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一秒の殺意  作者: 滝元和彦
8/11

意外なところから、被害者の右足が見つかる


 楠警部の運転するホバーカーはHMT社を出ると、国道6号に入り、5分ほど南に進んだところにある分岐を県道18号線に向かって進んでいく。ちょうど帰宅ラッシュが始まるころで、少しずつ混雑してきた。それに雨もぱらついてきた。

「それで、被害者の右足はどこで見つかったんですか?」

 楠警部はナビを操作し、フロントガラスの左半分に地図を出した。地図を拡大して、ある一点に矢印を示した。

「ここだそうだ」

 そこは、今いる地点から18号線をさらに30分ほど進んだところで、市街地に入る手前だった。

「そこには何があるんですか?」

 地図はまだ大雑把おおざっぱな地名しか表示されていない。警部は地図をさらに大きくしていった。

「S刑務所だ」

「S刑務所ですって!」

 桐生は、どこで右足が見つかったか、いくつか予想していたが、まさか刑務所で見つかるとは想像もしていなかった。

「ああ、そうだ。凶悪犯罪者が多数収容されてる例の刑務所さ」

 桐生はS刑務所と聞いて、まっさきに思い出したことがあった。つい2月ほど前に、そのS刑務所から、数人の囚人が脱獄したのだ。その囚人たちは現在も見つかっていない。

「刑務所のどの辺で見つかったんですか?」

「どうやら、ある囚人が収監されてる牢の中らしい」

「牢の中ですか?」桐生はまたしても予想を裏切られた。右足は、建物の屋上か、中庭あたりで見つかったのだろうと思ったからだ。

「そうだ。囚人が嘘をついていなければな」

 それからしばらく、2人はそれぞれ自分の考えにふけっていた。桐生が思い出したように、話を切り出した。

「そうだ、楠さん。昨日行ったインド料理屋の店内のカメラ映像って、ここに転送してもらえますかね?」

「西澤が映ってるかどうか、確かめるのか。そりゃあ、映ってるだろう、あのインド人が言ってたじゃないか」

「でも、西澤は双子なんですよね。昨日あそこにいたのは、弟の方かもしれないじゃないですか」

「それはあり得るが、彼らはそっくりの双子なんだぞ。映像を見たって、どっちか分からんだろ」

「いちおう、見ておきたいんです」

「じゃあ、おまえが電話して訊いてみろ」

 警部は携帯を桐生に渡した。桐生がインド料理屋に電話すると、昨日のインド人が電話に出た。桐生が事情を話すと、快く応じてくれた。桐生が電話を切ってから、2分後にフロントガラスに、インド料理屋の店内の様子が映し出された。警部も運転しながら、ちらと映像に目を向ける。カメラは西澤を正面からとらえている。西澤と思われる男は1人で座っている。

「ほら言ったろ。これじゃ、HMT社の西澤本人か、弟か判断できないって」

「うーん、ちょっと早送りしてみましょう」

 早送りすると、昨日の背の高いインド人が、料理を運んでくるシーンになった。インド人は銀色のプレートを持っている。西澤はセットメニューをたのんだようだ。そのプレートの中に、カレーが入っている小皿がいくつかと、ナン、チキン、サラダが見える。料理が運ばれてくると、西澤はさっそく、ナイフを左手に持って、チキンを切り始めた。細切れにすると、味わう様子もなく、次々に口に放り込んでいった。

 しばらくカメラの映像は西澤の坦々とした食事の模様が続いた。15分ほどしてから、インド人がデザートの入っている小皿をトレーに載せてきた。西澤のテーブルの近くまで来た時、そのインド人がよろめいて転びそうになった。なんとか体勢を整えて、転ぶことはなかったが、トレーに載せていた小皿が床に落下しそうになった。それを横目で見ていた西澤は、とっさに左手を出して、その小皿を空中でキャッチした。音声が聞こえないので、なにを言ったのか分からないが、2人が笑っているところを見ると、おそらくインド人は『ナイスキャッチ』とかなんとか言ったのだろう。その後の映像は、たまに他の客が出入りする程度で、これといって変化はなかった。西澤はだいたい30分ほどで、店を出ていった。

