第65話 焦り
「ようやくお出ましかぁ?随分とまぁ待たさせやがって、その分の落とし前はつけて貰わねぇとなぁ、あぁ」
ラスタはゆっくりと前に歩みを進めながら刀を振り抜き、
「コウヤァァ!!」
遥か先に叫ぶがその対象は既に目の前にまで迫っていた。ラスタの叫びも威圧も我関せず、鋼也も剣を構え、勢いのまま降り下ろす。
「ラ゛ス゛タ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」
覇気の籠る叫びは最早、獣の咆哮のごとき威圧を誇示していた。力学的にも重い一撃に地面すら悲鳴をあげ、ひび割れる。しかし、ラスタはいとも容易くぼろぼろの刀で受け止めている。火花をあげているのは歯こぼれした刃ではなくその一回り外──黒とも紫ともとれる色をした禍々しい気を纏った層であった。
「んん、時間のわりにゃ弱いんじゃねぇかぁ?お前の辛い辛~い10年はそんなも──」
ラスタの言葉を遮るように剣を振るう。他方向から何度も剣撃を放ち畳み掛ける。それを全て受けて尚、爛れた顔に焦りの表情はない。
「冷てぇじゃねぇかぁ、久しぶりの再開だろぅ?あれかぁ、俺が御大層なもてなしで出迎えちまって怒ってんのかぁ?」
煽るように鋼也の剣撃を全ていなし、その間を縫って鋼也にかすり傷を負わせている。
「アドバンス──〈風〉」
コールと共に、鋼也は緑の光を宿しいくつもの分身を生み出す。分身それぞれが高速攻撃を行い、ラスタに反撃の隙を与えない。
「アドバンス──〈水〉」
再びコールすると、緑の光に深い藍色が含まれ、鋼也と分身はラスタから一定の距離を取り、囲んでいる。一斉に剣をラスタに向けて、
「バレルオーシャン」
魔法で水の波を起こし、それの波状攻撃でラスタを飲み込む。
「アドバンスの重ねがけからの回避不可の多重攻撃──そんなもんで俺に勝てるってのかぁ!?甘ぇんだよ!!」
全ての攻撃を受けきって尚、ラスタは口角を吊り上げへらへらしている。
「お前の本気、実力はこんなもんじゃねぇだろぉ?あの力がなきゃお前に俺は倒せねぇ」
何を言われようとも平然と、しかし消耗により息を切らしてラスタに向かって行った。
◆
「…今のところ、魔物はいなかった。コウヤ君の方に行こうかな」
呑気に思っていると鼓膜を破りそうな高音で連絡を知らせるアラームが鳴り、美空が反応する。リオの声で、
「コウヤちゃんと今一緒!?」
切羽詰まった声色で尋ねられ、美空は困惑しながらも答える。
「いえ、魔物を探す為に別行動をしてまして」
「…あの子は本当に馬鹿なんだから!!ミソラちゃん!!」
「は、はい」
「これから言う場所に今すぐ行って!!」
「な、何でですか?」
リオの切迫感に押され気味で尋ねると、美空にとって予想外の答えが帰ってきた。
「コウヤちゃんの命が危ないの!!」
◆
「ひゃっはは、おらおらどうした!?さっきまでの勢いはどうした!?」
目にも止まらぬ無数の連撃を浴びせながらラスタは嘲笑する。鋼也も全ての攻撃は防ぎきれず、多くの傷を追っている。
「…」
肩で息をする程、足元がおぼつかなくなる程、体力が無くなろうとも、鋼也は余計な口を一切叩かない。いや、鋼也がそうできないことをラスタは知っている。そしてそれが最もラスタの忌む物だった。
「…ヴヴゥ、ヴヴゥ、ヴワァァァ!!」
しかし遂にたかが外れ、唸り始める。鋼也の目の光は失われ、奥底から闇が溢れ出す。鋼の鎧は荒み、歪にねじ曲がる。その姿にラスタは頭を抑えながら笑い、
「くくく…はっはっはっ!!とうとうやりやがったぁ!!これでお前は終わりだ。コウヤ」
その時には自らが刻まれていることにも気付かず狂喜していた。
◆
そんなはずはない。コウヤ君に限ってそんなこと、あるはずがない。
私は急に告げられた大切な人の死の可能性を信じきれず、それでも焦燥感に駆られています。魔法の翼をブーツから出して全速力で飛んでも、その魔力は集中欠如で乱れて飛び続けられるのもやっとです。それでも魔力を込め直す暇はありません。
今まで幾度となく魔物の上位種である魔人を倒してきた彼が、私よりもずっと前から戦場に立ってきた彼が、私に希望をもたらしてくれた彼が、死ぬなんてこと──と考えて思い出しました。彼と別れる時の彼の強ばった面立ちを。彼は分かっていたのかも知れない。強敵がいることを。その上で私を遠ざけて守ろうとしてくれていたのかも。
何故か、交通事故で亡くなった両親を思い出しました。あるはずのない、二人に守られた過去。朧気だがそれは確かな過去。
しかし、それは私の望みではない。私は大切な人を守る為に戦う道を選びました。怯えてなんていられません。何かの役にたてるかも分からないけど、それでも──
リオさんから言われた高層ビルの近くまで来ると、ぼろぼろな姿で力なく落下する彼の姿が見えました。
「コウヤ君!!」
手を伸ばしなんとかコウヤ君に届かせようとします。よく考えれば魔法なら簡単に助けられたかも知れません。ギリギリ届く。そう思ったのもつかの間、頭上で轟音をたてて飛ぶ何かに反応してしまい、再びコウヤ君を見る時には、無惨にも地面に叩きつけられていました。