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初めての出会い

 部屋から出る前に下調べしようと思いしばらく窓から街を覗くことにした。


 街を見渡せば見渡すほど現実味は薄れていく。


 電気が使え、不便さが車や携帯電話がないだけでも目の前を歩く獣の一部が付いている人間や会話する狼をまざまざと見てしまうとやはりここは自分の知らない世界だと芯から実感させられる。


 窓から下を覗けば石畳の通りが相も変わらず賑わっており、活気あふれている。


 ただ時折人混みを裂くように積荷を運ぶ馬車が通るのだが、それが異質な光景にしか見えない。


 馬車なのだが引くのは馬ではなく、トカゲのような見た目で二足歩行の爬虫類生物だったり、羽を全身に纏うダチョウのような鳥だったりと見慣れない光景が目の前を自然と通り過ぎていく。


 他にも様々な生き物に引かせているがトカゲと鳥の多さから基本的に運搬用に使われやすいみたいだ。


 そんな生き物の手綱を取っているのが人間はもちろん亜人(差別的意味はない)で、人ではない見た目のものが生き物を操るというのはなかなか不思議で面白く目に映った。


「トカゲを操るトカゲ人間か。これはなかなかに強烈な絵面だな」


 つい頬がにやけてしまうのを隠すこともなくそこからしばらく街を見下ろしていた。


 ーーーー


 観察していていくと、この通りは少なくとも治安は良く、差別などは比較的ないように見えた。


 小さな犬耳の子供が1人でおつかいできる環境のようだし、魔人と思われる可愛らしい女性も獣人や人に声をかけられ満更でもなさそうにしている。


 基本的に度を超えた行動じゃない限り周りも割と見て見ぬ振りのようだ。が、酒に酔って喧嘩をふっかけている男性が周りにいた男たちに取り押さえられ、近くの交番のようなところへ連れて行かれることがあった。


