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蛍藻土/けいそうど

【蛍藻土/けいそうど】


 蛍藻土について語るには、まず蛍藻について説明せねばならない。

 しかし蛍藻について説明しようにも、あまりに突拍子もない話なので信じて貰えぬ。

 蛍藻土について語るのは、とても難しい。


 蛍藻とは光合成を行う植物性独立浮遊霊型生物である。

 実に飛ばした分類だ。

「浮遊霊」として区切られているのに、なぜその先に「生物」などという相反する単語をくっつけてしまったのか。

 結果、植物なのか、霊なのか、生物なのか分からない何かになっている。

 たいていの謎博物がそうであるのだが、発見者が高揚した気分のまま名をつけたせいで、後年「なんだそりゃ」という名称になってしまったものも多い。

 分類もしかり。直訳した結果こうなりました、と開き直るのがコツだ。


 蛍藻は気まぐれだ。解剖や顕微鏡はもちろん、物理的な捕獲はまず不可能である。


 蛍として分類していたものが、実は何物かの魂であったと判明したのは今から二百五十年ほど前のことだ。

 五月から七月にかけて。初夏の涼しさを感じる森深く。紺桔梗色に染まった木立の間に、またたく小さな黄色の灯火を見ることができれば、その近くには木々に蓄えた湧き水を海へと見送る清流を見つけることができるだろう。


 蛍藻は美しい川にしか生息……正確には死息というべきなのだろうが、生息していない。

 球形の黄色い花をつけるクラスペディア・グロボーサを思わせる愛らしい円が、風に飛ばされた綿毛のようにあちらこちらで浮かぶ光景は幻想的で、ふと気を抜けばあの世に連れて行かれそうな。そんな幽世に近しいものがある。


 蛍藻の季節は短いが、蛍藻土……蛍藻の化石は季節を問わず存在し続けている。

 蛍藻は死ぬと、形を残す。死んだ瞬間に現世に存在を許されるからだ。


 浮遊霊とて永遠には存在できぬ。いつかは消える。


 そのような概念に真っ向から喧嘩を売り、根本からくつがえした元気の良い浮遊霊の代表である。植物は生命力がたくましいと聞くが、死後もたくましいとは思いもしなかった。


 そうして長い間、透き通った碧水晶の底で眠り続けた蛍藻の体はいつしか積み重なって蛍藻土となる。

 耐火性に優れ、保温性に優れ、その吸着性はろ過する際の補助剤として役に立つ。

 こうして見つけられた蛍藻土で何が作られたかというと。


「謎博学部のやつはいるか? 蛍藻土を分けてほしい」

「校舎を跡形もなく吹っ飛ばせるくらいでいいんだ」

「論文の締切まで、あと十六時間しかない。その前にスベテヲ灰ニ」


 爆弾が作られた。火薬を抱え、ダイナマイトを抱え、安定した破壊兵器として蛍藻土は生まれ変わった。

 自分たちの行く末も知らず蛍藻は来年も静かに眠りにつくのだろう。願わくば、川底に集う死者の眠りを妨げないでほしいものだ。 


 蛍藻土について語るのは、とても難しい。


「愛しの実験用蛍藻土ちゃんたちに指一本でもふれてみろ! てめえら全員蛍藻にして川底に沈殿させたのち、化石になったら研究しつくしてくれる!」


 なお、蛍藻土マニアについて語るのは、もっと難しい。彼女の名誉のために言っておくが、普段は温厚な人なのだ。


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