第52話 鋼と煌
第50話のあとがきに加筆しました。《錬成銀の風》についての説明です。良かったらどうぞ。
「さあ、今からでもボクを拝んで媚びを売っても良いんだよ?」
己の権力と整った顔に絶対的な自信を持っている青年───煌治は、自身の祖父である善治の名を出せば目の前の美しい女性はすぐにでも我が物となると信じて疑わなかったが、女性───リオは終始不快感を示しているであろう顔を変えなかった。
脈ナシと理解し、『この女にはボクの価値が分からないのだ』と脚色を加えて解釈した煌治は気を取り直して平生を保つ為に息を吐き出す。
その気持ちを逆撫でするような一言が彼の後方から聞こえるのはすぐだった。
「誰がするか、んな事」
声変わり途中の低い男の声であるそれに煌治は嫌悪を隠せなかった。『このボクに──魔物ハンターに絶対的な権力を有する寿煌治が祖父と明かしたこのボクに』と腸が煮えくり返して声のした方に振り向く。
「…コウヤ君、声に出てましたよ。全部…」
こそこそと男に話しかける一人の女性───いや、煌治からすると年下に見える顔立ちの少女に気が付いた。
華奢な肩や美しい曲線を描く臀部から伸びる細く優美な四肢。艶で時折輝いても見える純黒の黒髪は風で僅かに揺れ、その元の顔はどこかあどけなさも残る整った顔立ち。
何より男性のほとんどが異性を見る時に始めに見ると言われる胸部は全体的な比率で言えば年上である先程の女性と同等とも言える程に実っていて、その圧迫感たるや服を限界まで押し上げ今にもこぼれ落ちそうで細い腰とのメリハリには目を見張る物がある。
そんな非の打ち所のない少女に煌治は気付けば視線を釘付けにしていた。
そこからの煌治は速く、どこからともなく分厚い本を取り出し、不思議なことにそこから薔薇の花を一輪掴み、彼を魅了した少女───天法院美空へ差し出し、片膝を立てる形でひざまずく。
「美しい女性はそれに相応しい者の元に何度でも訪れるとは、ボクは知らなかった。嗚呼、知らなかったと言えばこのような素晴らしい事実を教えてくださった貴女のお名前を、失礼ながらボクはまだ知らない。お聞かせ願えますか?」
「…名を尋ねるのなら自分から名乗るのが礼儀ではありませんか?」
「これは失礼いたしました。ボクは寿煌治と申します。以後、お見知りおきを」
ひざまずいたまま深く頭を下げる。 先程、公衆の面前で偉そうに──本人はそうは思ってないが──名乗ったことを忘れている。
(ある意味鈍感──と言うか無知ですね)
「…私はミソラと言います。宜しくお願いします」
対する美空は面倒に思いながらもその台詞から倦怠感を隠せなかった。それでも薔薇は常時美空に向けてあり、「お近づきの記念にどうぞお受け取りください」と言われ美空には受け取らないと話が進まないように思われたのでそっと掴む。しばし間を置いて薔薇が小爆発を起こし紙吹雪が飛び散る。
「おお、なんと!!いかに美しい薔薇でもミソラさんの美しさにはかなわなかったようですね」
胡散臭い口説き文句に美空は目を半分しか開けずに冷たい視線を送る。それでも伝わった様子はなく美空は全身を凝視されている煌治の視線に我慢ならず口を開く。
「半年程前の私であれば驚いたでしょうが、今となっては呆れて物も言えません。〈水〉〈風〉〈土〉属性の複合型派生属性である〈植物〉属性の魔法で、派生属性の魔法の大半は魔法のコントロールにかなりの集中が必要で───」
などと煌治の使った魔法について長々と語り出し、そうなると誰も着いて行けず、止めることもできず、長い時が流れた。
「───と言う訳で、あなたからはMPはあまり多くは感じ取れず、それにも関わらず力まずに〈植物〉属性を使えるということは、おそらく〈植物〉属性に適性はなく、職人さんに作ってもらったカードにあらかじめMPを貯めて置いて発動させただけですよね?職人さん達やその商品を否定する訳ではありませんが他人の力を借りて女性を口説くのはとても紳士的とは言えません」
無論、美空も片っ端から女性を口説こうとしている煌治を紳士とは端から思っていない。
一通り話し終えて美空は「ふぅ~」と息を漏らす。自信満々に話していたが少しばかり緊張していたようだ。
(でも、この手の男性はこれくらい言わないと引き下がりませんからね。少し言い過ぎちゃったかなぐらいがベストなはず)
魔物ハンターになる前、美空は通学途中など外出中に下手なナンパに何度か遭遇していた。その誰もが視線や思惑、下心が見え透いた軽そうな男ばかりで、いわゆる箱入りだった美空は最初こそ戸惑ったものの、あしらい方を理解して撃退していた。
