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「さぁ。行きましょうか。あの女が来る前に」
「……だったら。少しは片付けて行け!」
彼女は意味不明な言葉と共に学校へ行く仕度を整えていく。疑問に残る言葉はあるも流石にこれを。俺一人で片付けろとでもいうのだろうか。
「早くいかないと。遅刻するわよ」
最もな事をいう高梨さん。しかし、今度ばかりは黙って見過ごすわけにはいかなかった。台所のシンクには俺達が使った皿が残されている。時間が経つにつれ汚れは落ちにくくこびりついていく。そんな皿を俺は絶対洗いたくない。高梨さんは何を考えているかわからない人だし。こき使うし、変な恋愛相談は途中で投げ出すし。バイトの高梨さんに下僕として使われている俺は一体。
「だったら、昨日の変な空間を通れば済む話。それよりもこれを手伝え!」
「それは、青木君の仕事じゃないかしら?」
そわそわと目を泳がせる高梨さん。どうも普段の調子ではない。普段なら俺に対し、ぐうの音もでないほど言葉を浴びせてくるにも関わらず、どちらかといえば、大人しめ。そう、ケンカ? した時のようなそんな感じ。
だったら、言葉にしない方が?
どうしょうかと考えている間にも、高梨さんは逃げる体制にぬかりない。どうしてここまで。それにあの女って誰? 今日は天野さんが告白する日なのに。
「青木君はあたしの下僕よ。契約したでしょう? 青木君の力を消すためには……」
「だったら解消する……」
「えっ……?」
「付き合いがなくなれば縁は消えるんだろ!だったら消してやるとそんな縁! 今までだってこいつとうまく付き合って来たんだ。これからだって……」
俺は腸が煮え来る思いをした。どうして、彼女は俺の話を聞いてくれないんだろう。どうして、彼女は逃げようとするのだろう。どうしてそんな顔をするのだろう。
目の前の彼女は普段から見せる冷たい顔ではない。驚きに満ちた顔をしている。なんだこんな顔もできるんじゃないか。ところが、彼女の視線は俺を捕らえておらず、俺よりも少し遠くを見据えていた。
「小羽。迎えに来たわよ」
俺の後ろに彼女によく似た女性が佇んでいた。高梨さんと同じ黒髪と青い瞳。どこか異国風を思わせる容姿に微笑みを浮かべている。いや、どちらかといえば妖艶なもの。ぞくりと背筋が震えた。高梨さんは毛を逆なでた子猫のように警戒していた。
「あら、おかしな子。そんな態度をとるなんて。貴女はあたしの大切な娘じゃない」
「近づいてこないで!」
話から想像するに現れたのは高梨さんの母親らしい。ところが、高梨さんの態度は母親にする態度として明らかに普通とは異なっていた。一歩ずつではあるが、確実に高梨さんは身を引いている。しかし、彼女のそんな行いも虚しく、高梨さんの母親は確かに彼女との距離を縮めていた。
「嫌がっているではないですか?」
「あら? 貴方誰?」
(今更か!?)
この反応は高梨さんの母親で間違いない。台詞の一言一言が彼女にそっくりで憎たらしい。
「まぁ。いいわ」
(いいんかい!!)
「さぁ。ママと一緒に帰りましょう」
母親は高梨さんの腕をがしっと掴むと、昨日俺達が使ったクローゼットの中へと入っていく。彼女も抵抗しているものの本気で掴まれた腕は振りほどけないようだ。じわじわと抵抗も虚しい存在へと変化していく。
「小羽の事は忘れてね。じゃあねぇ」
「ちょっちょっと!」
高梨親子はクローゼットの中へと吸い込まれていった。残された俺は。『おいちょっと待て』誰もいなくなった仕事部屋と心にぽっかりと空いた何か。そして、これから少し先の未来に一抹の不安を覚えた。