小夜楢/さよなら
【小夜楢/さよなら】
遅かれ早かれ、人は人生の樹路に立つ。
公に知られてはいないが、この樹とは楢の一種ではないかと言われている。
その証拠に土から芽を出した小夜楢を観察したければ春の夜が良い。
雪の果てから一月が過ぎた。日の入りも随分と伸び、今年の冬もようやく店仕舞いを始めた。
名前通りの暮れ六つ時。誘われるようにやってきた春霞は懐紙のような温かい白茶色で街を覆った。小夜楢が芽吹く、合図である。
人定、亥の刻。朧夜の月の光は柔らかく、沈丁花の瑞々しい甘い香煙が濁り湯にたゆたっている。
小夜楢は霧の迷ひに包まれ芽吹き、一晩の内に成樹となる。
掌に似た緑の葉が一斉に揺れ、風に擦れる葉のざわめきが喝采の声と重なる。林立した並木道を歩くのは爽快な気分だ。
梅、桃、もう少しすれば桜の花が咲くだろう。それまで、小夜楢の見ごろはもう少し続く。
「ううううう」
「ずずっ」
ただし、この小夜楢。花粉症の人にとっては天敵だ。
目を真っ赤にしたまま号泣し、鼻水をすする人々とすれ違うと「ああ、今年も春がやってきたなあ」と思うのである。
三十七番
環境学習型人工知能自律式三十七番
稼働年数二十年
日本 N大学所属
性別 やや女性
前髪一直線
旅犬
黒き豆芝。




