第55話 脳ある鷹は爪を隠す(だからと言って誰がどうだとは言ってない)
別に誰がバカだとか、鋼也や煌治が何だとかとは言ってません。
「このような茨の中で清き身を守っていたのですね」
「あなたは…煌治さん」
先程まで最愛の人がいたそこには現在最も嫌いだと言っても過言ではない人物が立っていて、美空の顔は困惑から嫌悪に変わる。
「覚えていただいて光栄です」
ただ鋼也との違いは窓の縁にギリギリで立っているのではなく、宙に浮く板に乗っていることだ。その上でひざまずいて余裕を持って礼をする。
「帰ってください。これ以上入って来たら警察呼びますよ」
美空は毅然と接する。疲労はまだ残っているが鋼也との会話で安心できたからだろう。それでも足元はふらついている。
「これは手荒い歓迎ですね。ま、警察ごときにボクをどうこうするなんてできないですがね」
煌治の余裕ぶった笑みの恐怖に駆られて美空の思考は混乱した。
(警察ごとき…煌治さんのお祖父様は権力者だから?だから警察も無力、いざとなったら煌治さんを止めることができない?もしかしたらコウヤ君にも…)
◆
「さぁーて、格好良い俺の帰りに集ってくる週刊誌の記者はどーこだ」
美空と別れた鋼也は家の屋根の上で走っている。ナイフの飛んで来た方向をおぼろげに思い出して犯人を探しているのだが、
「どこにもいねぇな。実力派スナイパーか、いや、熟練のオールラウンダーってところか。あの人だもんな」
と考えていると再度ナイフが投げられた。正面からの攻撃ならかわすのは容易く相手の位置も認識できる。鋼也はナイフが飛び出した住宅街の中でも小高い丘に足を急がせる。
案の定そこで待っていたのは煌治のお側付きの、
「黒スーツ壁男。やっぱりあんたか」
「…流石に実力が実力なだけあって余裕が違うな」
「あんたこそ、俺に挑発されて黙ってるとはな。やっぱただ者じゃなかったってことか?壁男」
「壁男ではない。寿組若旦那専属、セイガだ」
お、ようやく反応した。つか名前無駄に格好良いな。黒スーツ壁男改めセイガはそのがたいの良い体によく似合うデカいハンマーを持っていた。
「今日の魔物、あんた一人でも勝てただろ?なんで俺らを呼んだ?」
「お見通しか。若旦那に世間という物を分かって欲しくてな」
「…へ、どゆこと?」
俺の間の抜けた問いにセイガに遠い目をした。
「あ、なんか長くなりそうなんで話さなくていいで───」
「若旦那は、知っての通り世間知らずで実力もないのに好き勝手やって、善治様でも手をやいていらっしゃる」
あー勝手に語り出しやがった!!
「そんな若旦那に直接言う訳にもいかないから不祥事という形でお前達の強さを見せつければ「自分も戦う」等と言わず組の仕事を全うされるだろうと思ったのだが」
「…うん、あんたも大変だな。「組の仕事」って奴の内容は聞かないでおくけど」
ヤクザ怖い、いかつい男怖い。また語られたくないから迅速に次の疑問をふる。
「んで、なんで俺を殺ろうとした?」
「いわずもがな、若旦那の命令だ」
「なら別に実行しなくても───」
「どんな方であろうと若旦那は若旦那だ。その命令とあらば遂行するのが組の人間の役割だっ!!」
話しながらこちらに迫り背負っていたハンマーを軽々と降り下ろす。あんなデカいハンマーの癖に速すぎるだろ。ギリギリのところで地面を蹴り後ろに回避する。
俺が《加速する槍》をカードから具現化し構えるとセイガはまたも目を見張る速さで攻撃を繰り出した。
「くっ、なんだ。この速さ。魔法でもないし」
何度か高速の攻撃を受けてもその仕組みがさっぱり分からん。できればトリック見破って潰しておきたいんだけどな。余裕こいてるとどんどん追い込まれてもう背中に壁に付けさせられた。
「魔法もなにも、これは俺の実力だ。日々の地道な鍛練こそ真に強くなる道だ」
「なるほど、そんだけ筋肉付けときゃデカ物も振り回せるってことか」
「お前らみたいな若造はやれステータスがすごいだの、やれ魔法付き装備が強いだの、派手なことに目が行きがちだからな」
「確かに盲点だった。勉強になったが…そういう話はバカな若旦那にしてやれよ」
「それができたらどんなに楽か──って、どこに行きやがった!?」
まあ、こういう時は大体上にいる。セイガが見上げた時にはもう俺は槍を降り下ろしていた。
「いつまでも男に壁ドンしてんじゃねぇっこの壁男がぁぁっ!!」
セイガは吹っ飛び向かいの壁にぶつかる。流石に熟練の力は侮れずすぐに立ち上がった。
「やっぱ直撃は避けられてたか。あーれを避けられちゃキツいな」
「何を言う。俺はかすっただけでそこらじゅうガタガタいってやがるってのに。この馬鹿力が」
「お褒めの言葉をどーも」
皮肉っぽく笑うとセイガもつられて笑い腰に付けたカードケー スに手を伸ばしたので身構えるがハンマーをカード化していたのでとりあえず安心できるな。
「お前なら、若旦那を何とかできるかもな」
「はは、巻き込まれるのはごめんだな」
「もう遅い。せいぜいあの胸のデカい女の話をよく聞くことだな」
そう言って、カードをかざしその場から姿を消すセイガ。多分ワープ用の魔法を使ったのだろう。
「嫌な予感がするな。美空さん弱ってるのに」
何事もなく料理作ってくれると嬉しいんだけどな。そのことでまたいじってくれるくらい元気でも良いから。
脳内に不安を募らせ自然と速足になって帰路につくのだった。
◆
鋼也が家に着くとすぐに美空の部屋の戸を開けた。室内ではカーテンが風に吹かれて広がっている様をぼんやり見上げ足がすくんで立てないような座り方をしている美空がいた。慌てて鋼也は駆け寄る。
「美空さん、何があったんですか!?」
その声に気付いた美空は鋼也の方を見た。力のない顔に涙を浮かべ、
「ごめんなさい、お食事は用意できませんでした」
言葉はからかう為の物であったが「ごめんなさい」には別の意味が感じられた鋼也は、
「良いです。疲れてるんだから用事は僕に何でも言って、休んでください」
家事等を代わりにしようという気遣いの気持ちで言ったそれを美空は予想外の捉え方をした。
「なら───お話があるので、その…膝枕して欲しい、です」
「…へ?」
鋼也の混乱と疑問、そして不安は次回に持ち越されることになった。
「何でも」って言われたらあんなことやこんなことを頼みたくなりますよね。美空さん程は積極的になれずチキって絶対に口には出せませんけど。