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一秒の殺意  作者: 滝元和彦
6/11

CCSとの会話


 楠警部と桐生は、大学を出ると、ホバーカーで県道15号線に入っていった。15号線はT県最大の都市O市につながる路線で、年中、渋滞しているが、ちょうど昼時の時間帯のためか、車は順調に流れている。

「じゃあ、HMT社に行って、愛内っていう女と会ってくるか」警部はハンドルを握りながら、コンビニで買った鮭おにぎりを頬張る。

 フロントガラスには半透明にナビ画面が表示されている。

「でも、楠さん、HMT社はこの道じゃなくて、国道6号じゃないですか?」

「HMT社に行く前に、科捜研に寄っていくんだ」警部はおにぎりを落としそうにしながら、ナビ画面を指でタッチする。

「おにぎりを食べ終えるまで、自動運転にしたらいいじゃないですか」

「オレは自動運転は信用してないんだ。ところで、相棒はCCSは見たことがなかったよな?」

「ないですけど、CCSって巨大なコンピューターなんですよね。見たって面白くないと思いますけど」

 警部は二コリとほほ笑んだ。

「まあ、行ってからのお楽しみだ」

 15号線に入ってから約30分で、O市が目前に広がり始めた。O市の中央付近に高層ビルが林立している。警部のホバーカーはその1つのビルの屋上に近づいていく。近づくにつれて、上空から、科学捜査研究所という文字が見えてきた。科捜研だけでなく、他の商業施設も、ホバーカーに向けた広告を出している。

「さあ、着いたぞ。ちょっと風があるから、着陸の衝撃に備えとけ」

 ホバーカーは若干、車体を斜めにしながら駐車場に着陸した。

 屋上には、スキンヘッドの中年の男が待っていた。

「お待ちしてました、楠警部。それに桐生さん」

「目黒さん、久しぶりです。例のものを持ってきましたよ」警部は、被害者の左腕が持っていたスティック状の黒い物体を目黒という男に渡した。

「すぐに分析班に渡します。時間は20分もあれば済むでしょう」

「急ぐ必要はないですよ。待ってる間、こいつにCCSを見せたいんですが、いいですか?」

「もちろんです。ご案内しましょう」

 3人は屋上にあるエレベーターに乗った。科捜研の職員は、4階と地下3階というボタンを押した。

 目黒は、警部から預かった物体を丁寧に透明な袋に入れた。

「今回の事件は、かなりやっかいなんですってね。警部には頑張って頂きたいですね。なにせCCSを導入して、殺人事件を予測できなかったのは、これで2件目ですからね。世間の目が温かいうちに、CCSで予測できなかった原因を解明しないとなりませんから」

「一件目はどういう事件だったんですか?」

「んー、どういったらいいでしょうか。偶然に頼った犯罪、または確率的な犯罪と言ったらいいか。犯人には、明確な殺意があったのは確かなんです。犯人はある仕掛けをしていたんです。具体的にいうと、被害者は月極駐車場を借りていたんですが、被害者の停めている車の真上には、街灯があって、犯人はその街灯のネジをゆるめて、外れやすくしていたんです。車がその近くを通った時の振動で街灯が落下したんです。被害者はその街灯が頭に落下した衝撃で死んだんですが、当初は事件性がないと判断されたんです。でも、被害者の身辺を詳しく調べてみると、ある女が浮上してきて、防犯カメラに、その女が街灯に細工する姿が映ってたんです。この事件のように、事故を装ったものは、今のCCSでは予測できないんです」

「なるほどねえ」

 エレベーターが4階に着いた。

「ちょっと、これを渡してきますので、さきに行っててください」目黒は急ぎ足でエレベーターを降りた。2人はそのまま地下3階に向かった。ドアが開くと、警部が先に廊下を進む。廊下は薄暗く、左右にいくつも部屋がある。警部はあるドアの前で止まった。ドアには、『犯罪予測システム』と書かれたプレートが真ん中に掲げられている。

「彼女にいろいろ訊いてみないとな。お前も何を訊くか、考えとけよ」

「彼女?さっきのスキンヘッドの方は女性だったんですか?」

 警部は廊下の端まで響く声で笑った。

「はははは。目黒さんは正真正銘の男だよ。いっしょに風呂に入ったことがあるから確かだ。彼じゃなくて、この中に『いる』CCSのことさ」

 目黒が廊下を歩いてきた。

「お待たせしました。さあ、どうぞ」

 目黒がドアの正面に立つと、ドアが音も立てずにスライドした。中は薄い緑色の照明で照らされている。部屋は奥行、幅ともに7メートルくらいで、中央に、50インチほどの液晶画面があるだけで、他にはなにもない。3人が部屋に入ると、液晶画面が明るくなり、画面に、『ようこそ』という文字が大きく出ている。それと同時に、どこからともなく、『ようこそ』という女性の声が聞こえてきた。