 犯罪まがいのことをすると痛い目にはあうようだ、街全体が自警団のようなものと考えておこう。


 居心地の良さそうな街。そんな印象を受けるには十分すぎるほどの街の賑わいと人の多さだ。


 いきなりの別世界で1人は少々不安だったが外へ行きたいという欲が出てくるほどすでに好奇心は膨れ上がっていた。


 あまり危険がないことがわかったからというのが一番の安心材料だがーー


「そろそろ下に降りてみようかな」


 獣人や魔人を見ても自然体でいよう。変に怪しまれる行動はしないほうが身のためだ。


 誰もいない部屋に行ってきますと告げ廊下へ出た。


 石の壁に所々木の装飾、木があることで石の無機質感は随分と和らいでいる。ホテルのように通路の左右に部屋があり、部屋数は左右に3部屋ずつと多くはない。


 連れてこられていた部屋は角部屋だったようで、右手には通路がなく壁に絵、その下に花が飾られている。


 こっちか、と左に進む、突き当たる少し手前に階段があり降りて行く、下の階は2階だったようで自分が3階にいたことをここで知った。


 2階も3階と同じ部屋割りがされているのを確認し1階へ降りていく。


 1階には宿泊する部屋はないが、その分広いスペースがありファンタジー系でよくある酒場のようになっている。


 丸テーブルやカウンターテーブルにまばらに人が座っている。雰囲気に似合わず比較的女性が多いのが気になるが。


「おっ、坊主!起きたのか!」


 カウンターの奥にいたガタイのいい色黒の大男が声をかけてきた。隣には白い髪に垂れ耳の生えた女性がグラスを磨いている。


「は、はい、えっと…」


 突然話しかけられたことで言葉につまってしまうが大男の隣にいた女性がそれを知ってか知らずか紹介してくれる。


「彼はこの宿の主人。見た目は怖い、厳つい。でも気さく。怖がらなくていい」


「ガハハ、言ってくれるな!顔だけは変えられねぇ!怖くても勘弁してくれ!おりゃこの宿の主人やってるギドだ!よろしくな!」


 赤いバンダナの後ろから見える黒のドレッドヘアが印象的だ。


「あっ、こちらこそよろしくお願いします」


 こっち座りな!と手招くギドの元へ小走りで向かいカウンター席へ座る。


 それにしてもこのいかにも争いごとが好きそうな男性が主人か、宿屋の主人ってもっと白髪のおっとりとした年寄りを想像していた。


「話は派手なじいさんから聞いてるぜ、他の国からわざわざアカデミーに入学しにきたらしいな!ところでじいさんは?」


「えっと、なんだか用事を思い出したとかで旅立っちゃいました。1人でもここの宿の主人ならいろいろ手助けしてくれるから大丈夫と言われて…」


 ちょっと嘘だ、仕方ない。ギドには悪いが協力してくれないと困ることが多くなる。


「薄情なじいさんだな!まぁ俺の知ってることならいくらでも教えてやるよ!一応アカデミーの卒業生だからな、先輩として後輩はほっとけねぇや!ガハハ!」


 この国の人は子供の時にアカデミーに通うっていう話だったな。


「そうだったんですか!ギドさんはこの国生まれなんですね」


「おうよ!よくわかったな!いや、坊主は他国からきたからアカデミーが義務だって知ってんだな!他国っつうとここら辺の近隣国からきたのか?」


 あっ、しまった。話題にしちゃダメなやつだった。

 どうするか………まぁ素直に言えばいいか。


「えっと…小さい島国なんで知らないと思いますが日本ってところなんですが」


 知らない国ぐらい一つや二つあるはずだ。多少の誤魔化しはきくだろう。


「おっ、日本か!この国だと知ってるやつは少ねぇかもしれないが、俺が知る限り国の領地は小せぇが全く知らないって国でもないはずだぞ?」


 えっ、おかしいぞ。日本が存在してる?


「ギドさんの知ってる日本はえっと…極東にあるとかのですか?」


「他にあるのか?俺が昔聞いた話だと片刃の剣で刀と呼ばれる武器があって武士、侍と呼ばれる屈強な戦士がいると言う話だったが違うか?」


「い、いえ!合ってます、その日本から来ました!」


 説明を聞く限り日本で間違いはなさそうだが、どうやらこの世界の日本は僕の元いた世界の戦国、江戸のような時代になっているようだ。


 しかしなぜ異世界なのに同じ国名で似たような文化になっているのか、こればかりは今はまだわかりそうもなさそうだ。いかんせん知名度が一般的ではなさそうだし。


 とりあえずは日本出身というのは今後やめておこう。

 深く突っ込まれたときの知識が明らかに違う場合がでてしまうだろうし。


「それにしても遠いところからわざわざやってきたな!アカデミーのためにだけこっちへきたのか?」


 ほらね、こういうことのになる。

 どうするか。日本出身ということの物珍しさのせいで話題から抜け出せそうもないぞ。


「い、いえ、日本生まれなんですが幼い頃に日本を離れて、この国に近い別の国で過ごしてたので。アカデミーもたまたま行けることになったんです。なんで実は日本のことも小さい頃に話で聞いたくらいでしか知らないんです」


 子供らしく、それらしい理由をつける。少し苦しい言い訳だろうか?


「そうか。まぁ日本出身だと周りから珍しそうに見られるからあまり聞かれるのも困るわな。近い国っていえばスイスベンかリヒティッシュか。これからはそっちを出身ってことにしといたほうがいいな」


 僕の表情を察してくれたのだろう。

 あまり日本のことに突っ込んで欲しくないからな。スイスベンとリヒティッシュが近隣国の情報も得れたし。


「そうなんです、ありがとうござい『ぐぅ〜〜』」


 お礼と同時に大きく腹が鳴った。

 思わず顔が熱くなる。

 これではまるで子供じゃないか、いや、見た目は子供だけども。


「なんだ、腹減ってたのか!話し込んで悪かったな!そんな顔赤くしなくてもガキはガキらしくしてりゃいいんだぞ!お前さんの宿泊やらの金は前金でたんまりともらってるからな!食事がしたきゃ言えば作ってやるさ!とりあえずこれ食え!」


