第72話 戻れない
「俺の家からもすぐに荷物をまとめて出て行くように。いいな」
「っ!?はい…」
震わせて出た声を残し、美空は立ち去った。しばしの静寂が一人の心を燃やした。
「なんやその目は!?なんであんな酷い事ゆうといて平気な顔してられるんや!?」
激昂したレイコは鋼也の胸ぐらを掴みかかる。いくら揺らされようと鋼也の目は変わらずレイコを苛つかせた生気のない目のままだった。
「コウヤかてとっくに気付いとるんやろ!?アイツの…ミソラの気持ちに!!」
「…だからなんだ?」
「なっ」
予想外の冷静な反応にレイコは手を止めた。鋼也はその手を払いのけ、レイコを見下すように言葉を発する。
「アイツがどう思っていようと関係ない。戦えなくなった者はギルドには不要、それだけだ」
態度で冷たく突き放す鋼也だったが次の瞬間に感じたのは人の熱だった。
「見損なったわ」
レイコ渾身の握り拳が鋼也の頬に重く響いた。鋼也はわずかに仰け反りレイコを凝視する。涙を浮かべていた。
「…ソウタのことよろしくお願いします」
リュウジとリオにだけ頭を垂れるとレイコは美空の後を追ってその場から立ち去った。
残された鋼也は俯いて立ち尽くし、頬に残るヒリヒリとした痛みに、「見損なった」というレイコの言葉に、後戻りはもうできないと覚悟を決めていた。
◆
美空が鋼也の住むマンションに着く頃には涙も枯れていたが、部屋に入ったとたんに再び熱く込み上げて来た。家具一つ一つからも思い出が甦る。
(それでも、もう私には使う資格もないんですよね)
ゆっくりとした歩みで自室へと向かう。部屋の各所に置かれている自分の荷物を見て長い期間、この部屋に馴染んでいたことが今になって分かる。スーツケースに荷物を詰める、たったそれだけの動作からも初めてこの部屋に来た日を思い出す。
(あの時はものすごく楽しみにして荷造りをしてたな)
叔母の束縛から逃れ自由に生きる、それも…信じた人と共に。それが美空には長年待ちわびた夢のように嬉しかった。今となっては本当に夢になってしまった。
急に重くなる腰を無理矢理持ち上げ、自室から出る。鋼也が自分の為に用意してくれた部屋。
(だけど、もう必要ないんですよね)
涙をぐっと堪えてその部屋に使っていたリソースを切る。部屋も扉も、何もかも簡単になくなった。
(もう、帰る場所は…なくなりました、ね)
スーツケースの持ち手を強く握る。これ以上辛い思いをしないよう、足早に玄関へと向かう。しかしそこでも立ち止まる。
ドアノブに手をかけてしまったら本当に最後になってしまう。いざ出ようとした美空の中にそんな考えが過る。手が震えて、ドアノブを掴むのを拒んでいる。それでも両手で支えてドアを開けると、
「はぁ、はぁ…間に合った」
膝に手をついて、息を切らせたレイコが開かれたドアの前にいた。美空を見上げると笑顔を作り、手を差し出す。
「行くとこもないやろ?ウチに招待したるわ」
とても必死で余裕なんてないレイコが美空にはこれ以上ない程頼もしく見えた。美空は新たな手を取り、先に進むことを決意したのだった。
ソウタ「あれ!?俺の台詞は?俺の出番は?」
レイコ「ソウタは倒れっぱだからなー出番なくてもしゃーないやろ」
ソウタ「しんでないよな?このままフェードアウトとか嫌だよ。先月まで主役だったのに」
レイコ「…(目を逸らす)次回からはウチが主役や!!刮目して見ぃや!!」
ソウタ「スルーはやめて!!」