「うわあ、びっくりした」桐生は部屋を見渡したが、声の主は見当たらない。

 科捜研の職員は、桐生の肩をポンとたたいた。

「この部屋を探しても、声の主はいませんよ。声を出したのは、CCS、僕たちは『カレン』って呼んでますけど。彼女なんです」

「この画面がCCSなんですか?」桐生はまだ、部屋のあちこちに視線を走らせている。

「これはCCSが考えたことや話したことを文字化するのに使ってるだけです。まあ彼女の一部といえば一部なんですけど。彼女の本体は、この部屋の奥にある108個のコンピューターの複合体なんです。もし、画面に向かって話すのが、違和感があると、お感じになるのでしたら、ホログラムで人間の姿も出せますが」

 桐生は迷ったが、ホログラムも、どんな姿の女性が出てくるのか怖かったので、「いえ、このままで大丈夫です」と答えた。

「そうですか。では、会話をお楽しみください。終わったら、このリモコンの『スリープモード』というボタンを押してください。私は仕事があるので、4階にいます」

 科捜研職員は部屋から出ていった。

「じゃあ、オレから訊くぞ」警部が画面に一歩近づいた。

「やあ、久しぶりだな。オレのことは覚えてるか?」

 画面の文字と声が同時に出てきた。

「もちろんです。楠警部。T県K警察署の警部さんで、51才。趣味は魚釣りにボウリング。仕事、プライベートともに充実してますが、最近の悩みは長女が反抗期に入って、口を聞いてくれなくなったことと、奥さんが、警部の激しい歯ぎしりのために、寝室を別にしてしまったこと。それから…」

「そ、その通りだよ。カレンさん。今日はちょっと訊きたいことがあって来たんだ」

「なんでしょう?」

「昨日の9時ごろに発生した殺人事件なんだが。場所はHMTっていう人工知能の開発をしている会社で、被害者は杉浦研という大学の先生。この件はカレンさんは予測したのかと思ってね」

 警部が質問した後、5秒くらいの間があった。『カレン』はデータベースの中から、杉浦の事件を探しているのだろう。

「私が昨日、予測した事件は全部で5件でした。その中に、杉浦研という人物の事件はありません」

「やっぱりなかったか。予測してれば、防ぐことができたんだもんな。でも予測しなかったっていうのは、どういうことなんだろうな。まさか、あれが事故だったとは思えないが」

「私が予測しなかった事件が全て、事故とは限りません。たぶん、警部さんも知ってると思いますが、私の予測精度は99.5パーセントなんです。それは今の限界なんです。おそらく、杉浦研という人物の事件は、0.5パーセントに該当すると思われます」

「そうか、コンピューターの限界か。ところで、カレンさん、基本的なことを訊きたいんだけど」

「どうぞ」

「どういうふうにして、犯罪を予測してるの?」

「ちょっと、長くなりますので、椅子に腰かけてください」

 カレンがそう言うと、壁の一部がせり出してきて、2人くらいが座れる椅子になった。警部と桐生はそこに座った。

「犯罪の予測をお話しする前に、未来というものが、どのようにして決まるのかを、簡単に話しておいた方がよいでしょう。おふたりは、未来がどう決まるのか考えたことがありますか?」

 カレンの突然の難しい質問に2人は考えこんでしまった。

「考えたこともないが、未来なんてものは実際に来てみないと分からないんじゃないか」

「桐生さんはどうですか?」

「え?僕ですか。ええと、原因と結果の関係だと思うんです。因果関係っていうんでしょうか。今現在が原因となって、未来という結果を生みだす」

「おおまかにいえば、そういうことです。ただ、一般に思われているように、1つの原因が1つの結果を生むというものではなく、たくさんの原因が1つの結果を生んでいるのです。またその原因と結果の関係も、ある原因から必ず、ある結果が生じるのではなく、もっと確率的な関係なんです。ですから、同じ原因から、時には、違った結果が生じたりもするんです」