 テーブルに出されたのは見覚えのある料理だった。

 白い皿の上に乗るそれは甘い匂いを纏った白い湯気を薄らと漂わせている。


「これは卵液にパンを染み込ませて焼いたもの。卵液は卵と牛の乳、砂糖を混ぜ合わせ甘い香りの粉を混ぜたの」と隣にいた女性が説明してくれる。


 多分これはフレンチトーストだ。

 テレビで作ってるのを見たことがあるが確かそんな感じの調理方法だった気がする。


「ガハハ!これはこいつが考えたメニューでな!これを店に出してから気づけきゃ酒場が女の溜まり場になっちまったよ!しまいにゃ洒落たぶどう酒だ、香薬草水を出せなんて言って来やがって、男臭さが売りだったっていうのに今じゃ人気の甘味処扱いだ!まぁ売り上げは上がってるから俺としちゃウハウハなんだがな!ガハハ!」


 へぇー、やけに女性が多いと思ったらそんな事情が。とりあえずナイフとフォークで一口サイズに切り食べる。んっ、確かにこれはーーー


「めちゃめちゃ美味しい!」


 甘さも絶妙ながら食感がふわふわとして口の中で溶ける、この味ならば女性だけではなく男性でも好きな人はいるだろう。

 共に出された香薬草水は飲んでわかったが紅茶だ、これもまた甘さとマッチしている。


「この飲み物もいい香りで美味しい!」


「香薬草水を美味しいなんていう子供は初めてだな!大人だって甘い蜜を入れてじゃなきゃ飲めないやつもいるのに!その薬草水もこいつが薬草の種類からなにまで選び合わせて作ってんだよ!自慢の看板娘だな!俺からすれば金のなる木だな!」


 ガハハと笑うギドを女性はムッとした表情をし見 ながら食器を片付けている。金のなる木はダメだな、うん。

 それにしても…


「自分で合わせて作ったなんてすごいですね!どこかで勉強してたとか?えっと、ーーー名前は…」


「エマ。呼び捨てで構わない。」


「いや、流石に呼び捨ては。せめてエマさんと呼ばせてください」


 むぅ、と不満げな顔をしたが仕方なさそうにわかったと言い僕の質問へ答えてくれる。


「昔、東の帝都にいたから。あそこは娯楽が多い。甘味もたくさん種類が広まってる。その1つをここで作ったの。香薬草水の作り方は独学」


 帝都と呼ばれる国があるらしい。娯楽が多いとか甘いものが多いのはいいな。いつか行って見たいもんだ。


「そうなんですね、独学でこれは素晴らしいですよ!エマさんはすごい才能ですね!」


 照れたのか、さっきまで垂れていたミミがピクンと1回跳ねあがった。


 目の前で見た動くミミを珍しそうな目で見ていたようで。


「エマが珍しいか?確かに白兎の獣人は滅多に見ることはないが」


 ギドが不思議そうに尋ねてくる。


「い、いえいえ!そんなことはないです!耳が動いたのが可愛いなと思ってつい見ちゃったというか」


 危ない、今は獣人も魔人も普通に存在する世界にいるのだ。あまり見過ぎるのはよくないな。


「可愛い。ありがと」


 そういうとエマはそそくさと裏の部屋へと行ってしまった。


 ――――――――――


「エマの野郎、照れてやがるな!ガハハ!」


 時間にして5分くらいだろうか。


 エマが部屋へ入っていってからギドは他の客の対応をするため僕の前から離れた。

 その間出してもらったフレンチトーストを食べさせてもらっていると戻ってきたギドがこんなことを言ってきたのだ。


 部屋に行ったきりしばらく戻ってこないエマのことは、ギドにしてみればお見通しのようであった。


 自分で言ってしまうのもなんだが、こんな子供に可愛いと言われて照れるものなのだろうか?


「そりゃ今となったら女子の客が多いがここはもともと酒場だからな、おめぇさんみたいな子供は滅多に来ねえし、くるのは大抵仕事終わりのおっさんたちばかりよ!そこでもよく可愛いだ一緒に出かけようだ誘いはあったが白兎っつう種族は心に敏感でな、多少の下心とか混じり気のある褒め言葉はバレるんだ。そんでもって嬉しくねぇらしい。」


