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一秒の殺意  作者: 滝元和彦
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再びHMT社へ


 楠警部のホバーカーは再び、県道15号線に入っていった。警部は鼻歌を歌っていて、上機嫌のようだ。桐生はしばらく、警部の鼻歌を聴いていたが、結局、なんの曲か分からなかった。

「何ていう曲ですか?」

「我が愛しのカレン。昔の曲さ」

「カレンですか。はあ、さては楠さん、さっきあのコンピューターに気に入られたから機嫌がいいんですね」

「がははは、やっぱりイケメンはコンピューターにもわかるもんなのかな」

「それについてはノーコメントで。でも、なんか不思議な感じでしたね。ぼくは、カレンさんと話してて、『2001年宇宙の旅』っていう昔のSF映画を思い出しましたよ」

「なんだ、その2001年なんとかっていうの?」

「知らないんですか。一度は観といた方がいいですよ」桐生は簡単にあらすじを話した。

「まあ、面白そうだけど、オレはやっぱりゾンビ映画の方が好きだな。観たかったら、貸してやるぞ」

「あまり、血が出ないものだったら借ります」

 ホバーカーはジャンクションを国道6号方面に向かって進んだ。6号は片側3車線あるので、ほぼ渋滞は発生しない路線だった。6号に合流した時、警部の携帯に着信が入った。フロントガラスに、警部の部下の小津崎の顔が映った。

「どうした?小津崎」

 小津崎は通話がつながると、すぐに話し始めた。

「被害者の腕が落下してきた件ですが、あの後、島袋ロイっていうやつの友人に会ってきたんです。友人の家は確かに、あいつの言った通り、O市K町にありました。車もその友人のものに間違いありません。島袋は9時50分ごろに、やってきて、車のフロントガラスに何かが当たったようだ、と言いに来たそうです。友人は何が当たったのか、島袋に訊いたそうですが、島袋は空から何かが降ってきたと繰り返すだけだったらしく、友人は、『もう一度言って見てこい』と言ったそうです。つまり、島袋の証言通りでした」

「そうか。あと、車内にあった麻薬については、なんて言ってた?」

「知らないの一点張りだったんで、家の中を調べてみたんですが、家の中からは見つかりませんでした」

「どうも、あの島袋っていう外人がにおうな。島袋をもうちょっと調べてみてくれ」

「了解しました」

 フロントガラスの映像が消えた。

「なんか変な事件だよなあ。被害者の腕は空から降ってくるし、何キロも離れた場所にあったバッテリーが、事件現場で見つかるっていうし」と言いながら、警部は円筒形のものを手に取った。

「また昆虫ですか?」

「そんなにしょっちゅう昆虫ばっかり食わないよ。これは半日は味がするガムだ。手を出してみろ」

 桐生は昆虫が出てくるのではないかと、ビクビクしながら手を出した。瓶から球形のガムが出てきた。桐生はガムを口に入れた。

「うまいですね、でも何の味だろう?」

「それは言わないでおくよ」

 ホバーカーが着陸態勢に入った。昨日と同じ建物の駐車場に停まった。2人はホバーカーを降りて、エレベーターに乗った。6階に向かう。エレベーターのドアが開くと、昨日の静寂とは違って、何人もの人が廊下を行きかっている。警部は『先端研究所』のドアの前で、携帯を取り出した。しばらく耳に当ててから、

「おかしいな。この時間は中にいるっていってたのに」と言って通話を切った。

「愛内さんに電話したんですか?」

「この中にある固定電話だけどな。誰もいないのか」

 2人の背後から、聞き覚えのある声がした。耳障りな電子音。西澤が立っていた。

「なんだお前ら。まだ何か用があるのか?」相変わらず、不機嫌そうな顔をしている。

「愛内研究員に会いにきたんです。ここにいないようですが」

「打ち合わせで会議室にいるから、もう戻ってくるだろう」

「じゃあ、それまで中で待たせてもらいます」警部は有無を言わせずに、西澤の後から、部屋に入り込む。桐生もその後に続く。西澤は左手にコンビニの袋を持っていた。どうやら、昼ごはんが入っているようだ。西澤は奥にある自分のデスクに座った。

「その辺に座って待ってろ。オレはこれから飯にするからな」

「どうぞ、おかまいなく」

 西澤は袋からパスタを取り出して、デスクの脇にあるレンジに入れる。

「そういえば、昨日、西澤さんが言ってたインド料理屋に行ってきましたよ」

「そうか、オレがあそこにいたって証言してくれただろ?」レンジからパスタを取り出して、ふたを開けると、部屋にミートソースの香りが広がった。

「背の高いインド人が、西澤さんが来たと証言しましたが、西澤さんは双子なんですって?それもそっくりの兄弟がいるって言ってましたよ」

 西澤は左手でフォークを持ち、上手にパスタを巻き付ける。

「レンのことか。まあそっくりと言えば、そっくりだが、昨日あのインド料理屋にいたのは確かにオレだ」レンジで温めすぎたのか、西澤はフーフーと口で冷ましながら口に運ぶ。

