借金取立人と人魚
「やあ、グランデにバッソじゃないか」
海の底で、人魚は口元だけで軽快に笑って見せた。
「こんにちは。相変わらず、お美しいですね」
「……」
「片腕はないがね」
人魚はクツクツと笑う。
「今日は何処へ行くんだい?」
「二丁目のギーグ氏のところへ」
「ああ、彼か……」
人魚はコクコクと頷いて、座っていた岩からスルリと降りた。
「彼は最近、四丁目に越したんだ。案内しよう」
「良いんですか?」
グランデが言うと、人魚はニヤリと笑った。
「今日は同伴出勤の日なんだ。おいで」
人魚はくるりと踵を返して、街へと泳いでいった。
ガッシャーン、と窓が割れた。
ボロアパートの一室から飛び出してきたのは、金ピカの腕時計と男女の怒号。
「うわーお」
「相変わらず、派手にやってるなあ」
「いつもの事なんですか?」
「女癖が悪いからねえ彼は」
言いながら、人魚はアパートへと近付き、平然とドアを開けた。
「ハァイ、ギィ〜グ!」
先ほどまでとは正反対の甘ったるい声で、彼女は言う。
一瞬辺りが静まりかえった後、女の金切り声が聞こえてきた。
飛んできたのは真っ青な石の付いたネックレス。
「あっははははは!」
人魚がスルリとドアから出てきた。落ちていた時計とネックレスを拾い上げて、それからグランデの手を引いた。
グランデも、バッソを抱える。
「足を浮かせて!」
言われた通りぴょんと飛んで足を浮かせると、そのまま上へ引っ張られて、上へ上へと突き進む。
「……」
「うわーお」
しばらくすると、何処かの屋上に着いた。
「ほら」
人魚が腕時計とネックレスを二人に差し出した。
「彼は金を持っていないからね。これでも持って行きなよ」
「……物品。ダメ」
バッソが首を横に振った。
「あらそう。じゃあ、質にでも入れてこよう」
「相変わらず、積極的ですね」
「ダメかい?」
「いいえ。ご協力感謝します」
グランデがペコッと頭を下げる。
「ですが、何故?」
「前にも言ったじゃないか。金の回りを見るのが楽しいんだ。この街は、特にそう言う場所だからね」
人魚は街を見下ろした。
日が暮れてきて、派手なネオンが目立ってきた。
「貴方は、銀行員に向いていますよ」
グランデが言うと、人魚は目をぱちくりさせた。
「そうかい?」
「……」
バッソが頷いた。
「金が回る場所ですから」
「そうか……でも人魚は銀行業務を出来ないだろう?」
銀行は陸だ。
「出来ますよ。中央銀行ならね」
「本当かい?」
「最近設備が整ったんです。でも、まだ人魚の行員は少なくって」
「そうか……」
ふむ、と人魚は顎に手を当てた。
「そうだな、じゃあ、次、君たちがこの待ちにやった来た時に答えよう」
「次」
「ああ」
人魚はくるりと回って二人を見た。
「私が、このいかれた街で、いかれた男やいかれた女に殺されていなければ、ね」
にっと、人魚は笑った。
グランデとバッソは顔を見合わせた。
「お待ちしてます」
「……待つ」
「待つのは私の方じゃないか?」
「それはもう答えが決まっていると言うことですか?」
「さあ、どうだろうね。それじゃ、質屋に行こうか」
そう言って、人魚はグランデに手を差し出した。
「?」
「おいおい、もう忘れたのかい? 飛ぶよ」
「ああ」
グランデは頷いて、バッソを抱えた。
人魚の手を取った。