第63話 力と責任
「ソレはボクのモノだ、愚民ごときが気安く触れるな!!」
まったく、せっかく魔人──後でムログという名前があるのを知りました───を倒せてコウヤ君とまったりしていたのに、うるさい人ですね。
そう、もう煌治さんの声は恐怖の対象ではなく耳障りな騒音です。今、立ち上がったコウヤ君こそが考えを変えてくれました。
「ごちゃごちゃうるせぇな」
「そう言っていられるのも今の内だ。ボクの敗北によりキミ達全員ボクの奴隷だ!!」
コウヤ君と向かい合う煌治さん。いつでも偉そうですね。今回に至っては負けたのに。
「負けた癖に偉そうだな。大方、戦を司る本に細工でもしたんだろ?」
ネタがバレたというのに悪びれもせずコウヤ君を笑いました。
「ふっ、今更気付いても遅い。決闘の取り決めは法に準ずる。それを破れば貴様は監獄行きだ」
「それはどうでしょうね」
「…何っ!?」
横槍を入れたのはリオさんでした。黒焦げになった旧式の戦を司る本を手にして。
「俺が入った時点でルールの第一条件は破られた。だから全て無効だ。ま、それはこちらの落ち度だからもっかいやりたいなら受けるが。まあ、受けられたらな。そんな大層なものが偽造されてて許される訳がねぇよな?」
「お言葉ですが、《白銀の槍騎士》の言う通りです、煌治殿」
コウヤ君に賛成するカノセさん。敬語を含め仕事口調なのはカノセさんが本部務めで寿家は直属の上司にあたるからだそうです。
「キミは本部の者か。見ていたのなら証人になれ。コイツがボクを貶めたんだ。そうだろう」
「承諾しかねます。私は全ての魔物ハンターの為に働いています。その為ならばどのようなことでもいたしましょう。しかし、煌治殿は女性を奪うという私情で行動なされている。ならば、私も友の為に戦うことも厭わない覚悟です」
「ま、そいつが失脚しちまえば」
「上司も何もないかんな」
ソウタ君とレイコもひょこっと顔を出しヤジにも似た合いの手を出しました。二人は楽しそうにしてます。当然とは言え煌治さんに何かされたことの憂さ晴らしのように、です。
「という訳で、ご同行願います。煌治殿」
「護衛、はやく来い!!なんとかしろ!!」
「若旦那、もう潮時です」
セイガさんが止めてもなお叫び続けます。まるで駄々をこねる子供のように、と言うかそのままですね。
「うるさい!!ボクはそんなの認めない!!このボクが認めないんだ!!だからボクは悪くない!!」
「いい加減にしないか!!」
放たれた声は年配の方のものでした。皆が振り返るとそこには煌治さんの祖父、寿善治さんが立っていました。よろよろの足も杖で体を支え、一歩ずつこちらに向かって来ます。
「煌治、自らの罪を認めよ」
「何のことでしょう、お爺様。むしろボクは嵌められたのです。処すべきはあの愚民共です。ボクを貶め、神聖な決闘を汚し、あまつさえボクの女を奪おうとする悪逆の徒です。どうか、あの者に罰を」
誰が誰の女ですか!?私は生まれてこのかた添い遂げた男性はコウヤ君だけです!!よくもまあ、この状況でそこまでのことを平然
と言えますね。
「馬鹿者!!まだそのようなことを言うか!?人の上に立つ者に求められるものとは力ではない。信頼と責任じゃ。皆を良い方向に動かす為に使う力を過信せず、信頼によって人を導き、落ち度が生ずればどんな形であれ責任を取る覚悟を持つ。それこそが寿家の心構えじゃ。命をかけて闘う者をまとめる我々の役目じゃ!!」
声がしゃがれてはいますが、その気迫からどれだけ自分の役割を考えて来たのかがとても良く伝わりました。武演祭の時の鼻の下を伸ばしていたのは裏の顔、いえ、そういう面があるからこそ信頼を得たのでしょう。
「…お爺様は、そんなこと教えてくれなかったではありませんか!?」
「ああ、そうじゃのう」
責められて心が痛むのか胸を抑えています。煌治さんはそれを見てまだつけこめると思ったのか口を開きます。が、
「だったら「故に儂も罪を背負おうぞ」…は?何を」
その言葉には煌治さんだけでなく皆が驚きました。当然です。誰も倒せなかった魔王を封印し、それ故、現在の魔物ハンター内での最高権威である善治さんに罰を与えるなんて、と。
そう考えてなかったのはコウヤ君だけだったようで笑っています。
「おいおい、じいちゃんなら魔法で牢屋なんか簡単に抜け出せんじゃねぇか」
「ふぉっふぉっ、牢で魔法の類いを発動できないのはお主が一番──いや、言うまでもないのう。儂が権力を使って出ることを心配しておるのじゃな。それには及ばぬ。既に儂の力の及ぶ範囲は寿財閥の裏組織のみじゃ。本部への干渉はできん」
