第64話 違和感
しばらくぶりです。現実がやっと落ち着いて?書き続けれるようになりました。未だに拙い文章ですが、暇な時にでも読んで頂ければ幸いです。
2月、寒さもまだ和らがず鋼也は仕事以外では家から一歩も出ることをしない時期だ。が、今日においては出て行きたいと思うほどのプレッシャーで押し潰されていた。
「…いくらバレンタインだからってダイレクト過ぎるだろ」
鋼也と美空の住む家全てにチョコの匂いが充満していた。鋼也とてチョコが嫌いな訳ではないが、長時間その匂いに晒されるのはよろしくなかった。加えて、キッチンでチョコ作りをしている美空から感じる愛のオーラの重さが鋼也を苦しめる。
(嫌いじゃない。チョコも美空さんも嫌いじゃないんだ。でもそこまでされると、流石に息苦しい。なんて言えない)
かろうじて自室に戻り扉に凭れかかりながら胸を抑える。チョコのこともそうだが、彼女の想いに気付きながら自分はずっと応えられない、という罪悪感に改めて苛まれる。
(俺が美空さんに好かれる資格なんて)
と考えていると背もたれにしていた扉が開かれ、鋼也は仰向けに倒れる。視線の先には美空が立っていた。スカートのガードは鉄壁でほぼ真下にも関わらずチラリもせず、鋼也は内心残念に思う。見上げれば美空の目にもチョコを作っていた時のような光はなかった。
「…緊急の仕事が入ったそうです。残念ですが、人命にも関わるとのことなので」
事務的に言って感情を殺してまで仕事に向かおうとしている美空に対して、ホッと肩を撫で下ろし外に出かけようとしている鋼也。いつもと考えが対照的な二人だが仕事となれば手早く準備をしギルド『竜と女神』に向かった。
鋼也達がギルドに着いた時には人々が忙しなく動いていた。怪我人が運ばれ、救護班がその怪我人の治療も手が回っていない。ギルドを出ていく者も急いでいるが神妙な顔をしていた。
何とかリオを捕まえて事情を聞く。彼女も少し憔悴しているようだった。
「ごめんなさい、こっちから呼んでおいて」
「それは良いから。何があったんだ?」
「それが強力な魔物が同時に10体も出て、しかも運悪くどこも市街地に近いの」
「そんな…」
「本来、魔物が同時に発生した場合には市街地からの遠近で優先度が変わるのに、こうもいっぱい出て、皆強いんじゃ人も足りなくなるのよ。リュウちゃんも出撃して私一人でどうにか回してる状況よ」
もはや、回っているようにも見えない。それすら分からない程混乱しているのか。
「どれくらい強いんだ?」
「斥候で行った人達が全滅したの。命に別状はないのだけど…」
リオが視線を向けた先には美空も顔見知りの魔物ハンターの男だった。包帯を幾重にも巻いて座っているあたり話に出た斥候だろうと推測できた。その男は両手で頭を支え小刻みに震えていた。
「…あの調子だと、過去持ちか」
「過去持ちって何ですか?」
「過去持ちっていうのは魔物との戦闘で心に深い傷を負って過去を作ってしまった人のことを指す言葉よ。ギルドマスターにそう認定されると魔物ハンターとして戦うことは二度とできなくなるの。戦闘中にフラッシュバックして危険に晒されるのは他の皆だから、って」
「キョウジさんが…」
よく知っている人物なだけあって美空も同情し、悲しげな表情を浮かべる。
「…それで、俺達はどこに行けば良い?」
それと対照的にドライな物言いの鋼也に美空は憤りを覚える。
(コウヤ君の方がよっぽど長い付き合いのはずなのに、少しも心配しないなんて…)
「関内近辺をお願い。魔物の反応があったのだけど騒ぎになってなくて、まだ人手が回っていない場所だから気を付けて」
「危なくったって俺が入れば大丈夫だよ。いざって時は俺がなんとしても美空さんだけでも守るから」
(前にリオさんが似たような事を言った時に怒ってたのに、どうしてそんなことを)
そう言ってリオの差し出す転移用のカードを受け取り、ギルドを出る。その背中に疑問を抱きながらも美空はついて行った。
転移した先──関内駅付近では普段と同じように多くの人が行き交っていた。
「確かに、騒ぎになってないですね。誤作動だったのでしょうか?」
「それか…あえて騒ぎを起こさずに待ち伏せを狙う程、脳のある奴か」
「そんな…」
賢い魔物と聞いて思い出すのは武演祭の決勝戦、そして煌治との一戦。どちらも鋼也がいなければ撃退できなかった程の手練れだった。そんな魔物が市街に現れたと考えると美空は一気に血の気が引いた。
「…気を付けながら別れて探しますか。誤作動なら別のエリアの応援に行かないと。動かないことには何もなりませんからね」
辺りを見渡しながら鋼也が告げた言葉に、美空は寒気が増した。さっさと行ってしまいそうな鋼也の袖を掴む。
「で、でも!!コウヤ君が言ってたみたいに強敵である可能性もありますよね!?なら、戦力は分けない方が──」
恐怖に駆られ必死に取り繕うも鋼也には言葉が届く様子もなく冷淡に、
「…怖いなら戻ったらどうですか?今は緊急時です。一刻も早く魔物を倒して皆を守らなきゃいけない。安全策が最善策とは限らない、ということです」
「…そう、ですね」
厳しい状況がそうさせるのか、冷たく言い放つ鋼也の雰囲気に美空は押し黙る。それを見た鋼也の表情はわずかに緩み、
「大丈夫ですよ。美空さんに何かあったら、すぐに駆けつけますから」
美空の震える肩に手を置き、目をしっかり見て安心させる。鋼也の指示で関内駅を境界線にして見回りをすることになった。
美空が魔法で飛んで行くのを見送り、鋼也はため息をつく。
「ふぅ…やっぱり冷たくすんのはできねぇな。でも巻き込むわけにもいかない。いざという時は…」
再び意識を張り詰め、首にかけているネックレスを手に取る。
「トライアングルフォース発動」
鋼也の言葉と共に、陽に照らされて輝く白銀の鎧が体に纏う。鎧とは対照的に光を宿さぬ目で高い空を臨むと背後に翼が現れ、次の瞬間には風を残し、はるか彼方へ羽ばたいた。迷いなく進む鋼也の先には、
「ようやくお出ましかぁ?随分とまぁ待たさせやがって、その分の落とし前はつけて貰わねぇとなぁ、あぁ」
ぼろぼろな身なりをした人型のソレが狂喜して持ち前の刀を嘗め回し、
「コウヤァァ!!」
待ち構える、人や魔物の死骸の無残な姿の山の上で。




