第49話 カノセの日常
魔物ハンターギルド総統括本部、略称『本部』───元も子もない略だが───の巨大な建物の暗い一室にて、明かり一つだけをつけて机に並んだ多くの資料に目を通している者───カノセがいた。
「…奴の出鱈目なステータスに勝つには…ううむ」
カノセは若干17歳にして相当の立場に席を置いていて本部での仕事もありそれを全て完璧にこなした後に残って、一人でその疲労した脳を絞っていた。頭を悩ませている問題は鋼也との戦いについてである。今までの彼の出た試合記録、ステータスなど全ての情報は頭に入っていた。
しかし、とにかく出鱈目なのである。まず試合記録で分かる一般的な情報は戦闘スタイルや戦闘パターンである。それらを覚えることによって相手の行動に対する行動を速くすることができるのだが、鋼也の動きは公式化できず、その場その場で臨機応変に動いている本能型の戦闘スタイルなので意味を成さない。
それを支えているのが鋼也のステータスである。攻撃力、防御力は身体能力を加味している。身体能力が高ければ相対的に対応能力も高くなる。
総じて言えば『出鱈目』となる訳だ。
「こちらが勝っている点は、魔法が使えることと手数…足りないな。アイツに勝つにはまだ足りない」
脳が沸騰しそうになる程、熱く考えていたカノセの部屋に急に音が響き戸が開かれ、カノセにとっては見馴れている少女が入って来た。
「…ん、今日は遅くなるから先に帰って良いと言っておいただろう?リウ」
「従者の私が主人のカノセ様を残して先に帰宅するなど、滅相もございません!!」
リウと呼ばれた少女は紅茶を入れたカップを机に置くと、少し焦った様子で頭を下げる。リウの言動は煮詰まっていたカノセを笑わせた。
「リウは従者ではなく部下だろ?」
「いえっ!!カノセ様にこの命を救って頂いてからは私はカノセ様の物、つまりは従者なのです!!」
両腕を前に出し必至に、自信満々に言っているのにその内容が変で、またもカノセは笑ってしまう。
「そ、そうだな。ふふっ、リウは面白いな」
「もうっ、茶化さないで下さいよ!!」
「本当に昔から助かっているよ」
リウは恥ずかしそうに俯く。
「私なんか、昔はドジばっかりしてたのでそんなに役に立ってないですよ」
「昔はじゃなくて昔からだ…ろ?」
「ひ、ひどいじゃないですか!!これでも一生懸め…って何やっているんですか?」
と言っている途中でカノセはあることに気が付いた。机に置いていた資料からいくつかを探し出した。
「これで希望の光が見えたな…これもリウのおかげだ。ありがとう」
カノセがリウの頭を撫でる。とろけたような顔になったリウに「明日もソノと一緒に協力してくれるか?」と尋ねる。ソノとはリウと同じくカノセを慕う部下だ。
「はいっ!!もちろんです!!」
カノセの期待通りの返事を元気良くリウは返したので気分が良くなりリウに淹れてもらった紅茶を飲む。話していたせいで少しぬるくなっていたが、
「ん、美味しいな」
「ホントですか!?やったーカノセ様に褒めてもらった!!」
「様はやめてくれ」
褒められて小動物のようにぴょんぴょん跳ねているリウにカノセは呆れつつも微笑ましく思い、落ち着いたところで二人で帰路についた。
◆
魔物ハンターギルド総統括本部の一郭にある闘技場にて、カノセは足を忙しなく動かし見るからに苛ついていた。それは彼女が放つ殺気からも理解でき、味方の筈のリウとソノまで怯えていた。しかし、その殺気が向かっている筈の敵は動じていなかった。なぜなら…
「やべぇ!!遅刻だぁぁっ!!」
同建物の某所、建物内で見れば一番闘技場から離れているそこで、カノセの殺気の矛先こと天文字鋼也と同居人の天法院美空が走っていた。例えるならば学園に行くレイコ(第10話参照)のようであった。
「おい、ふざけんな、ナレーター!!誰がレイコと同じじゃボケ!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!!」