「ああ、そうだったっけか?」
冗談と言い切って良いのか分からない冗談に笑うコウヤ君と善治さんを見て私達はまたも唖然としました。
「ま、待ってくださいお爺様!!被らずとも済む罪をどうして背負うのですか!?お爺様ともなれば魔王を封印した魔物ハンターのひいては全人類の英雄、それを」
「まだ分からんのか!?お主は魔人を儂らの世界に連れてくるという最大の禁忌を犯したのじゃ!!誰も死ななかったから良いものの、小僧が倒してくれんかったら今頃大惨事じゃ!!ここで裁かねば、いずれまた同じ事が起こるやも知れん。よって身内と言えど厳正に処罰する。我々のような愚かな者が出ぬようにな」
とうとう、善治さんの気迫に煌治さんの腰は抜け、崩れ落ちました。
「まあ、トドメをさしてくれたのは美空さんだけどな」
「おお、それはそれは。礼が遅くなってすまんのう」
「い、いえ!!私は何も」
コウヤ君が褒めてくれただけで十分です!!と心の中で付け加えていると、カノセさんが近付いて来ました。
「善治様、そろそろ」
「うむ、あの二人には詫びとして後日、報酬を送ってもらえるかのぅ?」
「承知しました」
頷いたのはセイガさんでした。セイガさんの目は主が去ってしまうことに寂しさを感じているようでした。これも善治さんの人徳故でしょう。
「そういうことじゃ、楽しみにしておれ。後、この際じゃ、もう教えても良いじゃろう」
そう言って善治さんは立ち止まり、
「魔王を封印したのは儂ではない。その補助をしたに過ぎん。それでこの立場にいるのも罪悪感があったのでな。その贖罪として余生を生きようぞ。良いかの?小僧」
何故かコウヤ君に尋ねました。少し間を置き、
「…俺に聞くなよ」
と、俯いて答えました。コウヤ君の曇る表情に何か引っかかります。
「ま、たまには面会に行ってやるよ」と加える時にはいつも通りでしたが…少し心配です。
「待っとるぞ。その時は是非ミソラちゃんも「さっさと逝け、クソジジイ!!」冷たいのう、まったく」
そう言ってカノセさんの後ろを付いて行く背中は寂しそうで、でも長年背負った物をやっと下ろせた、そんな姿にも見えました。善治さんが魔王を封印していないという事実と魔人に体を乗っ取られた影響で、煌治さんは意識が途絶え、セイガさんが運んで行きました。
後日、意識を取り戻した煌治さんが魔人ムログとの関係を語り、闘技場に痕跡も遺伝子(残ると魔物か湧く危険のある物)は発見されませんでした。善治さんの投獄については公には隠居とされ、真実は口外してはならないものとなりました。
今回の事件はこれで幕引きとなり、私達に平和な日常が戻ったのです。
「って、言ってる側からどうしてこうなるのでしょうか…」
「…なんででしょうね」
電話が鳴り響き、休日に突然舞い降りた仕事。手にはそれぞれの得物を構え、100を優に越える小型魔物に対して、私達は呆れていました。
「ま、さっさと倒して帰りましょうか」
そう言ってコウヤ君は無策で突っ込んで行きました。それでも全て倒してしまいそうですが、私がそうはさせません。一緒に戦うって決めたから。
「はいっ!!『極限の吹雪』!!」
広範囲魔法で魔物の軍勢の大半を死滅させましたが、どうしてもレベルの高い魔法を使った後は反動で少々動き辛く、それは戦場では本来致命的です。ですが、
「ったく、美味しいトコほとんど持ってかれちまって、俺の立つ瀬がないじゃん」
愚痴をこぼしながらも動けない私に魔物が指一本触れない程鮮やかに倒してくれるパートナーがいます。それが一番嬉しいです。
「あれ?コウヤ君の倒した数、少なくありませんか?夕飯一品減らしましょうかね、コウヤ君の分だけ」
「そんな殺生な」
「じゃあもう一回仕事貰いに行きますか?」
「もう働きたくない」
「ふふっ、冗談ですから安心してください」
日常に戻る。と言うより日常になるが正しいですね。変化しない日常なんてない。前には戻れない。だからこそ先の日常を手に入れる為に絆が生まれ新しい関係──新しい日常となる。そう、最近思えるようになりました。
コウヤ君と共に過ごしてしばらく経ちます。少しは親密になれたと感じながらコウヤ君の腕に私の腕を絡め、肩に頭をそっと任せます。見かけは変わらずとも私達の距離は歩み寄り、ないようにも思えて───
私、天法院美空はとても幸せです。
これにて煌治編が完結です。これからストーリーの山場である4章に入るのですが。
すみません、私情により次の番外編を持ちましてしばらくお休みを頂きます。1年後ぐらいにはまた戻って来たいと思っておりますので、どうかそれまでお待ち頂けると幸いです。