「どうだ、なにか分かったか?」

「うーん、そうですねえ」と桐生は、あいまいな返事をしただけだった。

 警部がフロント画面をナビに戻した。目的地である刑務所はおよそ5分ほどで着くと表示されている。

「あれだな。あの高い塀で囲まれたいかにもって感じの建物」

 およそ500メートル前方に、白い塀で囲まれた白い建物群が見えてきた。建物の中で、一棟だけ他よりも高い塔のようなものが見える。そこは刑務所の周りを監視する監視塔だと思われた。ホバーカーは刑務所手前にあるホバーカー専用の駐車場を目指して飛んでいく。

「なんかあの中に、凶悪犯がうようよしてると思うと、ぞっとするな」

「そ、そうですね」桐生の声は震えている。

「大丈夫か、ビビってんのか」

「そんなこと、な、ないですよ」といいながら桐生の足は細かく震えている。

 ホバーカーが駐車場に着陸すると、隣りに停まっていた車から、小津崎が降りてきた。小津崎は乱れた長髪を整えながら、警部たちのもとにやってきた。

「警部、現場は保存してありますが…」

「ありますが、なんだ?」

「右足を見つけた囚人は、どうやら、このことを今まで黙っていたようです」

「黙っていた?じゃあ、いつ見つけたんだ?」

「そいつが言うには、右足を見つけたのは、昨日の11時ごろだそうです」

「昨日の11時だって?」

 3人は歩いて、塀の一角までたどり着いた。塀の一部が入口になっている。小津崎が重そうな扉を開けると、広い中庭のような空間に出た。小津崎はそこから壁づたいに歩いていく。30メートルほど歩くと、小さな小屋のような建物にたどり着いた。その建物から刑務所内に行けるようだ。

 小津崎がその建物のドアを開けると、その先に、黒い制服に身を包んだ女性が立っていた。女性の鋭い視線が警部と桐生に向けられている。

宗像むなかた所長、お待たせしました。楠警部に桐生刑事です」

「ようこそ、S刑務所へ。現場はこちらです」

 あいさつも、そこそこに、女性刑務所長は2人を部屋の奥に案内する。部屋の奥のドアを開けると、長い廊下につながっていた。その廊下を端まで歩くと、今までとは違う頑丈そうなドアが現れた。所長は制服のポケットから鍵束を取り出して、2か所にある鍵穴に鍵を差し込んでドアを開けた。

 ドアを開けて、廊下に入った途端に、それまでとは違う空気が流れている印象を2人は受けた。なにか言いようのない重苦しい空気だった。桐生は刑務所と聞いて、薄汚い、じめじめしたところを想像していたのだが、意外にも、きれいに清掃が行き届いていた。

 所長は『562』と書かれているドアの前で止まった。

「ここが右足が見つかった部屋です。じゃあ、私はここで待ってますから」

 小津崎を先頭にして楠警部、桐生と続く。1人の老人が簡易ベッドに座っていた。部屋は6帖ほどで、ベッドの他には、小さな机と、奥にトイレがあるだけだった。窓はなく、出入りできるのは、ドアだけのようだ。

「皆川さん、警部を連れて来たよ。悪いけど、さっきの話を聞かせてやってくれないか」

 老人は目が悪いのか、顔を突き出すようにして、2人を見つめた。それからゆっくりとした口調で、

「また話すのか、めんどくせえな」

 老人の腹部を見ると、ロープ状のものでベッドに固定されていて、身動きがとれないようにされている。

 警部は囚人の隣りに座った。

「じゃあ、いいかな。皆川さんだったな。右足を見つけたのは、昨日の11時ごろだそうだが、間違いないかね?」

「間違いねえ。オレたちが、外から戻ってきた時だから確かだ」

「外っていうのはどこのことだね?」

「中庭さ。あそこで毎日、体操してるんだ。体がなまっちまうといけないからな」

「中庭から戻ってきて、どこで右足を見つけたの?」

「ここさ」と言って、囚人は足を動かした。

「ここ?」

「ベッドの下だ」

「ベッドの下?」

 囚人はうなずく。桐生がベッドの下を覗いてみると、確かに、何かものが置いてあるようだ。

「なるべく、動かさない方がいいと思いまして、そのままにしてあります」小津崎も下を覗きながら言った。

「じゃあ3人でベッドを動かしてみようか」

 3人は3つの角を持って、ベッドを横に移動させた。ベッドがあったところには、被害者のものと思われる切断された右足と、いくつかの紙切れと、マグカップのようなものがあった。右足がある辺りには、赤いしみのような跡がついていて、血だと思われた。警部と桐生は屈んで、顔を近づけて1つずつ観察した。桐生は手袋をはめて、紙切れを拾い集めた。