「でも、そっくりってことですと、レンさんだったってことも考えられますね」

「疑うのは、お前らのかってだが、昨日あそこにいたのはオレだ」

「分かりました。それと、ちょっとこれを見てもらえますか」警部は、被害者の左手が持っていたスティック状の物体を見せた。

「これに見覚えはないですか?」

 西澤は左手を止めて、警部が持っているものを凝視ぎょうしした。

「それはなんだ?」

「いや、見たことがなければ、それでいいんですがね」

 警部は左腕の落下の件を話した。

「上空から左腕が落ちてきたっていうのか。すると、犯人はホバーカーから、それを落としたわけか」西澤はコンビニ袋から、生野菜サラダを取り出して、食べ始めた。

「そうかもしれません」警部は腕時計に目をやった。まだ、愛内は姿を現さない。

「ああ、そうだ。お前ら、昨日ここを調べていった時、オレのマグカップを持っていかなかったか?」

 西澤の突然の質問に、2人は目を見合わせた。

「はい?なんですか、マグカップって」

「オレがここで使ってたマグカップだ。昨日から、行方不明なんだ」

「オレは知りません。相棒はどうだ?」

「ぼくも知らないです」

「おかしいな。どこにいったんだろう」

「どこかにしまいこんでるんじゃないですか?」

「そんなことはない。いつもデスクの上に置いてたんだから」

 ドアがスライドする音が聞こえた。白衣を着た女性が立っていた。年齢は20代後半から30代前半くらい。年中、室内にいるためか、かなり色白だ。警部と桐生の姿を見て、ニッコリと微笑んではいたが、黒縁のメガネの奥にある目は警戒していた。疲れているためか、顔はやつれているように見える。

「こんにちは、楠警部ですね。愛内かすみです」

 西澤の不快な声を聞いてたからか、2人には、愛内の声が天使の声のように聞こえた。背の低い西澤を見ていたからか、2人には、身長160センチくらいの愛内が大きく見えた。

「待ってましたよ、愛内さん。さっそくですが、いくつか訊きたいことがありまして」

 愛内は、警部の横にいる桐生に目を留めた。

「ええと、こちらの方は?」

「こいつはオレの部下の桐生っていう者です」

「桐生です。よろしくお願いします」

「刑事さんなんですね。わたしはマスコミの方かと思いました」

「ははは、青白い顔をして、ひ弱そうに見えますけど、いちおうは刑事です」

「いちおうは、余計ですよ」桐生は照れながら言い返した。

「その辺に、座ってください。今、飲み物を用意しますから」と言って、愛内は自分のデスクに行って、グラスを取り、壁に備え付けてある冷蔵庫から麦茶を取り出した。

「西澤さんも、なにか飲みます?」

「オレはいいよ」西澤はパソコンに向かってすでに仕事を始めていた。

愛内がテーブルに戻って来てから、警部は聞き込みを始めた。

「昨日ここで起きた事件については、もう聞いてると思います。西澤さんの話だと、愛内さんの研究論文がなくなったそうで。人工知能に関するものだとか?」

「ええ、そうなんです。今度の学会で、その論文を発表しようと思ってたんです。それが盗まれてしまいました」

「人工知能っていうのは聞いたんですが、具体的にどういう論文なんですか?いや、オレはそういうものには疎いんですが、こいつは理解できるみたいなんで」警部は親指で桐生を指さした。

「ぼ、ぼくだってそんなに詳しくないですよ」

「人工知能の研究は、2010年代半ばから、急速に発展していったんです。初期のものは、人間とチェスや将棋で対戦するという簡単なものでしたが、それから車の自動運転、スーパーやコンビニのレジの無人化、人間と話のできるロボット、そして今は、アンドロイドの頭脳に人工知能が使われています。それらは、学習するという機能があって、経験を積んでいくうちに、だんだんと賢くはなるんですが、それでも、人間の脳と比べて、足りないものがあったんです。それは何だと思います?」

 桐生が控えめに口を開いた。

「西澤さんも言ってたんですが、創造的な機能ですか?」

「そうです。人間は経験からいろいろ学ぶ他に、音楽を生み出したり、新しい建築を考えたり、小説をつくったりしますよね。今までの人工知能はそういった創造的な行為ができなかったんです。やれたとしても、人間には遠く及ばなかったんです。わたしの論文は、そういう創造力を持ったアンドロイドをつくれるかもしれないというものなんです」