 なるほど。白兎族固有の力のようなもの、もしくは野生のカンが普通より働くのかもしれない。


「が、おめぇさんは素直で純粋無垢ときたもんだ。そんな奴に可愛いと言われればそりゃ白兎の心感知をすり抜けてズバッとくるわけよ!ズバッとな!飯も美味いって言われて随分と嬉しそうだったぜ!まだ会って間もないのにとか言うなよ?ここらの人間なんて第一印象でだいたい好きか嫌いか決めちまうんだ、坊主はエマに気に入られたってことだぁな!あんな姿初めてみたよ!ガハハ!」


 嬉しそうだなギドさん。後ろの部屋からエマがジッと睨んでるが。


「顔に出すタイプじゃないからな、怒って下がったと思われてもしかたねぇが、あれは確実に照れて裏に下がった!おっさんが保証してやる!ガハハ!」


「うるさい、照れてなんかない。」


 照れなのか怒りなのかわからないが顔を赤くして部屋から出てきた。

 さっきまでの淡々とした印象はすっかりと消えて少女のような反応だ。


「ギド、嫌い。乙女心、傷ついた、寸々(ずたずた)


「悪かったよ!別に悪いこと言ったわけじゃねぇんだ、大目に見てくれや。機嫌を直すには……おっ、そうだ、坊主、名前はなんだ?」


 突然こっちへ振ってくる。


「あっ。えっと日向、日向テスラです」


「テスラね、エマ、あとは俺が店やるからテスラを連れて街案内してやってきてくれよ。小遣いは弾むからよ!」


 引き出しから袋を取り出し金のコイン1枚と銀のコイン5枚ほどエマへ渡す。


「ギド、お金で解決しようとしてる」


 エマがジッと睨む。あんまり怖くない。


「そうじゃねぇよ、機嫌取りついでのおつかい用だよ。仕入れもしてきてほしいのさ、新作の研究で欲しい食材もあるだろ?」


「むっ。確かに……しょうがないここは譲る。でもちゃんと反省して。あと街案内はする。まかせて」


 自信ありげな表情だ、酒場なだけあって街の情報には詳しいんだろうな。


「わかったよ、心の底から反省しとくよ。準備できたら早く出かけてこい、日暮れなんて出歩いてりゃすぐだ。あんまり遅くまで出歩くなよ!テスラ、エマのことちゃんと見てやってくれな!ガハハ!」


「は、はい。ちゃんと見ときます!」


 おかしい、エマがテスラを監視するの。と文句を言いながらエマは出かける支度をするため自室へ向かう。

 僕は特に持っていくものもない、というか何も持っていないので残っていたフレンチトースト口に入れエマの準備を待った。


 お待たせ、と言って出てきたエマは先ほどのエプロン姿から着替え、花柄の黒いロングワンピースでやってきた。色白のせいか黒と白のコントラストが絶妙だ。


「この国についてはエマも充分詳しいからな。わからないことがあれば聞いてくれ!アカデミーの場所もな!」


 ギドがニマリと笑いかける。


「あそこはいいところだ!何より頑張れば強くなれるところがいい!冒険者として少し名を轟かせた俺が言うんだ!間違いない!な、エマ!」


 やはりギドは元冒険者か。まぁこれだけ筋骨隆々で傷が彼方此方にある宿屋の主人が何もしてないわけがないもんな。エマも通っていたのか?


「知らない。私通ってない」


 そうか、さっき帝都に住んでたって言ってたから留学でこっちにきたのかと思ったが違うのか。


「通ってないか!まぁ確かに通ってないな!ガハハ!場所は通ってなくてもわかるだろ?テスラに教えてやってくれな!」


 ギドの深みのある言い方が気にはなるが気のせいだろう。


「バカにしないで。」


「じゃあ、頼んだぞー!そうだ、5番街だけはやめとけよー!」


「ん。わかった。テスラ、出発」


 楽しんでこい、ギドさんはガハハと笑いながら僕たちを送り出した。


 ようやく街中に出られるとワクワクしているのがバレたらしく、手。とエマと半強制的に手をつながされた。

 後から聞けばあのまま自由に歩かせたら迷子になりそうだったらしい。

 確かにエマのことを気にせずに屋台へ行きそうになってはいたが。


 しばらく街の中を歩き、そこで気になったことを逐一聞いて行くという流れで、この国について少しずつ知ることになった。




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