表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

部屋星/へやぼし

【部屋星/へやぼし】


 この所、雨が降り続いている。

 夏から秋にかけ、しとしと土を潤す秋霖しゅうりんの恵みを愛でてはいたものの、三日も過ぎれば飽きもくる。

 何より洗濯物が乾かない。溜まりに堪る、由々しき問題である。


 六畳一間の畳部屋では干せる量も場所も限られる。

 とは言え、身軽な一人暮らしであるからして、窓際にずらりと並べられたハンガーの行列で事足りてしまった。

 石鹸の清涼感のある匂いが部屋に満ちるのは清々しいが、やはりこの所遠くなった青空が恋しい。


 外出する予定もなく、休日が溜まった家事を行う消化日と化してきている。

 乾拭きと水回りを終え、食材の下ごしらえも済んだ。

 こうなれば本屋にでも出かけたいところだが、こう雨続きでは外に出るのも億劫だ。

 この億劫さはどこから生まれ出づるものなのだろうか。湿度だろうか。


 結局、私は昼食の炒飯で膨れた腹を擦りながら、休日に可能な、至上の快楽であり堕落を貪ろうと決めた。即ち、昼寝である。布団の上に転がった瞬間、睡魔が我先にと集ってきた。戦わぬ以上、睡魔など恐るるに足らぬ存在である。不戦敗、万歳。




 微睡みの中、チカチカと瞼の裏で点滅する何かに起こされた。

 古びた目覚まし時計にしては瀟洒(しょうしゃ)な起こし方に、瞼を薄く開く。


 そこには夜空が広がっていた。

 綿埃でも舞っているのかと惚けた目を擦れども、埃がその場から動かぬことなどあり得ない。

 ならば、これは何なのだ。

 外からはザァザァと雨の降り続く音が聞こえている。

 

 消えた蛍光灯の丸い円を中心として、それらの星々はゆるやかに動いていた。

 灰色の世界の中で燐光が強く瞬きを繰り返す様は、星月夜を思わせる。

 

 これは天象儀(プラネタリウム)だ。

 ようやく眠りの縁から目覚めた私は、急速に覚醒する頭でそう結論付けた。


 燃える燐の炎に似た静けさと熱さを秘めた淡青色が、白銀の光を伴い明滅を繰り返している。

 真珠に似た乳白色の光が、つうと天井を滑り姿を消していく。

 桜貝に似た色味の星々が連なり、金平糖の川を築いている。


 有機電灯とは異なる、不規則な光源運動群体に向かって知らず指を伸ばした。

 あれらは冷たいのか。それとも熱いのだろうか。 


 突如として現れたあの星々の存在に心当たりがある。


 部屋星である。湿度の高い時期、または雨の日に現れる影星の一種。

 秋雨でも見られる事は確認されているが、やはり梅雨のものとは見える星も、座標も違うようだ。


 夕道(せきどう)に乗って現れたのか。

 ならば、今は雲に隠れて見えない陽が沈むまでの少しの間、この私的な宇宙空間を独り占めすることが出来る。何と優雅で豪華な休日の過ごし方であろうか。

 なお、どんなに美しく心が満たされた所で、夕食はもやしラーメンである。

 

 翌日は、前日の雨が嘘のようにカラリと晴れた。まさに秋晴れ。

 一日ほど洗濯日を間違えたか。

 否、一日早く洗濯したからこそ、あの素晴らしい宇宙空間に出会えたのだ。


 ベランダから見渡す風景。幾つかの家にかけられた白いシーツが眩しい。 

 そうだ、今日は布団を干そう。

 雨上がりを喜ぶ蜻蛉が、目の前を横切りどこかへ飛んでいった。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