「もし、それが実現したらすごいですね。そうしたら人間とアンドロイドの区別がつかなくなってしまうんじゃないですか?」

「そうですね、区別するのは難しくなりますね」

 警部はテーブルに灰皿が置いてあるのを確認すると、アロハシャツのポケットから、たばこを取り出して火をつけた。

「そんなに難解そうな論文を欲しがるやつなんているんですか?」

「ライバル会社は欲しがるかもしれません」

「被害者の杉浦って男はどうです?」

 杉浦という名前が、警部の口から発せられた時、愛内は少し表情が険しくなったように見えた。

「確かに彼も、この研究に興味を持ってたようでした」

「そういえば、杉浦はもとは、ここで働いていたんですってね」

「2年くらい前まで、ここにいました。その後、別の研究をしたいっていって、大学の先生になりました」

「杉浦がここで殺されてたことについて、何か心当たりはないですか?」

「ないですね」愛内は迷うことなく答えた。

「ところで、杉浦っていうのは、どういう男だったんですか?」

 愛内は大きく深呼吸した。

「そうですねえ、とても真面目で、仕事が趣味みたいな人でした。話も、ほとんど仕事のことばかりで、あの人の口から、仕事以外のことを聞いたことがないくらいです。最近も、自分が研究していることで、私に相談しに来てたんです」

「どういう相談でした?」警部よりも先に桐生がたずねた。

「簡単にいいますと、情報を瞬時に送る研究をしていたみたいですが、その情報が600秒しか安定しないのは、どうしてだろうというものだったんです」

「なにかアドバイスをしたんですか?」

「私は専門外なので、知り合いの大学教授を紹介しました」

「杉浦が、ここ一週間で3回も愛内さんを訪ねてたのは、そのためだったんですか」

「そうです。でもよくそのことをご存じですね」

 警部は、私立探偵が杉浦を尾行していた事実を話した。

「そうだったんですか。私も、誰かが杉浦さんを尾行してるんじゃないかと感じていたんですけど、男性の方だったんですね。女性の探偵さんじゃないんですね」

「十文字は男でしたよ」

「じゃあ、あの方はどなただったんでしょう。私が見たのは」愛内は自分が見た女性の特徴を警部たちに話した。

「それは、もしかしたら杉浦の助手をしているココアさんって人かもしれませんね。その女性は杉浦の後をつけてたんですか?」

「はっきりと、つけてたとは断言できないですけど、そんな感じでした」

「ココアさんだとすると、彼女はなにをしてたんだろう」

「杉浦って人がどこに行っているか、気になったんじゃないですか。さっき、カレンさんが人工知能も感情があるって言ってましたよね」

「嫉妬とか、やきもちっていう感情を持ってたっていうのか」警部は信じられないという口調で言った。

「可能性はありますよ」

「ばかばかしい。ロボットが好き嫌いの感情を持ってるなんて」

「いえ、警部、そんなことはありませんよ。ロボットにも感情が宿ることは科学的に証明されていることなんです。彼らもわたしたちと変わりませんよ」

「そして、いつの日か、人間とロボットが結婚したりするんでしょうな。考えただけでもぞっとする」警部は小さく身震いした。

「楠さん、杉浦が持っていたスティック状の物体を見てもらいましょうよ」

「おお、そうだった」と言って、警部は袋から被害者の腕が握っていた物体を取り出した。それから、その物体が見つかった経緯を話した。

「これに見覚えはないですか?」

 愛内はそれを興味深そうに眺めてから、

「そうですねえ、これと似たようなものを、杉浦さんが持ってたような気がします」とそれほどの確信はない口調で答えた。

「それはいつでした?」

「たぶん先週、ここに来たときだったと思います」

「杉浦はそれが何なのか、言ってましたか?」

「わたしも訊かなかったし、彼もそれには触れませんでした」

「そうでしたか」と言って、警部は黒い物体を丁寧に袋に戻した。

「相棒、何か訊きたいことはないか?」

「えーと、研究論文の他に、犯人に盗まれたものはありましたか?例えば、マグカップとか」

「マグカップですか?いえ、盗まれてません」

「そうですか、ぼくの質問はそれだけです」

「それだけかよ。まあいい。それじゃ、私から最後に、形式的な質問をしますが、気を悪くしないでください。愛内さんは、昨日の午前9時前後は、どちらにいましたか?」

 警部からアリバイを聞かれたにもかかわらず、愛内は気にする様子はない。

「昨日は会社が休みだったので、レンタルロボットとドライブに行ってました」

「ドライブですか、ちなみにどちらに?」

「N海岸です。たぶん、9時ごろは高速に乗ってたと思います」

「そうですか、N海岸ね。それじゃ、お時間を取らせてしまいました。私どもはこれで失礼させてもらいます」

「早く犯人を見つけてください。お願いします」愛内は立ち上がりながら、警部に訴えた。警部は無言でうなずいた。

 楠警部と桐生が屋上にある駐車場にやってきて、ホバーカーに乗ろうとした時、警部の携帯が鳴った。小津崎からだった。履歴を見ると、5分前にも、小津崎から着信が入っていた。

「どうした?なんだって!うん、それで?それはどこだ?分かった、オレがいくまで、そのままにしておけ。40分くらいで行けると思う。じゃあ頼んだぞ」

 太陽は間もなく姿を消そうとしていた。それでも、屋上は35度以上はあると思われた。

「なにか見つかったんですか?」

「杉浦の右足が見つかったよ」


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