも疲れる。


結局スイハが折れる形でコハルをそのまま自分の部屋へ連れ込みいっしょに寝たようだった。


入学前日の夜はいつもよりも静かで虫の音がいつまでも響いていた。




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