部屋星/へやぼし
【部屋星/へやぼし】
この所、雨が降り続いている。
夏から秋にかけ、しとしと土を潤す秋霖の恵みを愛でてはいたものの、三日も過ぎれば飽きもくる。
何より洗濯物が乾かない。溜まりに堪る、由々しき問題である。
六畳一間の畳部屋では干せる量も場所も限られる。
とは言え、身軽な一人暮らしであるからして、窓際にずらりと並べられたハンガーの行列で事足りてしまった。
石鹸の清涼感のある匂いが部屋に満ちるのは清々しいが、やはりこの所遠くなった青空が恋しい。
外出する予定もなく、休日が溜まった家事を行う消化日と化してきている。
乾拭きと水回りを終え、食材の下ごしらえも済んだ。
こうなれば本屋にでも出かけたいところだが、こう雨続きでは外に出るのも億劫だ。
この億劫さはどこから生まれ出づるものなのだろうか。湿度だろうか。
結局、私は昼食の炒飯で膨れた腹を擦りながら、休日に可能な、至上の快楽であり堕落を貪ろうと決めた。即ち、昼寝である。布団の上に転がった瞬間、睡魔が我先にと集ってきた。戦わぬ以上、睡魔など恐るるに足らぬ存在である。不戦敗、万歳。
微睡みの中、チカチカと瞼の裏で点滅する何かに起こされた。
古びた目覚まし時計にしては瀟洒な起こし方に、瞼を薄く開く。
そこには夜空が広がっていた。
綿埃でも舞っているのかと惚けた目を擦れども、埃がその場から動かぬことなどあり得ない。
ならば、これは何なのだ。
外からはザァザァと雨の降り続く音が聞こえている。
消えた蛍光灯の丸い円を中心として、それらの星々はゆるやかに動いていた。
灰色の世界の中で燐光が強く瞬きを繰り返す様は、星月夜を思わせる。
これは天象儀だ。
ようやく眠りの縁から目覚めた私は、急速に覚醒する頭でそう結論付けた。
燃える燐の炎に似た静けさと熱さを秘めた淡青色が、白銀の光を伴い明滅を繰り返している。
真珠に似た乳白色の光が、つうと天井を滑り姿を消していく。
桜貝に似た色味の星々が連なり、金平糖の川を築いている。
有機電灯とは異なる、不規則な光源運動群体に向かって知らず指を伸ばした。
あれらは冷たいのか。それとも熱いのだろうか。
突如として現れたあの星々の存在に心当たりがある。
部屋星である。湿度の高い時期、または雨の日に現れる影星の一種。
秋雨でも見られる事は確認されているが、やはり梅雨のものとは見える星も、座標も違うようだ。
夕道に乗って現れたのか。
ならば、今は雲に隠れて見えない陽が沈むまでの少しの間、この私的な宇宙空間を独り占めすることが出来る。何と優雅で豪華な休日の過ごし方であろうか。
なお、どんなに美しく心が満たされた所で、夕食はもやしラーメンである。
翌日は、前日の雨が嘘のようにカラリと晴れた。まさに秋晴れ。
一日ほど洗濯日を間違えたか。
否、一日早く洗濯したからこそ、あの素晴らしい宇宙空間に出会えたのだ。
ベランダから見渡す風景。幾つかの家にかけられた白いシーツが眩しい。
そうだ、今日は布団を干そう。
雨上がりを喜ぶ蜻蛉が、目の前を横切りどこかへ飛んでいった。