そうやって圧倒された煌治はしばらく放心状態になっていたが護衛であるスーツを着た大柄な男に肩を叩かれ立ち直った。「き、今日のところはボクも身を引くとしよう。」と言って一度は立ち去ろうとした。が、
「さっきの失言、キミだよね?」
わざわざ、鋼也の前に止まって言った。その顔は先程までの張り付いたような軽薄な笑みから一転してどこか恐怖や凄みを感じる口先を引き上げていた。
「失言?俺じゃねぇよ」
「それなら、誰が「失言なんかじゃなくて誰もが思っているであろうことを言ったまでだけど」そうか、そんなに死にたいのかい?」
「お前こそ、そんな片っ端から女口説いてると足元をすくわれるぞ。俺とか俺とか俺とかに」
二人は笑いながらも口はひきつっていて顔がくっつきそうなぐらい近距離で睨み合う。
「本当に失礼な事言うね。キミ、名前は?」
「てめえに名乗る名前なんてねぇ」
「まあ、良いさ。調べれば分かることだ。それと──」
ドアの前まで歩きそこから振り向いて、
「キミもそのミソラさんにお熱になっているようだけど身の程って物をわきまえなよ。そんな夢は叶うことはないからね」
ドヤ顔で言い放ち立ち去ろうとするが扉に弾かれ煌治はその場に倒れた。その様子に慌てて煌治の護衛係であろう黒スーツの男が近寄り煌治を隠すように立ち何度か礼をして煌治を抱えて出ていった。
「本当にコウヤちゃんは敵を作るのが得意で困っちゃうわね」
「それにしてもあの煌治さんって人も充分酷いですよ」
一連の騒ぎが行われている間に美空はリオのいるカウンターに座り話をしていた。想い人でもない男に迫られて二人共ストレスが溜まり愚痴を溢しているようだった。
「でも良かったの?《七光りの魔術師》を怒らせちゃって」
リオが鋼也に尋ねると鋼也は「誰それ?」と聞き返す。
「寿煌治の二つ名──いえ、皮肉の方が強いわね。皆陰口でそう呼んでいるのよ」
「七光りって言ってもじいちゃんのでしょ?じいちゃんは俺に手は出せないだろうし、借りもあるし」
「借りって前の武演祭でコウヤ君が人型の魔物を倒した事ですか?」
「ええ、あれでも学園や生徒の事は良く考えてますから。結構、根に持ってるんじゃないかなって」
鋼也が考えを語っていると、リュウジが飲み物(勿論、ソフトドリンク)の入ったグラスを持って鋼也と美空の前に置いた。
「俺や皆の奢りだ。コウヤが俺らの言いてぇこと言ってくれたからな」
「ガハハ」と豪快に笑いながらリュウジが言うと周りの男達が便乗して「良くやってくれたぜ!!」「リオさんに手ぇ出した奴には制裁をってな!!」等と言っていた。
「でも、私まで良いんですか?」
「おう、昔から礼をする時はその仲間にもってのが俺らの流儀だからな」
「それに、最後のドアにぶつかったのってミソラちゃんがやったんでしょ?」
煌治がいた時とはうって変わってリオがニコニコと笑顔を浮かべて聞く。
「な、ナンノコトデスカネー?」
下手に目を逸らして誤魔化す。その様子が面白く笑いが起きる。途端に恥ずかしくなり顔を赤らめて体を小さくする。
「ミソラちゃんもすっかり馴れたわね、この環境に。すっごい馴染んでる」
「そういや、今回の件でお前じゃなくてミソラが狙われたらどうすんだ、コウヤ。元々、奴の狙いはミソラだしよ」
「そん時は、俺が全力で守るさ」
リュウジの最もな疑問に鋼也がキメ顔で応えるとリュウジとリオは目を丸くした。
「おお、いつになく決まってんじゃねぇか」
「そうね、珍しく格好良いじゃない」
「いつもだろっ!?」
強調された言い方に再度暖かい笑いが起きた。リュウジやリオ、そして美空にもそんな幸せが半永久的に続くのだろうと疑うこともなく思っていた。ただ一人、鋼也だけはいつか終わってしまうかも知れないという恐怖に襲われていた。
今回のボツシーン
鋼「失言?俺じゃねぇよ」
煌「それなら、誰が「失言なんかじゃなくて誰もが思っているであろうことを言ったまでだけど」そうか、そんなに死にたいのかい?」
鋼「お前こそ、そんな片っ端から女口説いてると足元をすくわれるぞ。俺とか俺とか俺とかに」
美(はわわわ、かっ顔がっ、くっつきそうでっ!?こ、この後あんなことやこんなことを…ぐへへ)
リオ「どうしたの、ミソラちゃん。ヨダレなんか垂らして」
美「はっ、な、何でもありません!!」←いそいそとハンカチで拭く。
リオ「うふふ、ミソラちゃんも女の子ね」
ホモが嫌いな女子はいません!!って奴ですね。無論、キャラ崩壊なのでボツです。これはこれで面白いと思うけど。