番外編 イチャイチャ初詣
前回のラストと同じ台詞ですが。私、天法院美空はとても幸せです。何故なら、
「美空さん、大丈夫ですか?可愛い顔が赤くなってますよ」
普段のコウヤ君の羞恥心からは考えられないくらい、コウヤ君に甘い言葉をかけられ、頭を撫でられ、手も恋人繋ぎで、
「口パクパクして、そんなにキスして欲しいんですか?しょうがない人ですね」
はわわわ、コウヤ君の顔が近すぎて何を言っているのか分からないです。ほ、ほほ本当にコウヤ君の唇が私の唇に!?
あああ、みみ見ないでください!!どうしてこんな天国になったのか、回想を見ててくだ──
「んっ…」
◆
事の発端はいつも通りの日常でした。
「コウヤ君、ちょっと遠出して鎌倉に初詣に行きませんか?」
「…初詣ですか?」
コウヤ君は露骨に嫌そうな顔をします。ちょうどテレビで初詣の様子を映していました。ああ、これは、
「そう言えば、人混み嫌いでしたっけ?」
運悪くお寺が混雑している映像でコウヤ君は初詣に負のイメージが付いてしまったようです。しかし、私も退きません。コウヤ君と鎌倉デートするために!!
「そうですよね、引きこもりなコウヤ君が仕事以外でそれも年始に外に出かけたりしませんよねー」
チラッとコウヤ君に振り向きます。気まずそうに顔を逸らしました。
「カノセさんと行こうかなー男の人より頼りになるから人混みでもリードしてくれそうだなー」
「ぐぬぬ」と唸り声を上げて突っ伏しています。もう一押しです。
「せっかく用意している振り袖を着ないのはもったいないですからねー」
「是非行かせてください!!」
こうして、コウヤ君が快く応じてくれたので私は自室に戻り、宣言通り振り袖を用意しました。着付けは叔母に強いられていた花嫁修業の一環でお手のものです。コウヤ君とのお出かけに心踊らせ、振り袖を羽織ろうとしたその時から、コウヤ君はおかしかったのです。
「美空さん、用意できま…ってわあぁ!!ごめんなさい!!」
突然、コウヤ君が私の部屋に入って来たのです。もちろん、振り袖を着ようとしていた私は下着以外体を隠す物を身に付けておらず、慌てて出ていった様子から察するにバッチリ見られたようでした。
油断しました。コウヤ君が私の部屋に間違っても入って来ることはないと思っていました。
私がこの家に住み始めてしばらくしますが、数える程しか私の部屋に入ったことはありません。今のようなことがないようにと自分から私の部屋を避けているようで、ソッチの主人公力はないものだと思っていました。そんなコウヤ君がラッキースケベを発動するなんて、という驚きの後にやっと羞恥心が襲ってきました。 振り袖で体を隠すように寄せてから、再度思いました。
今日のコウヤ君はどこかおかしい、と。
◆
青と白を基調とした、夏祭りの着物より明るい色合いの振り袖を身に纏い、長い髪も後ろで結って、薄めですがお化粧もして、気合いを入れた姿で、コウヤ君とのデートに望みます。
まぁ、コウヤ君は「可愛い」ぐらいしか感想はないんでしょうけど。なんて涙を堪える気持ちでお披露目したら、
「夏に着てた着物より明るくてお似合いですよ。やっぱり美空さんは青い和服が似合う大和撫子タイプですね。普段も綺麗だけど、お化粧して髪型変えてると新鮮でより美人が際立ってます」
ど、どどどどうしちゃったんですか!?急に気が利いて!?急にイケボになって!?夏祭りの時なんか最初は何も言ってくれないくらいずぼらだったのに、緊張して胸ばっかり見て更に緊張してたのに。
突然のコウヤ君の変貌に私は驚くことしかできませんでした。
「なんて改めて言うのも気恥ずかしいので、行きましょうか」
そう言って手を差し出してくれるコウヤ君。いつもは私が半ば強引に抱き締めてるのに。
こんなイケメン力のあるコウヤ君はやっぱりおかしい。…でも、まぁ良いものです。
こうして、だんだん私も呑まれていくのでした。
◆
その後も満員電車の中でコウヤ君が私を庇い壁ドンの体勢になったり、振り袖が汚れてしまわないように道に気を使い歩幅も合わせてくれたり、と理想の男性のようでした。
そんな理想の男性の顔がどんどん近付いて何も抵抗出来ず、目を瞑りました。唇に触れる柔らかい感触。とろけそうな程幸せでゆっくりに感じる時間。でも何か違和感があります。なんでしょう?この雲のようにモヤモヤした気持ちは。
「ミソラは…そのコウヤで良いのか?」
私の目の前にいるコウヤ君は格好良くて紳士的でラブコメ力もあって…まさに完璧。完璧…なはずなのに、何かが違う。