「相棒、理解してるか。オレはさっぱりだ」警部は頭をかかえている。

「なんとなくですけど。カレンさん、確率的な関係というと、未来ははっきりと決まってるわけではないってことですか?」桐生は警部とは違って、感心しながら聞いている。

「そうです。おおざっぱには、決まっていますが、それもほんのちょっとしたことで、変わり得るものなんです」

「そうすると、犯罪が起こるのも確率的なわけですね」

「はい、私はまず、過去の膨大ぼうだいな事件のデータベースから、どこで、どのような事件が起きそうか考えます。このくらいの予測ならば、今までも行われてきました。私はもっと細かく、何時何分ごろに、誰が、どういう犯罪を犯し、被害者は誰で、どういう凶器が使われたのかなども予測します。1つの犯罪が発生するのに、さまざまな原因が関係してきますが、それらを1つずつ調べていくんです。たくさん調べれば調べるほど、確率の精度は向上します」

「犯罪が起こる原因を細かく調べるわけか、なんとなく分かったような気がする。それと、カレンさん、その予測した犯罪をどうやって防いでるんだ?」

「犯罪が起こる原因となるものの、いくつかを事前に取り除くんです。まさか、未だ犯してもいない犯罪によって、人を逮捕することはできないですから。簡単な例を挙げてみましょう。ある通りで、深夜に、若い女性が刃物で刺されるという通り魔的な犯罪が起きたとします。この結果に至るまでには、実にさまざまな原因があるわけです。女性がその時間にそこを歩いていたこと、女性が1人で歩いていたこと、通行人が誰もいなかったこと、街灯が壊れていて暗かったこと、犯人がつい最近、仕事を辞めて金に困っていたこと、犯人の性格など、他にも無数にあります。その中のいくつか、例えば、女性が誰か知り合いと歩くとか、その時間に歩かないようにするとか、犯人が凶器を買おうとした店が閉まっていたということが起きれば、犯罪は防げる可能性が高まるのです」

 警部はカレンの話をなんとか理解しようと必死の様子だ。

「それで、カレンさんは一見すると、意味の分からないことを警察に要求するんだな。この前なんか、公園にいる野良猫にキャットフードを与えてくれっていうアドバイスだったもんな。あれも、何かの犯罪の原因を取り除く作業だったわけか」

「そうです。その作業のおかげで、2件の振り込め詐欺が防げました。詳細をお話ししましょうか?」

「いいよ、なんとなくは理解したと思う。相棒は何か訊きたいことないか?」

「え、えーと、どうしてこの部屋は緑色なんですか?」

「おい、なんだよ、その質問は」

 桐生がそう訊くと、部屋は緑色から紫色に変わった。

「紫色は桐生さんの好きな色ですね。私は緑色が好きなんです」

「色の好みがあるんですか?」

「色だけじゃありません。好きな音楽や、好きな動物、好きな男の人のタイプなんかもあります。たぶん、私をプログラムした人の好みなんだと思います」

「へぇー、なんか不思議ですね。ちなみに、ぼくと隣りにいる楠警部だったら、どっちがタイプですか?」

「くだらんことを訊くなよ」といいながらも、警部は普段はあまり見せない、凛々しい表情を画面に向けた。

5秒くらいの沈黙の後、

「こういうことを言うのは、恥ずかしいんですが、警部さんの方ですかね」

「楠さん、よかったじゃないですか」

「うーん、複雑だな。好かれるのは悪い気はしないが」桐生がちらと警部を見ると、警部は小さくガッツポーズしている。

 桐生は画面に向き直った。

「カレンさん、ぼくからは、もう1つだけ訊きたいことがあるんですが、カレンさんは、殺人なんかの凶悪事件を予測するっていうことですけど、自殺は予測できるんですか?」

 カレンは間を置かずに答えた。

「自殺も自分自身を殺す行為ということなので、予測することはできます」

「なるほど」桐生はうなずきながら納得した。

「お前、まさか、杉浦が自殺したなんて言い出すんじゃないだろうな?」

「思ってませんよ。バラバラの自殺死体なんて、聞いたことないですもん。ただ、興味本位で質問しただけです。ぼくの訊きたいことはもうないです」

「そうか、じゃあ終わるとするか。カレンさん、ありがとう。また来るよ」

「いつでもお待ちしてます」

 警部がリモコンのスリープモードを押すと、画面に『ごきげんよう』という文字が出て、それから画面から明かりが消えた。


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