「楠さん、これはなくなっていた愛内さんの論文ですよ」と言って、1枚ずつチェックしていく。

「45、46、47ページ。なくなっていた23ページから47ページまで、全部そろってます」

「なんだって?貸してみろ」警部は桐生から論文を受け取った。

「確かに、相棒の言う通りだな。全部そろってる」

「その論文が偽物ってことはないでしょうか?」小津崎が上から覗き込みながら言った。

「まずないと思います。これはかなり専門的な論文で、誰でも理解できるものじゃないですからね。偽物を作るのも一苦労でしょう」

 桐生は論文の横にあったマグカップを手に取った。どこにでもあるような黄色いマグカップだった。

「何でこんなものがあるんだろう?これは皆川さんのものじゃないんですか?」

 囚人はマグカップに顔を近づけた。

「こんなものは知らねえな」

「前にここにいた囚人のものじゃないのか」警部は右足を観察しながら言った。

「それはねえな。囚人が代わる時に、隅から隅まで掃除するからな」

「小津崎、この右足は確かに杉浦のものなんだろうな?」

「それは確かです。さっき、星出さんに来てもらって、DNA鑑定をしてもらいましたから」

「そうか、でも困ったことになったぞ。犯人はなんだって、こんな場所に右足だとか、論文を置いていきやがったんだ。小津崎、これはもう持っていっていいぞ」

「すぐに手配します」と言って、小津崎は部屋を出て行った。

「皆川さん、あんたが外から戻ってきて、これを見つけた時は、あんた1人だったのか?」

「そうだ」

「その時、いつもと変わったことなんかなかったか?」

「ないな」

「おまえから、なんか訊きたいことないか?」

「えーと、皆川さんは、どうしてベッドの下を覗こうとしたんですか?」

「たまたまだったんだ。オレが飲み物を飲もうと、ペットボトルのふたを開けようとしたら、ふたが転がっていっちまったもんだから、下を覗いたんだ。そうしたら、ベッドの下になんかあるじゃねえか。オレはベッドの下はきれいにしておく方だから、これは仲間の誰かがいたずらでなんか置いたんだろうって思ったんだ。それで、引っぱりだしてみたら、人間の足が出てきやがったってわけよ」囚人はペッと前方につばをはいた。

「仲間の方には聞いてみたんですか?」

「聞くもなにも、よく考えたら、仲間はオレといっしょに外にいたからな。あいつらにはできねえな」

 小津崎は2人の作業員を連れて戻ってきた。

「小津崎、とりあえず、その右足だけでいい。論文とマグカップはオレが持っていく」

 作業員は手慣れた手つきで被害者の右足を回収していった。

「じゃあ、そろそろ帰るか」警部は腕時計に目をやった。19時を過ぎていた。

「今日もこの後、ボウリングに行くんですか?」

「今日は、一杯飲んで帰るよ」

 警部たちが廊下に出ると、刑務所長は、刑務所員らしい男性と話していた。

「もういいんですか?」

「ええ、けっこうです。宗像さん、1つお訊きしたいんですがね。囚人たちのいる部屋には、刑務所の人間なら、誰でも自由に出入りできるんですか?」

「誰でもっていうわけではないです。特別の理由がない限りは、原則、そこにいる囚人しか入れません」

「昨日の午前中は、この部屋に誰か入りましたか?」

「誰も入ってません」

「それは確かですか?」警部は念を押した。

「確かです。ここにいる手塚さんが定期的に巡回してるので、部外者や所内の人間だって、かってに入れません」

 手塚という男は警部たちにニッコリとほほ笑んでみせた。

「なるほどね、じゃあ我々はこれで失礼します」


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