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一秒の殺意  作者: 滝元和彦
9/11

どろぼうを追え


 翌日、楠警部と桐生は、とあるボウリング場に来ていた。なぜ、ボウリング場にいるかというと、警部のボウリング好きからではなく、西澤新の弟の、西澤レンがそこにいるという情報が警部の耳に入ったからだった。ボウリング場で実際にレンに会ってみると、インド人の店員が言っていたように、兄とそっくりで、身長も兄と同じくらいだった。声は、兄のような金属的で不快な声ではなく、低いがしっかりとした声をしている。それに、身長が低いというハンデがあるにもかかわらず、警部よりも高いスコアを出していた。

「なかなかお上手ですね、レンさん。プロになったらいかがです?」

 右手にボールを持ったレンは、立ち位置を微妙に調整した。意識を集中して、ボールを投げる。決して美しいフォームではないが、投げられたボールは理想的な角度でピンに命中し、見事にストライクになった。

「警部、今日はお世辞を言いに来たんではないでしょう。用件があるなら、遠慮しないで話してください」

 警部の投げたボールは一番手前のピンに、ほぼまっすぐ進んでいった。結果は奥にある左端と右端のピンが残った。

「あー、なんてこった」

 警部の2投目は右端のピンを狙いすぎて、ガターになった。

「たいした用でもないんです。HMT社の事件は聞いてるでしょう。お兄さんの勤めている会社で、杉浦という男が殺されたんですが、いちおう、お兄さんのアリバイを訊いておこうと思いましてね。訊いてみたんですが、お兄さんはインド料理屋にいたっていうんですが、お兄さんとレンさんは双子なんですってね。ちなみに、おとといの9時前後はどちらに?」

 レンの投げたボールは1番ピンと2番ピンに当たり、結果は左奥のピンが1つ残った。

「その時間は家にいました。会社が休みだったものですから。でも私は1人暮らしなんで、誰もこのことを証言してくれませんけど」

「そうですか。会社はいつも決まった曜日に休んでるんですか?」

 レンは2投目で残っていたピンをたおし、スペアを取った。

「そうです。警部、ちょっと休憩しませんか」

 そう言って、レンは自販機に向かって歩いていった。缶ジュースを3つ買って戻ってきた。

「どうぞ」

「ああ、ありがとうございます。相棒、おまえの分も買ってもらったぞ」

 ボウリング場に入ってから、桐生は1投も投げずに、持ってきた本を読んでいた。

「ごちそうさまです」

「おまえ、よくこんなとこに来てまで、本を読んでられるよな。少し投げてみたらどうだ?」

「やめておきます。肩が外れそうな気がするんです」

 桐生の言葉に苦笑いしながら、レンは椅子に腰かけた。

「警部さんは、おととい、インド料理屋にいたのは、ひょっとすると、兄さんではなく、私かもしれないと考えているようですが、私ではありません。私はインド料理は好きじゃないんです。それに私と兄さんは、声が全然違うから、店員は間違えないと思いますよ」

 警部は無煙たばこに火をつけた。

「確かにそうですね」

「訊きたいことはそれだけですか?」

「ああ、あとお兄さんに最近変わったことなんかなかったですか?なんでもいいんですが」

「うーん、特にこれといったことはないですね。兄さんは研究一筋で、遊びに行ったりしませんからね。平凡な毎日を送ってると思いますよ」

 警部が桐生に質問させようと思っていると、警部の携帯に着信が入った。警部たちの所属するK警察からだった。

「もしもし」

 電話の相手は女警察官で、声の調子からすると、なにかあせっているようだ。

「楠警部、大変なことが起きました。昨日、警部が署に持ってきた被害者の遺留品なんですが、つい5分ほど前に、何者かに盗まれてしまいました」

 警部は、杉浦の左手が持っていた謎の黒い物体をK警察署に持っていって、小さいが頑丈な金庫に保管したのだ。科捜研による分析結果は、既存のいかなるものとも類似点がないというものだったので、警部はとりあえず、署に保管することにしたのである。

「盗まれたって、どうやってあの金庫を開けたっていうんだ?」

「金庫ごと盗まれたんです」

「なんだって?」

 それから2,3分電話で話してから、警部はレンに向き直った。

「そういうわけで私たちは、金庫泥棒を追いかけることになりました。レンさん、また機会があったらやりましょう。今度は負けませんよ」

 警部と桐生は足早に、ボウリング場を後にした。

 ホバーカーに乗りこむと、警部はさっそくナビ画面を出した。ナビ画面には、逃走車両を追跡していると思われるホバーカー型パトカーが3台、赤い点で示されている。逃走車両はT県を南西方面に向かっている。

