終焉に謳うは誰か
求められ、喚び出され、疎まれた彼女は―。
世界は理不尽で、人は常に傲慢で身勝手で。
そんな世界の、終わりのお話―。
なんとなくふわっと書いた代物なので暇つぶし程度にどうぞ。
とぷとぷと、満たされていく感触。
指先から爪先まで。とぷとぷと、―それは、―あたたかくてつめたくてきもちわるくてここちいい、なにか。ソレにじっくりと浸されて、私たちは型に填められ、生み出されていく。
「×××、」
嬉しげに、男が声をあげた。聞き慣れぬ音に首を傾げる。―この男はなにを言っているのだろう。
「×××。…あぁ、×××。やっと完成した。
×××だ。×××がいる。×××の魂が、×××の姿で、」
うっとりとした顔つきで指を伸ばした彼は、私に触れる前にいくつもの塵となって吹き飛んだ。失敗だ、とどこからか声が聞こえる。
「―失敗だ。清浄過ぎたんだ。我々では穢れすぎて触れることすらできない」
「息がし辛い。この場も、凶悪なまでに浄化されている」
「だめだ。このままでは―」
「一旦撤退しよう」
白衣を着た男たちはふらふらとぞろぞろと私の周りから去っていった。
―どくん。
身体の奥が脈打つ。苦しくて苦しくて苦しい。内側から引き攣れていくような熱さに、涙が零れ落ちた。
ぶわわわわっ。
床に膝を付き崩れ落ちそうになる身体を必死にとどめながら深く吐き出した息が、息吹となり花を舞わせながら駆け抜けていく。味気ないのっぺりとした白い壁が分解と構築を繰り返し、瑞々しい草花を、小鳥を動物を、形作っていく。遠くの方で断末魔の叫びが聞こえた。恐怖と怯えが伝わってくる。彼らにとって、私は良いものではなかったのだろう。
両脇を挟まれた盤上の駒がくるりと返るように、私が息をするたびに私の周囲ぱたぱたと裏返り清らかな気を生み出す自然へと還っていく。研究室めいた白の領域はじわじわと緑に侵食されていき、今や扉さえ蔦に覆われつつある。けれど、所詮息吹だ。壁に阻まれれば止まる。私も自ら積極的に自分の支配する場を広げようとまでは思わなかったし、自由に息が出来て身体が苦しくなければそれで十分な気がした。だから長い間、小鳥と戯れ、小狐をあやしながらぼんやりと佇んでいたのだが、彼らは唐突に扉を開けて私の世界へと飛び込んできたのだ。
「―あぁ、母上っ…!」
至上の喜びと言わんばかりに押し殺した歓声をあげ、彼らは私に飛びついてきた。
***
時は遥かな未来。世界は穢れていた。
生き残るために穢れに強い悪鬼や妖などとの融合を進めつつ、人類はかつての美しい世界を取り戻さんと足掻いていた。そして、人類は古い文献に一つの奇跡を見つけてしまう。
それは遠き昔。世界が滅びへと進み全ての生きとし生けるものが果てんとした時、一人の神子が生の息吹を吹き込み、世界を再び再生へと導いたのだ、―と。
ならばもう一度。
もう一度、救いを齎してはくれないか。
もう一度、世界を癒してはくれないか。
人類は嘗ての清浄を求め、自ら行動を開始した。
文献に残っていた神子の子孫を見つけ出し、閉ざされた施設で彼らを穢れに触れさせることなく育てた。人工的に神子を育てあげようと言うのだ。しかしいくら伝説の神子の子孫といえど穢れに抵抗できずすぐさま衰弱死する個体もいれば、既にその血が受け継がれる最中に穢れを取り込んでしまった家系もあった。人類は子孫たちの身体を調べ上げ、重複している遺伝子を特定しいくつものクローンを生み出しつつ研究を続けた。倫理など危機の前には塵以下であった。人類は全てを投げ出して嘗ての清浄を求めた。
いくつもの個体が穢れに中てられ死んでいった。それでも人類はその手を止めようとはしなかった。何が悪い、何が問題だ―。そこで幸か不幸か人類は気付いてしまったのだ。それまでの個体は一様にして男であった、と。
生み出すのは男ではない女だ。育てるのも男ではない女だ。
パズルの最後のピースがかちりとはまったように、するすると謎が解けていく。そんな心地だった。
かくして、彼女は復活した。
しかし、全ては遅すぎたのだ。
完成されたパズルは一部の隙もなく完璧で、けれどそれを与えられた人類の方はもう随分変質してしまっていた。
穢れた世界で生き残ってきた人類。
彼らはもはや、かつての清浄の中では生きていけない身体になっていた。
そんな中、実験体として作られ続けたクローンたちだけが彼女の世界に適応する。彼女を母と呼び恋い慕い、自分たちに害を為す穢れから遠ざけられた世界で穏やかに生活していた。
それは美しい過去の再現だった。
ソレに焦がれぬものなどいなかった。
最初に足を踏み入れたのは若い青年だった。
熱い熱いと苦しみながら、溶け落ちる身体に怯えながら、あなたに優しい世界に帰りなさいと、神子にそっと撫でられその触れ合いにすら苦痛を覚えながらも、せめて美しい世界で死にたいと最期は安らかに笑んで消えた。
毒を飲んでも死ねなくなった暗殺者が、人のように真っ当に死を迎えたいと、神子の領域にこっそり忍び込んで清らかな空気に苦しみながら倒れた。
化け物のまま生きたくないと、人間になりたいと、少年は泣きながらその生を終えた。
扉を開けてやってきた彼らは、きちんと扉を締めて果てていった。
けれど、10人、20人と神子の領域で果てる人類が増えていく様に、人類は恐怖を覚えた。
―もしや、神子が人類を滅ぼしにかかっているのではないか、と。
あの神子は滅びの神子だ。再生ではなく破滅を司る神子。そう唱えて人類は終には閉ざされていた扉を吹っ飛ばした。
そして、解放された息吹は世界中を駆け抜けていき余すことなく世界を書き換え抜いた。穢れた世界は美しく生まれ変わり、温かで穏やかな世界へと変貌した。
痛みも、苦しみも、悲しみもない。そんな、どこか歪んだ美しすぎるセカイだった。
それもそのはず、神子は神子ではなかった。
神子は、人ではなくもはや神だった。研究者は不幸にも古に活躍した神子の魂自体の召喚を成功してしまっていたのだ。
元々神に近かった神子だが、既に古の奇跡はその世界に在住していた人類により神話化されてしまっていた。そんな地に、古の姿のまま、古の奇跡を起こした神子の魂が舞い降りたのである。悲しいかな穢れに抗えず朽ちた神子の子孫やクローンたちは生贄としての役割を果たし、世界の再生を求め神子の復活を願う研究者たちの意思は祈り足り得たのだ。
かくして、神降ろしは成されてしまった。
故に、神子の作り上げる領域は最早現ではない。清浄過ぎる領域は神域であり、留まりを可能としたクローンたちは穢れから徹底的に遠ざけられていたために弱くとも神性を纏い始めていたがために無事でいられた。溶け落ちた青年は川を統べる神となり、暗殺者は神気すら取り込みいつの間にかその身を神化させていて、少年はその身に棲んでいた穢れごと神化し人としての生を終えた。
かくして、現実は破滅を迎えた。
後に残るは、美しい理想のみ。




