時の氷結
この作品は長編になります。
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1
独房に首枷と足枷をされた半裸の美少女が、倒れ込むように横たわっていた。
髪の長いぞっとするほど透明な肌。
そして心の奥まで覗きこまれるような瞳。
豊は初めてその少女を見た時、恐怖を覚えた。
豊は、この少女は普通の部屋では危険だと思い磁気を遮断してあるこの独房に移動した。
この少女は催眠ガスと象でも瞬時に眠らせる麻酔銃を打ち込んである。
独房から出して地球の磁気を浴びるとこの悪魔は覚醒する恐れがある。
だから、この独房から出すことは出来ない。
2
北條豊は、ふと目が覚めた。
(あれっ!?
どうして道場で寝ているのだろうか?)
豊は見覚えのある道場の天井を眺めながら思考を巡らした。
何故か、脳髄の一部が痺れたような感覚が、付きまとっている。
(何でだろう。
こんな、しっくりこない感じは初めての経験だな)
「豊さん! 目覚めました?」
「あなたは?」
「雪蘭よ。」
私が解りますか?」
「あぁ。雪蘭さんか。解るよ」
「豊兄ちゃん。あたしも解るわよね」
真由美が覗き込むように言った。
「ああ。
真由美、喉が焼けつくようだ」
「はい。
豊兄ちゃん。
水よ」
真由美が豊にペットボトルを手渡す。
豊は、ゆっくりと身体を起こした。
そしてペットボトルを口にあてて、ごくごく飲んだ。
「実はあなたの記憶の封印を解除する為に、あなたが目覚めるのを待っていたのよ」
雪蘭が言った。
「記憶? 封印? 何の事だ?」
「覚えているかしら?
何故あなたは道場の片隅に寝かされているのかを」
「ああ。覚えているとも!
寝かされていた事はね。
しかしその間の事は思い出せないな」
「思い出せないのなら今から、あなたにその時の光景を見せてあげるわ」
雪蘭の言葉が頭の中に響いた。
「ちょっと待ってよ。
封印とか?見せてあげるとか? 理解できない。
それに何故僕の頭の中に言葉が響くのかな?」
豊が2人を睨みつけた。
「真由美! お前は、この状況を理解できるのか?」
「豊お兄ちゃん。
ごめんなさい。
お兄ちゃんの記憶を消すように雪蘭さんに頼んだのは、あたしなの」
「真由美。
何を言ってるんだ。
記憶を消す事など出来るわけないだろう?」
『普通の人には出来ないわね。
でも私には可能なの。
今、あなたの頭の中に話かけているのよ。
世間ではテレパシーと言うわ』
雪蘭が微笑む。
豊は複雑な表情をした。
豊は右手に持っている飲みかけのペットボトルのお茶を一気に飲み干した。
「解ったよ。
ビデオカメラで撮影した物を見せると言うことだろう」
「違うよ。
あたしの記憶をあなたの脳に直接投影するのよ。
今から送るわね」
豊は両手で頭を押さえながら座り込んだ。
豊は最初は苦痛に歪んだ表情だったが次第に穏やかになっていった。
(何だこれは? 信じられない!)
豊は突然、真っ暗な宇宙空間に放り込まれたような感覚に驚愕した。
音は何も聞こえない。
足が地に着かない。
豊はまるで浮遊しているような状態に軽い目眩を感じた。
豊の回りは暫くすると闇が薄くなり視界がクリアになってきた。
眼前に雪蘭そして自分の姿があった。
(あっ! まるで3Dスクリーンを見ているようだ)
北條豊は反射的に後方を振り返った。
(嘘だろう? 後方も映像がある)
『うっふふ。
何を驚いているの!
さっき言ったでしょう。
脳に投影してるって』
『うん。
やっと理解できたよ。
僕達は今、テレパシーで意思の疎通をしているんだね』
『そうよ。
飲み込みが早いわね。
これからあなたの欠落した記憶の欠片を再生するわ』
雪蘭は微笑んだ。
『おぉ!』
(映像とは思えない。まるで夢の中にいるようだな)
北條豊を取り囲んでいた映像が動き出した。
雪蘭がまるで催眠術にかかっているように立ち竦んでいる豊の両肩を触って椅子に座らせる。
『キャー!』
豊の身体がビクッと反応した。
そして豊の頭が小刻みに震えて瞳孔が大きく開いた。
豊は、悲鳴に反応して左斜め前方の見学者達を見る。
見学者の中の一人が悲鳴をあげた。
その女性の隣の人がミイラ化になっていた。
体内から水分が消失して、上半身が炭化していた。
ミイラから白い煙が出ている。
雪蘭が持っていた木剣をミイラに向けて投げつけた。
『ガシャ!』
『グシャ!』
木剣が、弾き飛ばされた。
ミイラの後ろにいる者が木剣を弾いた。
(危ない!)
豊を弾き飛ばされた木剣が襲った。
豊は咄嗟に顔面を左手でかばって右手で木剣を払う。
木剣が豊の右手をすり抜けた。
(そうか!
これは映像だったな。
あっ! なんだあれは?)
突然、ミイラの頭の右半分が崩れた。
『えっ!
どうして後ろに少女が?』
豊が思わず呟いた。
少女は10歳ぐらいで髪が長く、透き通るような肌の色をしていた。
『クックク……』
能面のような少女の顔面が奇妙に歪んだ。
(えっ! き、消えた?)
「ば、化け物だ!」
道場生が叫んだ。
(いつのまに?)
豊の前の空間に瞬間移動でもしたのか、ゆらゆらと浮遊していた。
「羽だ! あ、悪魔だ!」
悲鳴に近い声が上がると、皆が出口へ殺到した。
少女の背中をメリメリと突き破り、ニョキッと羽が生えてきた。
黒に近い深緑のトンボの羽ににた翼であった。
少女の顔面は、奇妙に歪みながら悪魔のようにおぞましく変化していく。
少女の背中をメリメリと突き破ってニョッキと出ている羽は、空中でゆらゆら揺れている。
羽の動きに合わせて毛細血管が、モコモコと蠢く。
少女の口は横に大きく裂け、黒目はひっくり返っていた。
両足は獰猛な鷹の足。
そして腕は節足動物のようであった。
左手はエビの足が鞭状に変形したように伸びて、右手はまるで蟷螂の大鎌に見えた。
豊は金縛りにあったみたいに、呆然と佇んでいた。
(独房に閉じ込めている少女とは顔が違う。
まだ他にもいたのか……)
豊の耳を少女の変化した鞭のような腕がスルスルと狙ってくる。
『逃げろ! 体の水分を吸われてミイラになるぞ!』
豊は映像を見ているのだというのを忘れて、思わず叫んだ。
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