「このホバーカー、けっこう飛ばしてやがるな」

 警部は赤色灯ランプをつけて、緊急車両用の通行帯に入っていった。

「相棒、ちょっと荒っぽい運転になるから、ちゃんとつかまっておけよ」

「荒っぽいのは、いつものことじゃないですか。ところで、愛内さんのことなんですが、彼女のアリバイはどうだったんですか?」

「あーそうだった。おまえにまだ言ってなかったな。彼女のアリバイは確認されたよ。彼女が言ってた通り、あの時間はロボットとドライブをしてたのが、高速道路のカメラに写ってた」

「ふーん、そうですか」

 ナビ画面の赤い点の1つが、スピードを上げていった。他の2つの点はそのままのスピードを保っている。

「1台が前に回り込もうとしてるな」

 しばらく画面を見ていると、先行していた赤い点は、スピードをゆるめだした。他の2つの点は、その様子をうかがっているようだ。空中で待機している。それから、3つの点は西の方向に進路を変えた。そのタイミングで、待機していた2つの点がそれぞれ離れていき、3つの点は逃走車両を取り囲んだ。

「もうちょっとで、追い詰めるんじゃないか」

 警部が運転するホバーカーは、すでにかなり近くまで接近していた。

「でも、いったい誰なんでしょうね、あれを盗んでいったのは」

「オレたちが会ったやつの中にいるような気がするな。あれ、なにがあったんだ?」

 ナビ画面の3つの点の1つがその場で動かなくなった。その後、その赤い点が画面上から消えた。他の2つの点もその場にとどまっている。場所はT県でも有数の霊園地帯だった。

「あと5分くらいで着くな」

 2つの赤い点はそれから全く動きを見せなかった。小高い丘の斜面に作られた霊園に警部のホバーカーがさしかかると、1台のパトカーが霊園の一角に墜落しているのが見えた。傍らにパラシュートがあるのが見えたので、中にいた警官は脱出したらしい。上空には、2台のパトカーと逃走車両と思われるホバーカーが静止状態を保っていた。お互いに相手の出方をうかがっているようだ。楠警部のホバーカーが現れたのに気づくと、逃走車両は急発進して、北の方向に走り出そうとした。その途端に、警察車両の1台から、まばゆい光が発せられた。光が逃走車両に命中すると、ホバーカーは大きな爆発音とともに、車体の一部が損傷し、スピードが遅くなり、ついにはゆっくりと下降し始めた。警部たちがそれを見守っていると、ホバーカーからパラシュートが出てきて、霊園の中に落ちていった。

「霊園に落下したな。相棒、銃は持ってるな。行くぞ」

 警部は霊園用の駐車場にホバーカーを着陸させた。先に来ていた2台のパトカーも近くに停めようとしている。

 パラシュートが落下したところは、駐車場から300メートルくらいある。警部と桐生はそれぞれ銃を手にして、急ぎ足で進んで行く。すると、警部がすぐに立ち止まった。

「ああ、そうだった。オレはねんざしてたんだ。相棒、頼んだぞ」警部はその場に座り込んだ。

「1人で行くんですか、しようがないですね」

 桐生は整然と並んでいる墓の中を、駆け足で進んでいった。パラシュートから、50メートルくらいの距離まで来ると、パラシュートの近くに倒れている人の後ろ姿が見えた。15メートルくらい接近したところで、桐生は思い切ってその後ろ姿に声をかけた。

「大丈夫ですか?」

 桐生の声が聞こえると、倒れていた人物はパッと起き上がって、桐生から遠ざかるように逃げ出そうとした。

「あっ、待ってください。待ってくれないとレーザー銃を撃つことになりますよ」

 その人物は黒っぽいコートで、全身を覆っているので、桐生が近づいても、誰なのか分からない。

 桐生がそう言うと、少しためらったが、また逃走を始めた。桐生は威嚇射撃として、空に向かって空砲を撃った。それでも、金庫泥棒は足をゆるめなかった。

「次は本当に撃ちますよ」

 桐生と金庫泥棒の距離は縮まるどころか、遠ざかっている。

「ほんとーに撃ちますからね」

 金庫泥棒の足は速く、どんどん遠ざかっていく。

「どうなっても知りませんよ」

 桐生がそう言った後、金庫泥棒は何かに足を取られたのか、地面に倒れ込んだ。そのまま動かなくなった。桐生は駆け足でその場に向かう。金庫泥棒はうつ伏せで倒れている。桐生がゆっくりと、顔を覆っているフードをめくった。

「追いつかれちゃった」

 倒れていたのは、杉浦の助手でアンドロイドのココアだった。

 警部が他の刑事といっしょにやってきた。警部は倒れているココアと桐生を見た。

「相棒、すごいじゃないか」

「ええ、まあ」頭を掻きながら桐生は言った。


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