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一秒の殺意  作者: 滝元和彦
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ランチタイム


「どうしてインド料理なんですか。嫌いじゃないけど」インド料理『ナマステ』のドアを開けながら、星出は言った。

「カレーは大好きだっていってただろ」

「警部はインドに傾倒してるんです。今月末にインドに行って、オリンピックを観てくるんですって」

「そうなんですか?警部。お土産買ってきてくださいね」

 店内は、異国情緒たっぷりのインド風の音楽がかかっていた。その音楽を聴いていると、なんだかヨガをしたくなるような気分になってくる。店の奥から、背が高く、浅黒い顔の、いかにもインド人ですという男性が出てきた。

「いらっしゃいませ。3名様ですね?こちらにどうぞ」しっかりとした日本語だ。店員は警部たちを窓際の席に案内した。

「ご注文が決まりましたら、お呼び下さい」

 警部はドスンと椅子に座ると、メニュー表を開いた。

「好きなだけ頼んでいいぞ。今日はおごりだ」


 テーブルには、3人が頼んだ料理が並んだ。警部はマトンカレーにナンが3枚。桐生はチキンカレーにナンが2枚。星出は野菜のカレーにサフランライス。それからシシカバブに、タンドリーチキンが各2つずつ。

「それじゃあ、冷めないうちに食うか」

 3人とも、空腹だったこともあって、10分間は皆、黙々と食べることに集中した。警部が一番に食べ終えると、手を挙げて店員を呼んだ。

「ええと、このチキンを2つと、ナンを2枚、ほうれん草のカレーを1つ追加で頼む。星出君と相棒はなにか頼むか?」

「警部、けっこう食べますね。僕はこのチャイっていう飲み物でいいです」

「私はラッシーをお願いします」


 追加の注文が運ばれてきた。

「このチャイっていう飲み物、けっこう好きかも」桐生は一気に飲み干した。

「このラッシーっていうのもおいしいわ」

 警部が1つ残さず食べ終わり、無煙たばこに火をつけながら、店員に手を挙げた。

「警部、また頼むんですか?」桐生はテーブルに並んでいる皿に視線を向けた。

「もう食わないよ」

 背の高いインド人が愛想のよい笑顔でやってきた。

「ちょっと訊きたいことがあるんだ」

「なんでしょうか?」

「今日の午前9時ちょうど頃に、こんな男がここに来てなかったかね?」と言って、警部は携帯端末をポケットから取り出して、画面を見せた。画面には、死体の第一発見者の西澤が写っている。

インド人は顔を近づけて画面をじっと見つめた。

「はい、来てました。この人はうちの常連の方です」

「間違いはないかね」

「たぶん、間違いないと思いますが、でもこの人はツインです」

「なんだね、ツインって?」

「双子ってことよ」星出が説明した。

「双子だって?そっくりの兄弟がいるのか」

「ミスター西澤はツインです。弟のブラザーもそっくりです」

「背丈も同じなのか?確か、このくらいだったか」と言って、警部は立って、左手を自分の胸の辺りにもっていった。

「そうですね、だいたいそのくらいです」

 警部は困った表情をした。

「ここに写ってるのは、どっちの方か分かるか?」

 インド人はまた顔を画面に近づけた。

「うーん、顔だけじゃ区別できません。ほんとにそっくりです」

「そうか、分かったよ」

 警部がそう言うと、インド人は丁寧に一礼して、厨房に戻っていった。

「楠さん、西澤のアリバイを確認しようってことですね」

「そうだ。やつは9時ごろ、インド料理屋にいたっていってたからな。でも双子じゃあ、どっちだったのか分からねえな」

「そっくりって言ってたから、西澤は一卵性双生児なんでしょうね」星出は飲み物のお代わりをしようかどうか考えている。

「弟の9時のアリバイも訊いてみないとだめか」

「西澤を疑ってるんですか?」桐生はメニュー表を星出に渡す。

「第一発見者を疑えってのは、捜査の基本だからな」

「マンゴラッシー飲んでみようかな。でも今回は妙な事件ですよね。こんな変な事件は初めて」

 考え事をしていた桐生が話し出した。

「ちょっと今回の事件を整理してみませんか。謎がいくつかありますね。まずは犯人は誰かってことですね。その犯人はどこから研究室に入り込んだのか。犯人が使用した凶器はなんだったのか。星出さん、凶器はやっぱり判別できてないんですよね?」

「そうね、私が見たこともない傷だったわ」

「犯人はどうして遺体を切断して、あの県道沿いに捨てたのか。それも地上20メートルの高さから。それから被害者の左手が持っていたリモコンのようなもの。あれは何なのか。被害者はなぜ全裸だったのか。研究室で見つかったバッテリーはどういう意味があるのか。それと犯人の動機。このくらいですかね」

「桐生君はなにか考えがあるの?」星出が聞いた。

「いろいろ考えたんですが、どうもしっくりこなくて。例えば、犯人の侵入経路なんですが、仮に、犯人が廊下からドアを開けて入ってきたとしたら、いくつかある防犯カメラに姿が映ってなければならないですよね。でもカメラには不審な人物は映ってなかったんですよね?」

「そうね、でもカメラの映像なんて、いくらでも細工できるわよ」

「それに、相棒。ドアには強力なセキュリティがあるぞ」

「そうです。あの全身認証のセキュリティを通過できるのは、西澤と愛内という研究員だけみたいですね。2人のアリバイを徹底的に調べた方がいいのかな。もし、2人にアリバイがあるとすれば、犯人はドアからは侵入しなかった。ということは、窓から侵入したわけですね。あの部屋にはドアと小さな窓しかないんですから。そうすると、変なんです。犯人が窓から侵入したならば、窓ガラスの破片は室内に落ちてるはずでしょう。でも実際には、1階の床に落ちていた」

 警部は無煙たばこに咳き込みながら、

「犯人の偽装工作じゃないのか。犯人が廊下からドアを開けて入ってきたように見せかけるためのな」と考えを話した。

「うーん、そういう見方もできるとは思うんですが、偽装工作をするんなら、もっと分かりやすい工作をしたと思うんです。例えば、廊下から室内に向かって、はっきりとした足跡があるとか、ドアのセキュリティを解除するカードが落ちてるとか、防犯カメラにがっつり姿が映ってるとか」

「それに窓は閉まってたんでしょう?」星出が指摘した。

「西澤がうそをついてなければ、閉まってたらしいですね。そうなると、やっぱり西澤っていう研究員がなにか絡んでるのかなあ」

 この後も約30分、3人で事件について話し合ったが、有益な結論は出なかった。警部は腕時計を見ると、すでに午後の9時を過ぎていた。

「こんなとこで、いくらしゃべってても、しようがねえぞ。今日は解散だ」

「警部、マンゴラッシーだけ飲んでいいでしょ?」星出は店員を呼んだ。

「早く頼むぞ。時間がないんだ」

「これから、どこかに行くんですか?」桐生が訊いた。

「ボウリングに決まってるだろ。今なら平日お得割に間に合うんだ」

「そ、そうですか」


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