「クッソ、誰だ!!約束昼だから飯食ってから行こうって言った奴は!?」
「…コウヤ君自身ですよね?」
「現実逃避なんでマジレスしないでください!!」
走っている美空の揺れる双子山は周りの異性ばかりか同性からも視線を集めていた。
「遅いっ!!15分も過ぎているのだぞ!!」
ようやく到着した頃には怒りで髪の毛が逆立って見える程、殺気に満ちているカノセがその場の空気を静まらせていた。
「いやいや、昼って約束だったし12時でも15分過ぎでもあんま変わんないだろ」
その殺気にも動じず、いつものふざけた調子で鋼也は言った。カノセは更に怒りを覚えたが、
(このまま奴のペースに乗ってしまってはこれからの戦闘に差し支えるな)
と考え、握りこぶしをほどき深呼吸をして落ち着き、これ以上鋼也を咎めることはしなかった。
「さて、改めて今回の条件を確認しよう」
カノセが分厚い辞書のような見た目が外装のスマホの画面を出した。鋼也と美空が覗き込むとそこには何行かの項目が書かれていた。
「ええっと…これは何ですか?」
「通称、戦を司る本と呼ばれる物でこれに戦う際の条件、契約を記入して本部の闘技場に読み込ませるとこれらの項目が法的な物となり、破ればそれなりの刑罰と契約の即時執行が行われる」
美空の疑問にカノセが答える。再度戦を司る本に目を通すと、
・──コウヤ対──カノセの戦いは1対3の変則マッチとする
・──コウヤは──カノセ率いる3人全てを撃破することで勝利とする
・双方、敗者は勝者の命を忠実に執行するものとする
と書かれていて一昨日の話と異なる点はなかった。
「名前の前が空欄になっているんですね」
「条件を承認した上で名字を書くことで契約成立となるからな」
律儀に説明しているカノセに鋼也は呆れ顔になる。
「お前、くそ真面目だな。こんなもん自分に有利なように書いて、俺だけに見せといて、テキトーに名前書かせておけば良かっただろ?俺はこういうのテキトーに読み飛ばすがさつな奴って知ってるんだし」
「お前のようなゲス──いや、君の友達の言葉を借りるなら腐れ外道ではないからな」
鋼也と美空は思いも寄らない単語が飛び出し目を丸くする。
「なんでお前がソレ知ってんだよ!?」
「今日貴様と戦うにあたって貴様のことは調べ尽くしたからだ」
「キャー!!変態!!ストーカー!!」
鋼也は裏声を出し女性のように叫ぶ。すると今度はカノセが驚く。
「変態は貴様の方だろ?何冊もアレなほ「はいはい、無駄話は止めてさっさとバトろうか」
何を言い出すのか察した鋼也は素早くカノセの頭を掴み闘技場に連れて行く。慌ててリウとソノも後を追う。一人残された美空は、
(あーカノセさんが何を言おうとしてたのか分かってしまった自分がいて怖い)
と思いながら観客席の方に向かうと不意に後ろから手が口元に伸び、美空はそのまま連れて行かれてしまった。
ミニコーナー もしもシリーズ④
もし鋼也とカノセがくっついていたら…
カノセ「コウヤ、早く起きろ。私も仕事に行かなければならないんだ」
鋼也「…ん、ゆっくりさせてくれよ…眠い」
カノセ「そんなこと言ってないで…私が用意した朝食もあるから」
鋼也「うっ、余計に起きたくなくなった。どうせいつものゲデモノ料理だろ?」
カノセ「そ、そんなことは…な、ない?」
鋼也「疑問形になんな」
カノセ「で、では早く起きないとキス…してしまうぞ?」
鋼也「…」←無言で寝たフリ
カノセ「…もうっ、し、しょうがないな、甘えん坊なんだかr───」←顔近付ける
鋼也「だっ、誰が甘えんb──」←反論しようと起き上がる
結果、お察しください
カノセ「き、キス…までしてしまったのだから責任とってもらうぞ」←微笑みながら横の鋼也の肩に倒れる
鋼也「…元からそのつもりだ」←小声で照れ隠しになってない照れ隠し
甘酸っぱいですね。こんなのすぐに思い付いた自分も怖いです。
さて本編は結局、カノセ編を今回で終わらせるのは無理だったので次回完結させます。