プロローグ
〜プロローグ〜
何も見えない漆黒の空間に、幼い私はいた。辺りは全て真っ暗なのに、何故か目の前の女性は輪郭すらぼやけず、はっきりと確認できた。彼女は、私によく似ている。黒い、腰までのロングヘアーに、青い瞳。スラリとした長身の女性は、私を見て、獲物を見つけた獣のように不気味な光を放っていた。
私は怖くて半歩後ろに退く。すると、一歩だけ私に近づいてくる。再び一歩だけ引くと、また一歩だけ。それを何度か繰り返し、最後に女性は大きな腕を伸ばし、物同然に私の左手首を掴むと、獣が獲物を捕まえ喜ぶかのような恐ろしい笑顔で私を笑った。
「いっいたい‼」
私は腕を捕まれと同時に、眉を潜めた。目尻に熱いものが込み上げてくる。掴まれた所は、少しずつ物凄い力で押さえつけられ、ジンジンとした痛みが伝わってきて、我慢しようにも恐ろしさが勝り体は縮こまっていく。
「おかしな子。どうしてママから逃げるの? 貴方には、神様から与えられた特別な力がある。だからそれは、私の為だけに使いなさい」
女性の声のトーンは私が予想しているものよりもとても穏やかなものだった。拍子抜けしてしまい、顔をチラリとだけ伺うと、声の調子とは裏腹に鬼の形相で、こちらに語りかけていた。
「どうして……? ママと目を合わせないの?」
「ママ?……」
この人が私のママ? いや違う。本当に、ママならばこんな痛み、絶対娘に与えられるはずはない。本当にママならば、道具を使うような目で娘をみるはずがない。本当にママの娘ならば……。
「さぁ、こっちにおいで」
「いたい!!」
彼女は、私の左手首へと更に力を込めた。あまりの痛さに、意識が遠のきそうになる。掠れる意識の中、私は女の後ろに僅かながら光が見えた。
このまま捕まりたくない。このままでは、この女に何されるかわかったものではない。
「えい!!」
私は、自由の聞く右手と体全体を使い、必死の抵抗を試みた。すると、女は一瞬怯んだ様子を見せる。その隙に、私は一目散に光の方へと駆けた。
光をちょうどつかんだところで、私の意識は覚醒した。
ーー
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
私は悪夢に飛び起きた。どうやら、仕事部屋で片付けをした時、疲れてソファーに座りこみ、そのまま眠っていたらしい。変な体勢で寝ていた為、腰に僅かな痛みを覚えた。
時計を見ると、秒針は朝の六時三十分をさしている。一番新しい記憶から随分と時間が経っている。道理で腰が痛いわけだ。
私は慌てて部屋に視線を巡らせた。バクバク音をたてる心臓。一度だけ大きく深呼吸すると、少しずつだが確実に静かになっていく。
ゆっくりと体を起こし、仕方なくキッチンの方へと向かい水を口に含んだ。全く。夢には昔の嫌な記憶を引き釣り出されてしまった。思い出すだけで、心臓が不気味に鼓動を早くする。
再び水を含み、嫌な記憶、つかえているものを無理矢理に流し込む。
まだ、しこりは残っているものの、朝は誰にでも等しく訪れてしまう。胸いっぱいに深呼吸し、つかえていたものを無理矢理押し込むと、私は馴れた手つきで朝食の支度を始めた。