「そうよ、そんな男より私の選んだ男性と添い遂げれば良いのよ」
「キミにはボクがいるからね。だからそんな愚民を拒むのさ。本能的にね」
「って、なんで叔母さんや煌治さんまでいるんですか!?」
カノセさんの台詞にも驚きましたが、お二人はいること自体が不可解でツッコミを入れてしまいました。意地悪く怖い顔で手招きしています。嘘だ、幻だ、と両手で振り払うと煙のようなものになり消えて行きました。
自らの行動とはいえ何をしたのか理解出来ず、唖然としていると、後ろから声が聞こえました。
「やはり、ミソラは本物のコウヤが良いのだろう?なら…これくらいなら貰ってしまっても許してくれるよな!?」
カノセさんはコウヤ君の胸ぐらを掴むと力ずくで引き寄せ、あろうことか、唇を重ね合わせてしまいました。コウヤ君は驚き、すぐに離れて私に弁解を始めました。
「み、美空さん!!違うんです、誤解です!!カノセに無理矢理されただけで僕がしたかった訳では…そりゃちょっとは唇が柔らかいなとか思いましたけど!!でも本当に違うんです!!」
「良いじゃないか、必至に取り繕わずとも。ミソラには他に好意を寄せている者がいるようだしな」
と思ったら状況が一変。今度は私の浮気(付き合ってもないけど)が疑われ始めたではありませんか。
「そんな、確かに私が好きなのはこのコウヤ君じゃないかも知れないって思い始めてますけど、それでも私が好きなのはコウヤ君だけであって」
「意味が分からなくなってますよ。でもそんなに慌てるってことは──図星なんですね」
「断じてそんなことはないんです!!けど、どこか違和感が」
「もう良いですよ、取り繕わなくて。無理して付き合わせてごめんなさい」
「待ってコウヤ君!!違うの!!」
手を伸ばしても届かない程に、二人が遠くに行ってしまいます。比喩ではなく実際に、です。
「さぁ、これからどうしようか?」
「そうだな、私達で仲睦まじく幸せに暮らそうじゃないか。一緒にいよう、いつまでも」
「どこかでお茶でもするかって意味だったけど、それも良いな。名案だよカノセ」
その後、何度も口付けを交わすコウヤ君とカノセさん。かなり遠くにいるはずなのに、それだけは辛い程に見えてしまいます。
そんな、どうしてこんなことに…私は走り続けます。追い付けない、追い付いても何も変えられないと分かっているのに。涙が頬を伝い、遂には力尽き膝から倒れました。
「どうして、どうしてこんなことに…少し変だったけど、それでもコウヤ君が私以外と仲良くしているのがこんなに辛いなんて」
泣き崩れ、自らの過ちを悔い、悔やんでも悔やんでも私自身が許せず、泣き叫びました。
「こんなこと、何かの間違いよ!!何か悪い夢、そうに、そうに決まってる!!決まって…」
ただの現実逃避だと遅れて理解し、虚無感が私を更なる悲しみに苛みました。
「せやな、夢やもん。コレ」
突然聞こえた微妙な関西弁は私にとって救いの手でした。
「レイコ、なんでここに…」
「せやから、コレは夢なんやから登場人物なんてテキトーや、ゆうとるやろ。にしても、初夢がこんなんなのはミソラもツイとらんな。可哀想やから、さっさと目ぇ覚ましな」
そうレイコが言うと私の意識はどんどん曖昧になっていくのでした。
◆
「……ん」
冬の張り詰めた空気の中、美空は重く閉じていた瞼をゆっくりと開く。見えるのは見慣れた天井──彼女の想い人の家の天井だった。それだけの事実に美空は深く安堵し起き上がる。
次に思い立ったのはその想い人の存在だった。パジャマのまま隣の部屋へ早足で向かい、それでもドアの前で躊躇い、やっと入る。何事もなく、だらしのない格好で寝ている少年。その顔を確認するなり不思議と涙が零れ、美空はゆっくりと近付きあどけない顔に優しく触れる。
「…正夢にならないように頑張らないと、ですね」
気持ちを新たにし、夢でも出来なかったソレをして彼の部屋から立ち去った。緊張で機能が塞がれていた嗅覚が戻り、寝汗をかなりかいていたことに気付き、崩れたパジャマを少し整え、風呂場へと向かうのだった。
寝惚けた少年──鋼也と風呂上がりに鉢合わせになることも知らずに。
前回申しました通り、しばらく休載させていただきます。再開しましたら再び精進していくつもりですので、その時は「ああ、こんな話あったな」と思い返してもらえれば幸いです。今までありがとうございました。また今度、お会いできるその日まで。




